就職活動を迎えると、それまで茶髪だった学生たちが続々と髪を黒く染めていく。「日本人は黒髪」というステレオタイプな考え方に合わせて、面接などで好印象を与えたいという思いからだが、そんな風潮に疑問を投げかける声も少なくない。
そこでハフポスト日本版は、就活のために髪を黒く染めたことがあるかどうかをTwitterでアンケートした。その結果、回答者の約3割が「ある」と答えた。一方で、黒髪以外で就活をした人は1割弱で、日本の就活時における「黒髪圧力」の実態が浮き彫りになった。
黒髪をめぐっては、就活だけでなく、各地の高校が、地毛の茶髪を黒染めさせたり、地毛証明書を提出させたりしていることも大きな波紋を呼び、「#就活をもっと自由に」「#この髪どうしてダメですか」といったハッシュタグが盛り上がった。
これらを仕掛けたのは、ヘアケアブランドの「PANTENE(パンテーン)」。中心人物は、P&Gで日本のヘアケア事業部のアソシエイト・ブランド・ディレクターを務める大倉佳晃さんだ。
きっかけは、自らの就職活動での違和感や海外勤務だったという。ハッシュタグキャンペーンから、社会に対話を促すパンテーンの狙いを聞いた。
■茶髪に穴あきジーンズは自分だけ。就職活動での違和感から社会貢献へ
―― まずは、これまでのご活動について教えてください。
ヘアケア事業部でパンテーンのブランドマネージャーに就任した当時、パンテーンのブランド理念「あなたらしい髪の美しさを通して、すべての人の前向きな一歩をサポートする」を社会課題とリンクさせて、世の中に貢献できないかとチームで模索していました。
「髪の質や色は人によって違っていい。自分の好きな髪型で楽しんでいこう」。そんなポジティブな発信をしたいと思い、「さあ、いくぞ」という意味の「Here we go」をもじった「#HairWeGo さあ、この髪でいこう。」というキャンペーンが生まれました。
その第1弾として、個人的な思い入れもあり、多くの人が経験する就活をテーマとした「#就活をもっと自由に」というキャンペーンを2018年にスタートしたんです。
日本の就職活動って、ほとんどの人が黒髪で、さらに髪の長い人は後ろで結んでひっつめ髪にしていますよね。画一的、没個性だなんてよく言われているけど、もう何十年も変わっていない。それ自体が悪いわけじゃないけど、もっと選択肢や自由があってもいいのではないかと思ったんです。
―― 「個人的な思い入れ」というお話がありましたが、大倉さんのどんな経験や思いが、このキャンペーンに込められていますか。
私は学生時代からファッションが好きで、髪の毛もよく染めていたんです。就職活動でも自分らしさを表現できるファッションに身を包み、髪の毛も茶色のままでしたね。
でも、いざ説明会や面接に足を運ぶと、ほとんどの人が黒髪にリクルートスーツでした。「好きな格好で来てください」と企業から言われている場合でさえもですよ。茶髪で穴あきジーンズを履いているのは、僕くらいでしたね(笑)。
でも、僕自身、途中で軌道修正しちゃったんです。ある面接に落ちた時、髪型や服装がネックだったというフィードバックを耳にして。仕方なく、会社によって抑え目な髪型や服装に変えるようになりました。
最終的には、髪型も服装も自由でいいという方針を明確に打ち出していたP&Gを選んだのですが、日本の就職活動って、どうして同じ髪型やリクルートスーツがよしとされるんだろうって、違和感はずっと持ち続けていました。
■「同じような見た目」なんてない。日本を離れて気づいたこと
―― シンガポールでのご勤務経験も、キャンペーンに影響を与えていますか。
そうですね。外国に来て、日本の素晴らしさを実感すると同時に、やっぱり独特の同調圧力というか、個性を出しにくい雰囲気は、より実感するようになりました。
シンガポールは、中華系、マレー系、インド系はもちろん、他の国から来ている人もいっぱいいて、多様な人たちであふれているんです。だから、そもそも「同じような見た目」というのがない。
さらに、もとの髪が暗めの人も、明るい髪色で面接に来ますし、そこを気にする人はほとんどいません。みんな好きな髪型や服装を楽しんで、仕事の評価は外見以外のところで受けていているように思います。
■「黒髪」が悪いんじゃない。自分で意思決定できることが大切
―― 「#就活をもっと自由に」のキャンペーンに対して、学生たちの反応はいかがでしたか?
P&Gの面接現場で言えば、もともとダイバーシティ(多様性)を尊重する会社であることを学生にアピールしてきたので、大きな変化はなかったそうです。私のように、自由な髪型や服装で来る人もいるんです。
一方、Twitter上などでは、「就活の時に画一的な就活ヘアをすることに対し、疑問を感じていた」という賛同意見だけでなく、「就職活動に集中できるから画一的なほうが楽」「髪型が理由で面接に落ちるのがこわい」といった意見も寄せられました。
―― 「就職活動に集中できるから画一的なほうが楽」「髪型が理由で面接に落ちるのがこわい」といった意見については、どう思われますか。
黒髪やリクルートスーツに対して、例えば「そういう方が合理的だ、楽だ」という考え方も、もちろんいいと思っています。
けれども、「なんとなくみんなに合わせなくてはいけない」とか、「本当はもっと自分の個性を表現したいのに、怖いからできない」という状況は、変わっていくべきだし、多くの選択肢があってもいいと思います。
中には、「生まれつき髪が黒ではない人が、就職活動で失敗を恐れて黒染めしたら、地肌がかぶれて、気分も落ち込んでしまった」というケースもあります。
大切なのは、自分で考えて意思決定できること、個人の選択の自由が尊重されることではないでしょうか。
■「地毛証明書」「黒髪強制」は廃止の動きへ。キャンペーンが世の中を動かす
―― 就活以外のテーマでもキャンペーンを展開されています。それらの狙いを教えてください。
第2弾では、黒染めしない“グレーヘア”が話題を呼んだ近藤サトさんと、“爆毛赤ちゃん”としてSNSで人気のbabychancoちゃんを起用し、「生まれながらの個性のある髪で、前を向いて行こう」というメッセージを発信しました。
第3弾では、「#この髪どうしてダメですか」というテーマで、「地毛証明書」を提出させたり、黒髪を強制したりする髪型校則に疑問を投げかけました。これをきっかけとして、ついに先日、東京都教育委員会が全ての都立中学校と高校に対し、生来の頭髪を黒染めさせる指導をしないように求める、という動きがありました。ブランド広告が、社会に前向きな影響を与えることができたと思います。
■一企業だけでは現状を変えられないからこそ…。再び「就活」に挑む理由
――最新の第4弾では、「#令和の就活ヘアをもっと自由に」として、再び就職活動の髪型をテーマにしています。その理由を教えてください。
このテーマに関しては、私たち一社が声を発するだけでは、社会全体を変えられないと実感したんです。だからこそ今年は一歩前進させて、他企業と一緒にアクションを起こそうと思いました。
賛同企業を募ったところ、スタートアップから大企業まで、すでに139の企業などが手をあげてくれました。これから本格的に展開をしていく予定で、今年の各社の内定式には、自由な髪型や服装で参加する人が増えればいいと思っています。
■「周りと合わせる」時代はもう終わり。日本社会の空気が変わってきている
―― 今後の目標や課題を教えてください。
髪型校則や画一的な就活ヘアには、共通して「周りと合わせることが正しい」というこれまでの教育的な背景があると感じています。でも、「周りと合わせる」のではなく、人々の多様性が尊重される社会づくりを、パンテーンとしてもサポートしていきたいです。
日本社会の空気が変わってきている手応えは、キャンペーンの広がりから強く感じています。特定の人、組織だけではなく、社会全体で一つの問題に取り組めるよう、新たなメッセージを発信し続けていきたいと思います。
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