多様性の理解やエンパワーメントが進む現代、企業におけるDEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)の取り組みの重要性が増している。
パナソニックコネクト(株)では、10月を社内DEI月間「コネクト DEI Month」としてDEIに関する取り組みを集中的に実施。様々な角度から多様性についての情報発信や体験型ワークショップに取り組んでいる。
ハフポスト日本版では、その一環として10月7日に実施された社内イベント「コネクトDEIフォーラム」を取材。同社の社員約600人と共に「障がいの捉え直し」をテーマにDEIについて学び、考えた。
「障がい」を社会課題として捉え直す
イベントには、同社代表取締役執行役員プレジデント・CEOの樋口泰行さん、東京大学大学院教育学研究科教授の星加良司さんが登壇。司会は同社CMO山口有希子さんが務めた。
「人権の尊重」と「企業競争力の向上」の観点からDEIの理解・促進に注力する同社では、障がいを疑似体験するイベントの実施や、自分とは違う誰かの視点に立ち、行動する人を目指す「ユニバーサルマナー検定」制度の導入など、「コネクト DEI Month」以外の期間もさまざまな角度からアクションを起こしている。
樋口さんは「障がいと生きる人たちの中には『災害が起きたら自分は他の人と同じように避難できるだろうか?』『日頃から疎外感や不安感を感じる』など悩みを抱えている人も少なくありません。バリアフリーのデザインや社内の制度策定などの『ハード面でのDEI』と並行して、内面的に支え合い、理解し合うための『ソフト面のDEI』も大切にしていきたいと思います」と開幕の挨拶をして、星加さんにマイクを引き継いだ。
星加さんは「障がい・合理的配慮の捉え直し」をテーマにプレゼンテーションを実施。2024年4月1日から、事業者による障がいのある人への合理的配慮の提供が義務化されたことに言及し、「(体の不具合などによって)障がい者は困っている」のではなく「環境が『健常者』向けに出来上がっているがゆえに、ニーズを考慮してもらえていない」という認識が世界中で広がっていると説明した。
星加さんは、イギリスの障がい学論者ヴィック・フィンケルシュタインさんが提示した寓話『障害者の村』を題材に、その理論を掘り下げた。
この寓話の舞台は、「車いすユーザー」が多数派で「歩く人間」が少数派という架空の村。多数派に合わせて建築や社会システムが出来上がっているので、「歩く人間」は腰痛になったり、頭をぶつけて生傷が絶えなかったりと、日常生活がままならない状況になる。そこで「車いすユーザー」たちは「なんとかしてあげよう」と話し合うが、「車いすユーザー」の常識に当てはめようとする措置が前提であるために、「足を切ってあげよう」などと突拍子もないアイデアまで出てきてしまう。
このシナリオについて、星加さんは「これはまさに画一的な社会や組織の縮図です。『なんとかしてあげよう』とすることは大切ですが、その原因を的確に捉えなくてはいけません。この村で『車いすユーザー』たちが、問題が『歩く人間』ではなく『歩く人間に適応していない村の構造』だと思えたなら、もっとDEIに富んだ答えが生まれるでしょう」とコメントし、障がいへの社会認識が多数派の視点に偏る特性や、主観的な「善意」だけでは問題解決が困難であることを解説した。
星加さんのプレゼンテーションを受けて、樋口さんは「組織のリーダーが多数派の特権に気付けないことは本当に危険ですね。ビジネスに置き換えてみると、組織の枠組みが主に男性によって作られていることも多々あります。女性管理職比率の向上が大切なことを説明する際にも、こういった話は手助けになりそうです」と組織の決定権を持つ立場からコメントした。
再生産され続けた不均衡を是正する
社会課題としての「障がい」を是正するためには、どのようなアクションが必要なのだろうか。星加さんは「多数派が特権の再生産に加担しないこと」が鍵だと語る。
「多数派は放っておくと、どんどんと有利になるという社会構造があります。多数派によって社会の色々な決め事がされているので、チャンスの数やチャンスをものにできる確率も多数派の方が多く、成功体験も必然的に多くなります。その結果、多数派の自己肯定感ばかりが育ち、少数派はどんどんと隅に追いやられてしまう。
こうした不均衡は『作られたもの』ですが、その下駄は社会によって徐々に蓄積されてきたものなので『自然』だと感じてしまうんです。逆に少数派はそうした違和感に気づきやすいのですが、数の関係上パワーで負けてしまいます。多数派が少数派の声に耳を傾けることで、社会の不均衡を是正するための突破口が見えてくるかもしれません」
この説明を受けて、樋口さんは「障がいとはベクトルが逸れますが、以前アメリカに住んでいた頃、自分の意見を言うべき場面では、他人が話しているのを止めることもスキルでした。しかし、私は他人の話を遮るのはタブーという風習が強い日本で育っていますし、そもそも英語に自信がなかったので、異文化圏の『少数派』として苦労しました。そのときに『それは君の問題だろ』と言うアメリカ人もいれば、『でも何か言いたいんじゃない?』と気づいて配慮してくれるアメリカ人もいたのを思い出しました」と体験を振り返った。
これに対し、星加さんは「多数派と少数派という特性は、必ずしも個人にべたっと24時間ついているわけではなくて、状況によって変化します」「程度の違いはありますが、誰もが少数派の経験をしているはずです。その経験を手がかりに社会を見てみると『これって特権だったかもしれない』と気づけるようになると思います。こうした思考のトレーニングを、まずは通勤時間などの『ながら作業』でやってみるのもおすすめです」とコメントした。
最後に、樋口さんはイベントを振り返り「10人中9人が同じことを言ったからといって、必ずしもそれが正しいとは限らないのだと、改めて背筋が伸びました」「不均衡を是正する枠組みづくりにあたって、最初は煩わしいと感じることもあるかもしれませんが『それも悪くないのかな、そっちの方が本当はいいのかもな』と思う人が増えている段階に社会が来ているように感じます。枠組みを作るリーダーとしての責任を改めて感じました」とコメントした。
星加さんは「DEIの話をするとき、聞き手によっては耳障りの良い言葉でたくさんコーティングをして受け入れてもらいやすいように話す必要があるのですが、このイベントの打ち合わせで樋口さんと山口さんが『そうではないものを』と仰ってくださいました。こういった環境があることはとてもありがたいです。地に足がついたDEIをともに促進していきましょう」とエールを送り、イベントを締め括った。
「障がい」を社会課題として捉えなおし、社会を構成する一員として個人や組織のリーダーがすべきことを共に考えた本イベント。
今後も様々な角度からDEIの解像度を深め、より「合理的な配慮」のある社会を目指すための取り組みに注目が集まりそうだ。