米国では、オピオイドと呼ばれる麻薬性鎮痛薬の中毒患者数や、過剰摂取による死亡者数の急激な増加が問題となっている。
オピオイドは当初、常習性の無い鎮痛薬として病院で普通に処方されたため、米国内での使用者が急増した。その後、処方された患者には鎮痛効果の逓減に伴いオピオイド使用量が増加する傾向があるほか、オピオイドの摂取を止めることで、不安や不眠などの離脱症状がみられるなど、次第にオピオイドには常習性があることが明らかになっている。
米政府は16年に薬物の乱用が原因の死亡者数が最低でも6万7千人に上った発表した。これは銃による自殺者数と交通事故による死亡者数の合計を上回る水準である。
とくに、オピオイドに関連した死亡者数は、このうち4万2千人と6割近くに上っている。また、政府はヘロインの乱用者数が1百万人、病院で鎮痛薬として処方される処方オピオイドの乱用者数が11百万人を超えたとして警鐘をならしている。
実際、米中西部の白人貧困層出身のJ.D.ヴァンスが自身の体験を綴った「ヒルビリー・エレジー」では、この地域が抱える問題が赤裸々に描かれていると話題になったが、同書には著者の母親をはじめ、薬物中毒により生活が破綻した人物が多く登場し、薬物中毒問題が如何に社会に広がっているか分かる。
もっとも、オピオイド中毒者の問題が世間の注目を集めだしたのは、昨年7月にFRBのイエレン前議長が上院の公聴会でオピオイド中毒問題が米労働市場に与える影響について言及したことだ。
イエレン氏は、金融危機以降、労働市場の回復は持続しているものの、働き盛りでプライムエイジと呼ばれる25歳から54歳の男性の労働参加率(25-54歳人口に対する、就業者数と失業者数を合計した労働力人口の比率)が依然として金融危機前の水準に回復していない要因の一つとして、オピオイド問題を取上げた。
実際、プリンストン大学のクルーガー教授は、昨年9月に発表した論文で、職探しを諦めて労働市場から退出したプライムエイジ男性の半分程度が毎日鎮痛剤を服用しているとしたほか、人口当たりのオピオイド処方が多い地域ほど、労働参加率の低下が著しいとの試算結果を示した。
このような状況を受けて、トランプ大統領は昨年10月にオピオイド問題に対処するための「公衆衛生上の非常事態」を宣言した。同大統領はオピオイド問題への対応として、製薬会社に対して処方する医師への指導を強化することや、患者に対する処方量の制限を強化する考えを示したほか、常習性の無い鎮痛剤の開発を促した。
さらに、中国で違法に製造されたオピオイドが米国内で流通しないように、国土安全保障省などに水際の監視強化を指示する考えなども示していた。
しかしながら、「公衆衛生上の非常事態」宣言は「国家非常事態」宣言とは異なり、新規の予算措置を伴わないため、オピオイド問題に対処するための予算不足を指摘する声がでるなど、実効性に疑問が生じていた。
トランプ大統領は、今年1月下旬に1年間の施政方針を述べる一般教書演説で、オピオイドなどの薬物中毒に対して超党派で解決することを呼びかけた。また、2月中旬に発表された大統領予算でオピオイド対策費として保険社会福祉省に18年度、19年度で合計130億ドルの予算を要求した。
この中には官民パートナーシップで常習性の無い鎮痛薬を開発するための国立衛生研究所に対する1億ドルの予算を含んでいる。さらに、保険社会福祉省以外にも国内の不法薬物の流通や、海外からの密輸入の取締り強化のために麻薬取締局や、国土安全保障省などに対する予算の増額を要求している。
トランプ大統領の予算教書を受けて、議会ではオピオイド問題に対する公聴会を開くなど審議が本格化している。
一方、オピオイド問題は米国が抱える深刻な問題として政党を問わず解決が模索されているが、同大統領の予算案には野党民主党が強固に反対している医療保険制度改革法(所謂、オバマケア)の廃止に向けた予算措置なども盛り込まれているため、予算審議の行方を複雑にしている。
今年11月の中間選挙を控え、オピオイド問題で与野党がどのような政策協調を行うのか注目される。
関連レポート
(2018年2月28日「研究員の眼」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
経済研究部 主任研究員