刺激と反応の間に隙間をつくる
刺激と反応の間には隙間がある。この隙間に、反応を選ぶ私たちの自由と力がある。私たちの反応の中には、成長と幸せがある。
こう語ったのは、ユダヤ人強制収容所での体験を綴った名作『夜と霧』でも有名な精神科医、ヴィクトール・フランクルです。
衝動買いや暴飲暴食、大事な人との喧嘩の引き金になる暴言や部下のまえでの失言、炎上を誘うSNSでの投稿やストレスフルな局面での浅薄な判断と意思決定...。
たちまち後悔することになる反射的な行動は、なんらかの強い刺激を受けて高まった感情の後押しを受けて生まれてきます。理性を働かせる大脳皮質よりも脳の奥にある大脳辺縁系で、感情が先につくりだされるからです。
この感情の危うさに気づき制御できるか否かによって、人生は大きく左右されるよということを、ヴィクトール・フランクルは語っているのです。
情報が刺激するのは思考ではなく感情
でも私たちは、恐ろしく刺激的な世界で生きています。消費を煽るキャッチコピーや巧みなマーケティング、耳目を集めようと単純化されたオピニオン、激動する政治経済の情報などが、広帯域の情報網によって24時間飛び交う世界。眠っているとき以外は常に外部からの情報にさらされ、眠りにつこうとしても仕事のことが頭から離れない。
UCバークレーでの調査によると、2002年から2004年までの2年間に蓄積された世界の情報量は、それまでの人類が蓄積した情報量を上回っています。その後の12年間のIT進化によって、さらに加速していることは誰の目にも明らかでしょう。
知っておかなければならないのは、爆発的な情報によって刺激されるのは思考ではなく感情だということ。
ツイッターを始めて間もない頃、私は刺激と反応の間の隙間をつくらなかったことで大失敗をしました。あるとき善意のリツイートを読んで自分もリツイートしたことで、当事者への迷惑に加担してしまったのです。
それだけではありません。そうした安易なリツイートを批判する匿名の投稿者からの個人攻撃的なコメントにカチンときて、リツイートの悪影響を十分自覚するまえに一言返してしまったのです。その結果、その匿名人から一か月くらい、ネットでしつこくつきまとわれました。
情報によって考えるための判断材料が増えているようにみえるけど、判断や意思決定に力を与えているのは感情です。リツイートを読んで「かわいそう」と感じ、このまま傍観するのは「嫌だ」と感じ、リツイートすることで少し気分が和らぐ。
そういう感情的な力のもとでリツイートしたら批判され、「名前も名乗れないやつがなにを言っているんだ」とふたたび感情が行動を促して面倒なことになる。
いつだって考えているつもりではいるけれど、感情に乗っ取られた思考は良い判断を導くことができません。
成長と幸せを導く1分間ルール
そこで刺激と反応の間に隙間をつくるために、1分間ルールというのを設定しました。刺激、とくにネガティブなものは身体的に感じやすいように人間はできています。
ですから日ごろから身体の各部に注意を向ける練習をしておくと、いざというときの身体感覚を自覚しやすくなるのです。これは今話題になっているマインドフルネスの実践によって鍛えることができます。
刺激を感じたら、とにかくストップ。私はクルマの運転が好きなので、心の中にあるブレーキをギュッと踏むのをイメージします。刺激は赤信号というわけです。
それでも好ましくない刺激はつづきます。そこで次は、意識的にゆっくりと呼吸を数回繰り返します。コツは、ゆっくり長く口から息を吐くこと。そうすると自然に鼻から息を十分に吸えるので、呼吸が安定してきます。いちばん大事なのは、吸うより吐くのに時間をかけること。
吸気(息を吸う)は交感神経、呼気(息を吐く)は副交感神経が担っており、交感神経は闘争と逃走の神経と呼ばれ、血圧や心拍数を高めます。それに対して副交感神経は心身を落ち着かせる作用があります。
これで理性を司る大脳皮質が「ちょっと落ち着こう」と感情を制御し、「ほかにどんな選択肢があるだろう」と思考を働かせるコンディションが整ってきます。
反対に交感神経が優位のときは、脳が臨戦態勢をとっているときです。戦闘モードでは熟慮は敗北を意味するので、判断や意思決定が単純化されます。刺激、即行動というわけです。これが空前絶後の情報という刺激に覆われ、迅速な意思決定を求められる私たちの落とし穴です。
だからと言ってビジネスでの迅速な意思決定を否定するわけではありません。身体に受ける刺激を感じる。立ち止まってそれを観察する。呼吸を整える。鎮静化してきたことを、ふたたび身体で自覚する。そして判断の選択肢を考える。
マインドフルネスが習慣になれば1分でできます。慣れていないうちでも3分あれば大丈夫でしょう。
この1分~3分が私たちの自由と力、成長と幸せを導く時間になります。
【近著】
心に静寂をつくる練習(WAVE出版 1500円)
Google、ゴールドマンサックス、フォード自動車、ヤフー、クレディセゾンなど国内外の大手企業が注目するマインドフルネスの本質をふまえつつ、日常ですぐに実践できる"パフォーマンスにつながる心身の調え方"をビジネスパーソン向けに紹介している。