島で野生化したネコが希少な野生動物を捕食する問題が相次いでいます。東京の世界自然遺産・小笠原では、ネコを都心でペットにする方法で、絶滅寸前の鳥が10倍以上に増えました。「小笠原ネコプロジェクト」と呼ばれます。
2月初旬、世界自然遺産を目指す鹿児島県徳之島で、野生化したネコが国の特別天然記念物アマミノクロウサギをくわえる写真が公開されて話題になりました。実は、小笠原で本格的なネコ対策が始まったのも、同じような写真が撮影されたことがきっかけでした。
アマミノクロウサギをくわえる野生化したネコ=2017年1月、鹿児島県徳之島、環境省那覇自然環境事務所提供
翼を広げると1.5メートルのカツオドリをくわえる野生化したネコ=2005年6月、東京都小笠原村、NPO法人小笠原自然文化研究所提供
「小笠原ネコプロジェクト」は、野生化したネコを約1千キロ離れた東京の都心へ次々と「引っ越し」させ、人がペットとして育てる取り組みです。12年前に、翼を広げると1・5メートルになるカツオドリをネコがくわえる姿が撮影され、野生動物を守るために始まりました。
小笠原は陸地から遠く、多くの生き物が独自の進化を遂げました。一方で、小笠原の生き物は外からの敵がいないため、警戒心が薄いとされます。そこへ、人の手で持ちこまれたネコが増えました。ネコは自然の中で生きるために小笠原の鳥たちを次々に襲うようになりました。
NPO法人小笠原自然文化研究所の佐々木哲朗さんは鳥を守るため、野生化したネコの殺処分を考えました。「野生化したネコを島で飼う場所がなく、鳥を襲うようなネコが人に慣れるとも思えない。安楽死にするしかない」。
ところが東京都獣医師会に相談すると、小笠原で問題になっているネコはもともと人が飼っていたイエネコのため、慣らすことができるとわかりました。ネコを獣医師会が引き受けることで、鳥とネコを救う道が見つかりました。
ネコプロジェクトは村役場や環境省など、多くの関係者によって進められました。小笠原にしかいない絶滅危惧種のアカガシラカラスバトは40~60羽と絶滅寸前でしたが、16年には600羽にまで回復。小笠原を繁殖地とするオナガミズナギドリやカツオドリも増えました。捕獲した600匹近いネコは都心へと運ばれました。
島内の飼いネコと、人の生活圏でくらすノラネコの不妊化手術は完了し、捨てネコゼロの島になりましたが、まだ野生化したネコがいるためプロジェクトは続けられています。「ペットは人の管理から離れると大変なことになるので、最後まで責任を持って飼ってほしい」と佐々木さんは呼びかけます。
東京都西東京市の中川動物病院院長で東京都獣医師会理事をつとめる中川清志さんは、「ネコを殺処分しない努力をすることで、地域住民の協力を得て野生動物を守るプロジェクトを進められた」と話します。
小笠原ネコプロジェクトによって増えたアカガシラカラスバト=東京都小笠原村、NPO法人小笠原自然文化研究所提供
東京都西東京市の小学3年の女の子が飼っているネコ「チョコ」(めす)は小笠原出身です。甘えん坊で、なでると喉を鳴らします。「いつも一緒に寝る大切な友だちです。島で鳥を襲っていたとは思えません」
チョコは2016年4月に東京都小笠原村で捕獲され、6月に船で丸一日かけて都心に運ばれました。中川動物病院がチョコを受け入れ、健康状態を調べて人に慣らしました。女の子の家庭ではネコプロジェクトのことを勉強し、「島で野生化したネコでも動物病院でみてもらえたなら安心。ネコも鳥も救える命は救いたい」(母親)と家で飼うことを決めました。
小笠原で捕獲された「チョコ」を受け入れていた獣医師の中川清志さん(左)と、飼い主の女の子=2016年11月、東京都西東京市の中川動物病院
島で野生化したネコによる希少な野生動物の捕食は、北海道の天売島や沖縄県の西表島などでも問題になっています。写真が公開された徳之島では、2014年にアマミノクロウサギなどの生息域でネコの捕獲を始め、集落の周辺のネコには不妊化手術をするなど対策を続けています。ネコ、野生動物、人との関係は島によって違い、それぞれの地域に応じた地道な活動が求められています。
小学生向けの日刊紙「朝日小学生新聞」2016年12月14日付に掲載した記事を再構成しました。媒体について詳しくはジュニア朝日のウェブサイト(https://asagaku.com/)へ。