お茶の水女子大学(東京都文京区)は7月10日、室伏きみ子学長らが会見し、「多様性を包摂する」として2020年度の学部・大学院の入学者から「トランスジェンダー」の学生を受け入れることを発表した。編入は2022年度から。
トランスジェンダーとは、出生時に割り当てられた性別(戸籍に記載された性別)とは異なる性別と感じている人を指す。
■確認書類などが求められる場合も
室伏学長によると、受け入れに当たり、まず出願の要件に「戸籍、または性自認が女子の場合」と明記する。これまで同大は学則で入学資格を「女子」と定めてきた。定義は明記されていなかったが、問い合わせには「戸籍上の性」と答えてきたという。戸籍が女性で、性自認が男性の入学希望者については「これまでも入学後に性自認が男性に変わった学生は在学していた」として、変わらず受け入れる考えを示した。
2020年度の受け入れに向け、学内に「受け入れ委員会」をもうけ、そこで受け入れ後の「対応ガイドライン」を作成する。室伏学長は、入学希望者がトランスジェンダーかどうか、確認できる書類などが求められる場合もあると言及した。
ただ、「自分が女性と自認していて、真摯なご希望なら、それは受け入れ委員会で検討する」と話し、提出が難しい場合は大学で検討する考えも示した。
室伏学長によると、2016年に寄せられた問い合わせをきっかけに受け入れの検討を開始。2017年7月に本格的に学内のワーキンググループをもうけ、検討を重ねてきた。学生や保護者、同窓会、教職員、経営評議会などとも議論しながら合意を形成、2018年6月下旬の理事会で決定した。
トランスジェンダーの学生受け入れを巡っては、アメリカが先鞭をつけた。2014年からミルズ、マウントホリヨークといった主要女子大学が初めてトランスジェンダーの学生を受け入れて以来、ほかの女子大にも広がっている。
■『多様な女性』があらゆる分野に参画できる社会
室伏学長は会見の冒頭で次のように述べた。
学ぶ意欲のあるすべての女性にとって、真摯な夢の実現の場として存在するという国立大学法人としての本学のミッションに基づき判断した。
今回の決定を『多様性を包摂する女子大学と社会』の創出に向けた取り組みと位置づけており、今後、固定的な性別意識にとらわれず、ひとりひとりが人間としてその個性と能力を十分に発揮し、『多様な女性』があらゆる分野に参画できる社会の実現につながっていくことを期待している。
はるか以前の社会と比べると格段に進歩したが、それでも様々な場で女性が職業人として活躍するには困難がある。その現状を変え、女性たちが差別や偏見を受けずに幸せに暮らせる社会を作るために、大学という学びの場で、自らの価値を認識し、社会に貢献するという確信を持って前進する精神をはぐくむ必要があると考える。
それが実現できるのは、女性が旧来の役割意識などの、無意識の偏見、そういったものから解放されて自由に活躍できる女子大学だろうと考えている。
本学はすべての女性たちがその年齢や国籍等に関係なく、個々人の尊厳と権利を保障されて、自身の学びを進化させ、自由に自己の資質能力を開発させることを目指している。その意味からも、性自認が女性であって、真摯に女子大学で学ぶことを希望する人を受け入れるのは自然な流れだろうと思うし、多様性を包摂する社会としても当然のことと考えた。
会見での主な質疑は、以下の通り。
Q)受け入れの確認方法として、医師の診断書など何らかの確認を求めるのか。本人の自己申告でも受け入れるのか。
確認方法は、何らかの確認をするのか、本人の申告も含めているのか詳細はお答えするわけにはいかないが、受け入れ委員会で細かく検討していきたい。その中では様々な方策があると思う。
Q)戸籍が女性で性自認が男性の人も受け入れるのか。
戸籍上の女性なら、出願資格があるので受け入れる。これまでにも入学後に性自認が男性に変わった学生は在学していた。
Q)共学化の予定は
共学化の予定はない。何十年も後に、社会が変わったときには共学化もありえるかもしれないが、現状ではその可能性はないと思う。ご存じのように、女性が社会で男性と同等に暮らせる現状ではない。いわゆるアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)から解放されるのは、女子大でと考えている。
Q)学生、保護者、教職員などの説明やその反応は。
学内での説明会はかなりやってきた。教職員、同窓生などには20回ほど行い、学生にも3回行った。学生からの反応はとても前向きな反応で、方針への反対はなかった。これからお茶大の施設をどうするのか、とか、こうした人たちにどう対応したらいいのか研修をしてほしいと言われた。今後の対応についての質問には学校としてできることをしていきたいと答えた。自分の仲間を迎えるので、温かく迎えることが大事で、学生への説明会などもこれからも続けていく。
正式決定後に、それぞれの理事の方々にも連絡し、賛成をしていただいている。教職員も、これからの準備など、いろいろなご意見があったが、受け入れるという方針そのものについては(反対などの)議論はなかった。
Q)女子大の存在意義についての議論はあったのか。
いままでは男女とはっきりと区別されたなかで社会が作られてきたが、生物学的研究などから、性というものにかなり多様性があると分かってきた。その世の中で男性、女性と2つに区分することが困難な状況が生まれていることはわたしたちも認識している。そのなかで体は男性だが、心は女性という人を受け入れることが必要で、差別せずに受け入れると考えている。女子大学の存在意義はまだまだあると思っている。
Q)他大学への波及は
2016年ごろからほかの女子大学と様々な情報交換をしている。2017年10月、日本女子大学連盟の総会でも、このテーマが話題となり、意見を交換した。15年前から東京、日本、津田塾、奈良、お茶の水、の5女子大学でコンソーシアムを作っているが、このテーマでもいろいろ情報交換をしてきた。おそらく、ほかの大学の取り組みも促進されると思う。
Q)学内外からの反応は。附属高校は戸籍上の女子だが、そのへんの取り扱いは。
学内外からの反応は好意的なものがほとんどだった。中国の新聞でも好意的な意見を載せていただいている。このことは日本の社会を変えていくことで、非常に重要なことだと思っている。5女子大学のコンソーシアムを通じ、日本社会で多様な方々が暮らしやすいと努力していきたい。附属高校は、高校を受験する段階で、性自認が揺れることも多いので、附属高校では、トランスジェンダーへの受け入れは考えていない。
Q)必要な設備とは具体的に何か。更衣室など?
設備についてですが、いろいろなものが考えられている。別の配慮としてはトランスジェンダーが入ってこられたとき、海外の大学に留学したいという時、相手の大学が受け入れているかどうかで希望する大学に行けないこともありうる。そうした制限がつくことも考えられる。トランスジェンダーの皆さんに、受験前にそうしたことを伝えてできるだけ心地よい環境を整えたい。
Q)受け入れが遅かったのでは
共学とは違う形でどのように受け入れるのか、女子大学としての受け入れを真剣に考えてきた。議論にも検討にも時間はかかったが、真摯にお茶の水で学びたい方を温かく受け入れたいと思っている。
■性的少数者に対する教育での取り組みの年表
*石丸径一郎・お茶の水女子大准教授による年表をもとに作成
1998年 埼玉医科大学で倫理委員会を通して認められた日本初の性別適合手術
2003年 性同一性障害者特例法が成立。戸籍の性別変更が可能に
2010年 文部科学省が性同一性障害の児童生徒への対応を求める事務連絡を送付
2012年 政府の自殺総合対策大綱で性的マイノリティが言及される。
2014年 文科省の全国調査で、性同一性障害とみられる児童生徒は606例あったと報告
2015年 文科省、性同一性障害の児童生徒に対する対応実施の通知
2016年 文科省が教職員向けに詳細な手引きを公表。厚生労働省のセクハラ指針に、性的指向・性自認について言及
2017年 政府の人事院通知で性的指向、性自認に関する偏見もセクハラに含まれると言及。日本学術会議法学委員会の「社会と教育におけるLGBTIの権利保障分科会」がまとめた提言書で「文科省通知にしたがって、性自認に即した学校生活を保障されているMtF(男性から女性に移行した人)が、女子校・女子大に進学できないとしたら、それは学ぶ権利の侵害になると言えよう」と言及。