ベッドシーツやバスタオル、ビニールシートを無造作に芝生の上に広げ、主に白人の若い男女が寝泊りをしている。
ここは、ニューヨーク市役所の緑地や歩道。昼間に集まる人数は数百人に及ぶ。私が訪ねたとき、「オキュパイ・シティ・ホール(OCH、市役所を占拠せよ)」と呼ばれるこの一連の行動は6月28日(米東部時間)、6日目に突入していた。
緑地を囲む柵にくくりつけられた段ボールや布のプラカードには、「Black Lives Matter(BLM、黒人の命は大切だ)」「ニューヨーク市警(NYPD)の予算を減らせ」などと書かれている。
人種差別反対に加えて「もう一つのメッセージ」を若者は発信している
1カ月前の5月25日、中西部ミネソタ州で黒人男性ジョージ・フロイド氏(当時46)が、白人警察官の膝で首を圧迫され、その後に死亡したのをきっかけに始まったBLM運動は、新たな展開をみせている。
主に「人種差別反対」と「警察の暴力行為反対」の2つのメッセージがあるBLM運動。一方、市役所を占拠する「オキュパイ・シティ・ホール(OCH運動)」は、特に警察の暴力行為反対が焦点となっているのが特徴だ。
米国最大の警察、ニューヨーク市警は「黒人に対する暴力行為」に関して以前から批判されていた。OCH運動の若者らは、市警の年間予算約60億ドルのうち10億ドルを削減し、教育や公営住宅修繕、ホームレス救済などに充てることを要求している。
若者らは、ニューヨーク市議会とビル・デブラシオ市長が来年度の市の予算をまとめる6月30日まで、占拠を続ける予定。もし要求が通らなかった場合、その後も占拠を続けるという人もいるほどだ。
所得格差反対運動にヒントを得て始めた
ニューヨーク市警本部は、占拠されている市庁舎の敷地から300メートルしか離れていない。
OCHは、2011年秋、所得格差に反対した若者が、ニューヨークの金融街ウォール・ストリート近くの公園を占拠した「オキュパイ・ウォール・ストリート(OWS)」に着想を得て、6月23日、「ボーカル・ニューヨーク」というグループが中心に始めた。
6月23日は、数十人で緑地の占拠を始め、ニューヨーク市警とも交渉し、100人が一夜を過ごした。それが今や数百人に拡大している。
サンドイッチやピザ…近所のレストランが差し入れをして若者らを応援
2011年のOWS運動のときと同様に、近所のレストランからの差し入れでサンドイッチやピザ、ベジタリアン用の惣菜や飲料が若者らに無料で配られる。
医療班が待機し、新型コロナウイルス感染を防ぐために消毒液やマスクを配るステーションもある。ゴミの分別もし、トイレは近所のレストランと交渉して借りている。
失業中のクリスティーナ・ヒューズさんは6月25日から占拠に参加。BLMのデモにもこの1カ月の間に計15回参加したという。
「『ニューヨーク市警(NYPD)の予算を削るべきだ』というメッセージを伝えるために、市役所の一部を占拠することには、意味がある。私は白人だから、NYPDに暴力を振るわれたことがない。恩恵を受けてきた立場だからこそ、そうではない人のために立ち上がりたい」
大学を卒業したばかりというブレナ・デビさんも、こう話した。
「非白人だけでなく、私のような白人が“白人としての特権”を生かして、有色人種の人のために声を上げ、市役所に圧力をかけることが重要だと思って参加した」
アメリカ社会における「白人の特権論」の新たな意味
米国における「白人の特権」というのは、まさに黒人や有色人種を人間扱いせず、リンチをしたり、進学、就職、出産、医療などで非白人を不利に追い込んできたりした思想だ。
しかし、インタビューした白人女性たちはあえて「白人の特権」をレトリックとして利用して、世の中を変えたいという。これは驚きだ。
黒人を始めとするマイノリティを虫けら扱いする「白人の特権」を逆手にとって、つまり「白人が言うことなら市役所が動かざるを得ないだろう」という姿勢のもと、白人が市役所の周辺を占拠することで、ニューヨーク市警の体制と予算を変えようとしている。
こんなことは、今までに見たこともなかった動きだ。
運動を支えるのはZ世代とミレニアル世代
そしてこの運動を支えているのは、この1カ月続いているBLM運動のデモと同様に、Z世代(2000〜2010年代生まれ)とミレニアル(1980〜2000年代生まれ)が大半で、しかも白人の女性がマジョリティ(多い)という印象だ。
見たところ、黒人の参加者は全体の数%とみられる。そのうちの一人、クナ・エンジャイさん(25)は、西アフリカから移民した両親と低所得者が多い住宅地で育ったという。大学を卒業し、中学校の授業カリキュラム管理係に就職したばかりだ。白人の参加者が圧倒的に多いことについて聞いてみた。
「変化というのは、私たち有色人種だけが運動をしても起きない。他の人種の人たち、そして米国中の人が動かないと手に入れられない。だから、BLMデモでいろんな人種の人を巻き込んでいるのは、とても勇気付けられる」
とエンジャイさん。
「ジョージが殺害されたビデオを見たとき、黒人は『もういい加減にしてほしい、またか、もう疲れた』と思って諦め気味の人が多かったと思う。でも、正義を求めていろんな人種の人が立ち上がったのを見て、変化が起こせると思ってデモなどに参加するようになった人も少なくない」
とも話す。
プラカードのデザインをしているアートコーナーでは、白人で教職のゾーイ・オブライエンさん(35)が、「黒人の子供の命は大切だ」というサインを作っていた。
「この運動は、人種差別や白人至上主義だけが問題なのではない。米国は警察の力が強大で、刑務所の服役囚の数が異様に多い。マイノリティとなると、公害や質の悪い食品、環境問題の悪影響も受ける。一方で、例えば公立校の教師に鉛筆が配られないといった問題まである。今こそ警察予算を削減して、教育や社会問題の改善に向けるべきだ」
とオブライエンさん。
具体的な政策転換を求めている
ニューヨーク市議会は、NYPD予算の10億ドル削減を、デブラシオ市長に提案しているが、市長は金額には言及せず「減額分を福祉に向ける」とだけ表明している。
BLM運動は、人種差別反対と警察の暴力行為反対を訴えて、全米、そして世界に広がりをみせ、1960年代に黒人の権利を求めた公民権運動の21世紀版となりそうだ。
今回の占拠のように、具体的な政策転換を求めた動きも、BLM運動の特徴となる可能性を秘めている。