3月25日のスペシャルイベントで発表が噂されている、アップルのニュース・雑誌などの読み放題サービス。これに米大手新聞NYT(The New York Times)が参加しないとNYT自らが報じていましたが、同社のCEOがその理由を語っていることが伝えられています。
マーク・トンプソン氏は2012年にNYTのCEOに就任して以来、オンライン購読者の大幅な増加を指導してきた人物です。そうした新聞デジタル化の先駆者は、米Reutersの取材にて、アップルのニュース読み放題サービス参加を見送った2つの理由を述べています。
1つには、定期購読者からの収入が減るかもしれないこと。NYTのデジタル購読料は月額15ドルで、トンプソン氏はそれをアップルのような他のプラットフォームへの参加で諦めるつもりはないと語っています。
昨年、NYTはデジタル売上高が7億ドルを突破し、2020年までに8億ドルの目標に近づきつつあります。加えてデジタル広告の売上高は、2018年第4四半期に初めて印刷物の広告売上げを上回ったとのこと。ニュース部門にも改めて投資しており、過去最大の1550人ものジャーナリストが属していると述べています。
アップルは自社がニュース購読料(月額10ドル程度)の半分を取り分として、残り半分をユーザーの購読時間に応じてメディア各社が配分するしくみを提示していると見られています。上記のような快進撃のなかでは、そうした条件は短期的にも話にならないということでしょう。
さらにトンプソン氏は出版社が他社の配信に頼ることは、自社製品のコントロールを失う危険をはらんでいると指摘。「我々は(自社媒体ではない)他の場所で自分たちの記事を見られることに対して、かなり警戒せざるを得ません」「我々の記事が他社の記事とごちゃ混ぜにされることも懸念している」と語っています。
トンプソン氏はアップルとの具体的な交渉についてコメントを控えながら、Netflixがいかにしてハリウッドに進出したかを例に挙げて、目先の利益に惹かれて他社のデジタルプラットフォームを手助けする危うさを説明しています。
2007年にハリウッドは数十億ドルと引き換えに、Netflixに自分たちの番組や映画のライブラリをライセンスすることで駆け出しの動画ストリーミングサービスの成長を助けました。しかし、その後にタイム・ワーナーはAT&Tに買収され、メディア王ルパート・マードック氏は21世紀フォックスをディズニーに売却する結果となっています。
ハリウッドはNetflixを支援することで、自ら終焉の種を蒔いてしまったかもしれない。アップルのニュース読み放題サービスにもその危険がある--トンプソン氏はそう示唆していると思われます。
トンプソン氏の発言は、NYTがデジタル購読者数や売上げを順調に伸ばし、アップルの提示した条件が割に合わないからできること。さほどデジタル購読が順調ではない、そもそもデジタル購読が未開拓でオンライン収入源がないメディアはこぞって参入する可能性もありそうです。
しかし、NYTのCEO自身がこうしたインタビューに応じるのは、一応は噂にすぎないアップルのニュース読み放題サービスが事実であると認めたも同然です。未発表製品については秘密主義で知られるアップルですが、交渉相手のメディアの口までは塞げなかったのかもしれません。
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(2019年3月23日 Engadget日本版「ニューヨーク・タイムズCEO、アップルのニュース読み放題サービスに不参加の理由を語る」より転載)