ダンボ地区からマンハッタンを眺める
■NY市が運営するスタートアップ養成拠点
NYブルックリンのDumbo(ダンボ)地区。イーストリバーを挟んでマンハッタンの向かいに位置する元倉庫街だ。道路のアスファルトがところどころめくれ、昔の道の石畳がのぞく。荷物を運ぶためにあった鉄道のレールも道の真ん中に残っている。
マンハッタンのきらびやかなネオンとは対照的な、装飾のないれんが造りの建物が並ぶこの地区には、著名なスタートアップのインキュベーターがある。ニューヨーク市長室直轄のスタートアップインキュベーション施設「Made in NY Media Center by IFP (NYメディアセンター)」だ。メディアや映像のスタートアップを養成することを目的として、2013年3月にできた施設で、コーワーキングスペースになっている。
ここを最初に訪れたのは2014年冬だった。イーストリバーから凍てつく風が吹き付け、耳の先が痛くなった。中に入るとオープンスペースで作業をしていた女性が"hi"と声をかけてくれ、wifiのアドレスなどを丁寧に教えてくれた。皆、思い思いの気楽な姿勢でパソコンをたたいている。
NYメディアセンターのオープンオフィススペース。
女性用トイレの照明はこの日は青。日常から切り離された空間で発想の転換を期待するデザインなのか。
■アフターパーティーにもビジネスチャンス
壁には現代アートのプロジェクションマッピングが映し出されている。1860平方メートルもあるメディアセンターには、広々とした空間が広がり、カフェスペース、ソファースペース、ガラス越しに中が見える会議室が壁沿いに連なる。中央はオープンスペースでスタートアップのオフィスが隣り合わせになっている。しきりはなく、誰が何をやっているのかが分かる。むしろ、それぞれの会員が情報を気楽に交換し、交流できるようにするためだ。
ここでは頻繁にスタートアップ企業が事業を説明するピッチや、「スタートアップするためには」などという講座が無料で開かれている。イベントの後は、ワインやビールを片手に交流を広げる。
「君のところのサイトデザインいいね。誰に頼んだの?今度紹介して」
「あの会社は君のところと組めばスケールアウトするんじゃない?話聞いてみれば?」
緩やかな雰囲気だが、メディアのスタートアップのミートアップ(会合)は、スタートアップのビジネスチャンスを広げる闘いの場でもある。
ベンチャーキャピタルの人とも気軽に言葉を交わすことができる。ある会合では、ベンチャーキャピタル「Union Square Ventures (ユニオンスクエアベンチャーズ)」のManaging PartnerのAlbert Wengerさんも外に出てアンテナを張ることもある。ユニオンスクエアベンチャーズは、Kickstarter、MeetUp、Foursquare、Duolingo、Kikなどにいち早く投資しているNYベンチャーキャピタルの一つだ。Wengerさんは「メディアはいい意味で今、destruction(崩壊)。投資にとってもチャンス、メディアにとってもチャンスだと思わない」と話していた。
こうしたミートアップで知り合い、紹介でしか入れないクローズドのコミュニティに入れるきっかけもあるという。
コワーキングスペースではぬくもりのある木材や皮材が使われることが多い
■化学反応で生み出される新ビジネス、マンハッタンのコワーキングスペース
メディアセンターは市が作った施設だが、コワーキングスペースは、マンハッタン内にたくさんある。その代表格がWeWorkやGeneral Assemblyだ。General Assembly は、コワーキングスペースとともにhtmlなど必要なスキルの講座などを頻繁に開いて、スタートアップのたまり場を提供している。
ガラスで仕切られた小部屋がいくつかあり、ラップトップで作業ができる場所や、共同キッチンがある。会員料金に加え、専用デスクを借りると月500-750ドルと決して安くはない。だが、プリンターやブロードバンド環境やセキュリティや部屋を借りるときの保証金などを考えると安いのかもしれない。それ以上にメリットがあると考える人が多い。
それは、WeWorkの会場で月に数回開かれる、他のスタートアップを招いたカクテルパーティーだ。技術者やグラフィックアーティスト、スタートアップのアイデアを持っている人など様々な人が集まる場に入り込めれば、その場で商談が成立することもある。それぞれの商品を発表するデモデーも開催する。
オープンスペースで作業すれば、わからないことは隣の技術者に聞けて、プログラミングを教えてもらえることも頻繁にある。
スタートアップを目指す段階では、お互い様。助け合うのが当たり前だという感覚が強い。
「コワーキングスペースにいると化学反応が生まれる。それがいい」利用者の一人はそう話していた。
ブルックリンのカフェBrooklyn Roasting Companyで
■スタートアップと美味しいコーヒーの関係
WeWork自体もスタートアップで、ビジネスモデルはこうだ。不動産開発業者からWeWorkがコワーキングスペースの運営を委託され、賃貸料を不動産開発業者に支払う代わりに、WeWorkは会員から賃貸料や会員料をもらう。不動産開発業者にとっても、付加価値は大きい。WeWorkには時代に敏感な若者が集うため、自然と周辺に美味しいコーヒー屋が出店などするため、周辺の地価もあがるからだ。
実際、スタートアップの周りには美味しいカフェが多い。NYデジタルセンターから出てすぐのJayストリートの角には、今や有名になったBrooklyn Roasting Companyがある。マンハッタンのミッドタウンにあるWeWorkの階下にはBlueBottleCoffeeが、他にもRebelMouse、動物サイトのThe DodoなどのLerer Hippeau venturesが出資するスタートアップが集まる建物の隣にもいい香りが漂うコーヒースタンドがある。美味しいコーヒーを出すカフェの側にはスタートアップありといっても言い過ぎではないと思う。Blue Bottleの出資者はGoogle, Twitter, Uberなどだ。
ブルックリンには、マンハッタンよりカフェがたくさんあり、一日中いてもマスターは怒らない。Narrativelyの創業者Noah Rosenbergさんは、無料wifiがあるブルックリンのカフェに創業当時こもっていたという。「家族の住む家も近いし、美味しいものがある、これが原動力」と笑う。
住宅地の一角にあるそのカフェは、大きな窓から光が入る静かな店。スタッフを招いてランチミーティングをし、夜は仕事を終える前に一杯ビールをあけて帰っていたそうだ。
値段はスターバックスとほとんど変わらず、wifi環境も同じ。違うのは、「今日はどうだい」と声を掛け合う共存の関係が色濃くあるかどうかだ。
単にコーヒーを飲む場所として消費するのではなく、その空間で生み出される創造物を共に作り出したい「共犯感覚」があるように思う。
こうしたカフェがあれば勢いのあるスタートアップが近くにあると判断できる材料に、今はなるかもしれない。
Narrativelyの創業者Noah Rosenbergさん。創業時こもっていたブルックリンFort Greene近くのオーガニックカフェSmoochで
ブルックリンのカフェは、知恵や情報を出し合ってビジネスを昇華させる場に