人口減少や、それにともなう税収の減少──。行政によるまちづくりは今、新たな課題に直面している。その解決策の1つとして、国が推進しているのが、データを活用した「証拠に基づく政策立案(Evidence-based Policy Making : EBPM)」だ。
「証拠に基づく政策立案(EBPM)」の先駆けとして、沖縄県豊見城(とみぐすく)市とNTT西日本は、AIを活用した人流シミュレーションによる実証実験を実施した。実証実験の対象となったのは、新たなホテル開発等が予定される、同市有数の観光地「瀬長島(せながじま)」。
AIを活用した人流シミュレーションの方法や、今後のまちづくりへの影響とは? 実証実験を主導した豊見城市のデジタル推進課、NTT西日本沖縄支店の3人に話を聞いた。
まちづくりに不可欠なデータが取得できないという課題
── 豊見城市のまちづくりでは、そもそもどんな課題があったのでしょうか?
後間さん(以下、後間):観光振興をはじめとしたまちづくりにおいて、データを基盤にした効果的な政策推進の必要性は以前から感じていました。しかし、男女の割合、年齢層等の詳細なデータがなかなか取得できない、という課題がありました。
特に、今後さらなる開発が予定されている「瀬長島」では、交通渋滞等の対策が必要になると見込まれます。その人流の変化をシミュレーションしたいと考え、2023年12月から翌年3月にかけて、NTT西日本とともに「みんなのまちAI」を利用した実証実験を実施しました。
都市が持つさまざまなデータを簡単に可視化
── 「みんなのまちAI」はどんなツールですか?
請野さん(以下、請野):「みんなのまちAI」は、人流をはじめ、都市が持つさまざまなデータを可視化するツールです。「都市データの可視化」と「都市シミュレーション」の2つが主な機能です。
「都市データの可視化」は、「人」「生活」「交通」「環境」という4分野26項目にわたるデータを、グラフやヒートマップ等、各データからインサイトを得やすい形式でわかりやすく表示する機能です。
例えば、警察庁は「交通事故の情報」を公開しています。しかし、文章の羅列であるCSV形式の元データから、どの時間帯に事故が発生しやすいのか、またその場所はどこか等を紐解き、分析することは非常に大変ですよね。
「みんなのまちAI」では、元データをもとに、事故多発エリアをヒートマップ形式で地図上に色分け表示することが可能です。その他、発生時間帯や事故当事者の年齢区分など交通事故を未然に防ぐうえで注視すべきデータを、ワンクリックでグラフなどの見やすい形式にて表示することができます。
「都市シミュレーション」は、例えば大型商業施設やホテル、また図書館といった公共施設を建設した場合、「地域の人流がどう変化するか」を予想する機能です。建物ごとに、性別や年代、居住エリア等、「どんな属性の人をどれだけ引き寄せる力を持っているか」を独自のアルゴリズムにて算定します。今回は、NTT西日本の初の試みとして、このシミュレーション機能を実証実験に活用しました。
人流は2倍以上。想像以上のシミュレーション結果に
── 瀬長島の実証実験はどのように進み、どんな結果が得られましたか?
上村さん(以下、上村):まずは、豊見城市から提供された開発図や写真をもとに、1ヶ月ほどかけてツール上でシミュレーションを実施しました。例えばホテルであれば、面積、階数、客室数等、建設予定である建物の属性をツールに入れ込んでいきます。
シミュレーションの結果、開発後の人流はおよそ2倍になることや、年代が上がるほど増加傾向にあることがわかりました。私たちも人流増加は予想していたものの、想像以上の結果でした。
最終的には「豊見城市の現状」「シミュレーション結果および考察」をレポートとしてまとめました。レポートにはシミュレーション結果が示す人流増加数から地域への観光消費額を算定した他、人流増加にともなう交通渋滞の対策についての示唆が得られました。幅広い世代の来場者に向けた「ナイトクルーズ」や「夜市」も提案しました。
後間:豊見城市としては、「瀬長島の開発後は人流が増える」と、より確証を持つことができました。交通渋滞の課題も同時進行で解決しないといけない、ということも見えてきました。現在、検討を進めている「自走式ロープウェイ」を瀬長島まで引いていく計画の後押しにもなると考えています。
自治体にもノウハウが蓄積されることが理想
── 今後は、どんなまちづくりやサービス提供をしていきたいですか?
後間:最先端のデータやテクノロジーを積極的に活用して、より効果的なまちづくりを進めたいと思います。そして、市民や観光客のみなさまにも豊見城市の新しい魅力を感じていただけるように取り組んでいきたいです。
請野:NTT西日本グループとしては、ツールの提供にとどまらず、まちづくりのコンサルティングもしていきたいと思います。「データがあっても、まちづくりに活用するノウハウがない」という悩みを抱える自治体が多いことがわかってきたためです。シミュレーション機能も使いやすくなっていますので、同じデータを見ながら双方向の議論をし、自治体にもノウハウが蓄積されることが理想です。そして、豊見城市や沖縄県をはじめとした自治体に貢献していけたらと思います。
上村:今回は「都市シミュレーション」を利用した実証実験のファーストケースであり、「証拠に基づく政策立案(EBPM)」に貢献できたと思っています。また、「みんなのまちAI」は、今日ご紹介した機能以外にも、住民の統計データをはじめ、まちの施設情報や防災・気象データなど多くのデータを持っており、さまざまな分野における活用が可能です。「都市シミュレーション」をご利用したい自治体さまや企業さまがいらっしゃいましたら、ぜひ、お近くのNTT西日本グループの営業担当まで、お声がけいただけたらと思います。
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経験や感覚ではなく、客観的なデータに基づいたまちづくりを可能にする「みんなのまちAI」。今後は、限られたまちの資源を、より効率的に活用する動きが全国の自治体で出てくることが期待される。