現代社会のキーワードの1つ、「ダイバーシティ&インクルージョン(多様性と包括性:D&I)」。近年は、そこに「公平性」を意味する「エクイティ(Equity)」を加え、「DE&I」と呼ばれることが増えてきた。
世界130カ国以上でグローバル展開する製薬企業「ノバルティス ファーマ」は、企業戦略としてDE&Iの確立を重点に据え、着実に成果を生み出してきた。その取り組みや背景について、執行役員、人事統括部長のシャーロット・シンプソンさんと、DE&I室長のアンソニー・エストレラさんに聞いた。
企業パーパスの実現にDE&Iの推進は不可欠
── ノバルティス ファーマは革新的な製薬企業として世界的に知られていますが、事業の概要とDE&Iを重視する理由を教えてください。
シンプソンさん(以下、シンプソン):ノバルティス ファーマは革新的な医薬品の研究開発と製造販売を行う、スイス本社のグローバルな製薬企業です。130ヵ国以上に約7万8000人の従業員がおり、世界で毎年約2億8400万人以上の患者さんに医薬品を届けています。
企業パーパスは「より充実した、すこやかな毎日のために、ともに医薬の未来を描く」ことです。ともに、医薬の未来を描くこと、つまり革新的な医薬品を世界に届けていくために、DE&Iの実現は欠かせません。
多様な従業員一人ひとりが、それぞれの能力を存分に開花する職場環境を整えることで、様々な患者さんのニーズに応えられるよう視野を広げ、実行に移せる組織力の発揮につながります。そのような点からもビジネス戦略上、非常に重要であると捉えています。
ジェンダーによる給与格差の解消に注力
特に組織の意思決定において多様性を反映するには、リーダーレベルの女性の活躍が非常に重要になってきます。そのため女性の組織参画における公平性を確実にすべく、ノバルティス ファーマは、2018年から国連の機関である「同一賃金国際連合(EPIC)」(*1)に参画し、給与のジェンダー格差の解消に取り組んでいます。
*1:男女賃金格差を縮小し、包摂的な仕事の世界をつくるための、多数の利害関係者からなるパートナーシップ
具体的には、全世界的に一貫した賃金の公平性が実現されるべく施策を展開しています。モニタリングを行い、社内外から採用をする際、過去の給与と比較しないことで、バイアスを排除しています。さらに、管理職を含めた給与の透明化を促進しています。2023年末にはEPICへのコミットメントを更新し、経営陣におけるジェンダーのバランスを維持し、グローバルでの賃金の公平性と透明性を向上すべく、引き続き取り組んでいます。
その結果、日本における女性従業員の割合は34%、その内の36%はマネージャー、もしくはそれ以上のポジションについています(2024年1月現在)。
── シンプソンさんご自身も女性役員です。これまでどんな経験や学びがありましたか?
私自身、他の企業で働いていたときには、女性であるがために、あまり重要視されていないと感じることがありました。私が経験の中で学んだのは、インクルーシブな職場環境を実現するためには、多くの人がその目標に共感し、積極的に関与することが必要だということです。
たとえば、女性が企業で成功するためには、優れた女性リーダーがいるだけでは不十分です。組織的に次世代の女性リーダーを育てることに情熱を持ち、積極的に関わる男性従業員も非常に重要です。また、一人ひとりが自分のアイデンティティに自信を持って仕事ができるように、会社全体として「心理的安全性のある職場環境」を提供することも必要です。
日本のDE&Iを支える「5つの柱」
── 続いて、DE&I室長をされているエストレラさんにご質問です。日本ではDE&Iを推進するため、特にどんなことに注力されていますか。
エストレラさん(以下、エストレラ):日本では、実際のニーズを調べたうえで「1.ジェンダー」「2.障がい者」「3.育児・介護」「4.LGBTQ+」「5.多文化共生」を「5つの柱」としました。
戦略としては、「リーダーシップチームがビジョンを掲げ、仕組みをつくること」「現場で当事者のニーズを把握して提案していくこと」というトップダウンとボトムアップの2方向としています。組織に捉われない上下左右の関係も非常に重要です。
そのため、5つの柱それぞれに日本のリーダーシップチームのメンバーが責任者としてエグゼクティブスポンサーとなり、部署をまたいだ「DE&Iカウンシル」を設立しました。また、現場の当事者の困り事やニーズを共有し、共に課題に取り組む、「従業員リソースグループ(ERG)」も、同じく5つの柱それぞれに設ける予定です。
女性をエンパワーメントしないことは組織の損
── 御社では女性のエンパワーメントに注力されています。一方、世界経済フォーラムにおける日本のジェンダーギャップ指数は、146ヵ国中118位でした(2024年)。この状況をどう見ていらっしゃいますか?
会社としては、できることからコツコツと取り組みを積み重ねていく、というのが私の考えです。日本における社会参画のデータを見ると、女性の就業率は53.6%で、男性(69.5%)より低くなっています(*2)。これを逆に言うと、チームメンバーが欠けた状態で試合するようなものですよね。つまり、女性をエンパワーメントしないことは、かなり組織力として「損」をしているということなのです。
私は「女性が会社で活躍するためには、男性が家で活躍しなければいけない」と思っています。そのためにも、実は私も第三子がもうすぐ生まれる予定なのですが、当社でグローバルに定められている「最低14週間の育児休暇」をフルに活用したいと考えています。自分を実験台として、さらなる改善をしていくつもりです。
*2: 総務省統計局「労働力調査(基本集計)2023年(令和5年)平均結果」より
「チームをより前進させたい」ラグビー選手時代からの情熱
── 少し話が変わりますが、エストレラさんは、元ラグビー選手というたいへんユニークな経歴をお持ちです。引退後、なぜDE&Iの推進に注力されてきたのでしょうか?
ラグビーは「多様性」のあるスポーツです。身長150cm から2m以上まで、様々なスキルセットや価値観を持つ選手がチームになって勝利を目指します。そこで、皆の違いを認めて、それぞれに合ったチャンスやツールを提供し、チームの皆に帰属意識やリスペクトを持ってもらうことが「インクルージョン」だと考えるようになりました。
基礎のコミュニケーション、つまり、相手が大変なときにカバーをするということは、ラグビーも仕事も同じですね。「チームをより前進させたい」という情熱は選手時代から変わりません。
皆をサポートしながら、ヘルスケア業界全体でシナジーを
── 今後のDE&Iの取り組みや目標について教えてください。
エストレラ:社内では、「従業員リソースグループ(ERG)」を通して、部署をまたいだネットワークを推進していきたいです。それによって社員同士が刺激を与えあうことでイノベーションが起こり、患者さんのための新たなアイデアを出せるように土台を活性化させていきたいと考えています。ゆくゆくは、ヘルスケア業界全体でタッグを組んで、DE&Iのシナジーを生み出していきたいです。
シンプソン:DE&Iの5つの柱すべてを推進することはもちろん、私も働く母親ですので、より多くの女性が活躍できる企業にしていきたいです。それから、皆で行動を起こさなければ大きな変化は実現しません。私は皆をサポートすることでインクルーシブな職場を実現し、ともに、医薬の未来を描いていきたいと思います。
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5つの柱でDE&Iを推進しているノバルティス ファーマ。戦略をもとに、着実に結果を出す姿勢や既存の枠組みを超えた意欲的な取り組みに、今後も期待したい。
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