南北地雷問題をめぐって考えたこと

トンソンは韓国北部に位置する町で、我々が赴いたエリアはDMZ(非武装地帯)までわずか10km。いわゆる「南北国境の町」である。
South and North Korea flag
South and North Korea flag
Martin CvetkoviÄ via Getty Images

8月23日、私は韓国やヨーロッパの友人とともに、バスでソウルからトンソンに向かっていた。トンソンは韓国北部に位置する町で、我々が赴いたエリアはDMZ(非武装地帯)までわずか10km。いわゆる「南北国境の町」である。ここで『REAL DMZ PROJECT 2015』が開催されていた。韓国を代表するキュレーター、キム・ソンジョンが企画した現代アートのグループ展で、それを観に行くバスツアーに参加していたのだ。

DMZでは8月4日に地雷が爆発し、韓国軍兵士2名が重傷を負っていた。韓国は報復として、11年ぶりに拡声器による対北宣伝放送を再開。20日には北朝鮮がロケット弾を発射し、韓国軍も応射する事態に進展した。そして22日、つまりツアーの前日に南北高官会談が始まったが、未明になっても合議に至らず翌日再開を決定。ツアーは中止になるだろうと思ったら、予想に反して決行となった次第。同行してくれた韓国人の友人ふたりは「DMZ近くに行くとは親には言えなかった」「カレシに話したら地雷と砲撃に気をつけろと言われた」と冗談めかして笑っていたけれど、白状すれば私はかなりビビっていた。

2時間半ほどかけて現地に着くと、避難勧告が出された町はガランとしていた。もっとも、北が砲撃してきた方向とは違うので避難は任意だったらしく、営業している店もある。グループ展は教会やカフェやスマホショップなどいろいろな場所で行われていて、展示会場のひとつである店で店主のおばちゃんに聞いたら「よくあることだから大丈夫」と余裕の表情。北は22年ぶりの「準戦時状態」を宣言しているのに、ちょっと拍子抜けだった。

43時間に及ぶ会談の結果、宣伝放送の中止と準戦時状態の解除という結論に至ったことはご存じの通り。朝鮮日報、東亜日報、KBSなど、韓国のマスメディアは概ね、放送が及ぼす影響が北の譲歩を促したと見ている。中央日報は「玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力部長銃殺の情報とK-POPが効果的だった」という国軍心理戦団の見方を紹介。K-POPに関しては「休戦ラインに配置された北朝鮮の若い軍人は......密かに取引される韓国大衆歌謡テープ、ドラマのDVDなどに接して韓国に対する好奇心が強く、北当局に対する不満が大き」いと分析している。報道を総合すると、金正恩体制を直接批判するのではなく、国内外のニュースや天気予報などによって、自由民主主義体制のよさを感じさせることが効果的と思われているらしい。ハンギョレによれば「北朝鮮の天気情報を放送するのは、韓国側の正確な天気予報に基づいて北朝鮮の住民たちが洗濯をするなど実生活に役立たせ、韓国側の科学技術の優越性を肌で感じさせるという趣旨」だという。

非民主主義的な独裁政権は、国外からの情報を遮断することによって国民をコントロールしようとする。そういう国を民主化するために、あるいはそういう国との交渉において優位に立つために、対立する国家は空からチラシを撒いたり、テレビやラジオや拡声器による放送を行ったりする。もちろん、使えればネットを使う。哲学者で小説家のウンベルト・エーコは、脚本家ジャン=クロード・カリエールとの対談でこう語っている。

 インターネットが存在していたら、ホロコーストは起こりえたでしょうか。私は、あやしいと思います。起こっていることをみんなが即座に知ることができたわけですから......。中国に関しても状況は同じです。中国の指導者たちがいくら躍起になってフィルターをかけ、インターネット上で入手できる情報を制限しようとしても、結局のところ情報は行き来しますし、しかもその行き来は双方向的なものです。中国人たちには国外で起こっていることがわかってしまうんです。そして我々にも、中国で起こっていることがわかってしまいます。

 (『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』2009年。工藤妙子訳)

碩学の楽観的な予測に反して、いまのところ中国は、グレート・ファイアウォールという荒技でネットを制御し、情報の流出入制限に大局的には成功している。北朝鮮にせよ中国にせよ、国民の大多数が自由に情報に接することができるようになるのは、まだ先のことだろう。だが、自由に情報に接することができるようになればそれでいいかと言えば、そうでもない。『続・百年の愚行』に書いたことだが、2014年のイスラエル・パレスチナ紛争の際に、ツイッター上で両国の支持者による論争が起こった。米国のデータサイエンティスト、ギラッド・ロータンは、トラフィックデータを解析し、両者が論拠とするニュースソースがまったく異なっていることを証明した。イスラエル支持者は『エルサレム・ポスト』などの国内マスメディアを、パレスチナ支持者は『BBCワールド』などの国際的なリベラルメディアや国連の声明などを主なソースとしていた。議論の前提がまったく異なっていたわけである(2014年8月7日。www.vox.com)。

「人々がソーシャルメディアを使うのは、自分たちがすでに信じていることを肯定し、自らの言い分が正しいと保証してもらうためであり、ソーシャルメディアは対立を乗り越えるためには役に立たず、むしろ対立を悪化させている」というロータンの結論は、おそらくは正しい。我々は、生来的に自分が見たいことだけを見、聞きたいことだけを聞き、読みたいことだけを読む生き物である。ある論点に関して対立する人々は、自分にこそ理があると思い込んでいるが、その理は、各人が好むメディアから得られたものであり、裏を取ったり、真剣に考えたりした結果、自ら選び取った意見ではないことが多い。だからソーシャルメディアは人々の対話を促進せず、むしろ断絶を深める。そもそも、気に入らない相手をブロックするにはクリック1つで足りる。その意味では、ソーシャルメディアは他者を選別・排除するメディアでもある。

さらに大きな問題は「無関心」だが、あまりに大きすぎる主題なのでここでは措く。話を南北朝鮮問題に戻すと、地雷爆発の後、韓国のソーシャルメディアでは「爆発は韓国軍による自作自演では?」という陰謀説が出たという。すぐに「北朝鮮の主張に乗せられているだけ」との反論が出され、ネット上で激論が交わされることとなった。8月10日、韓国合同参謀本部は「ばねや鋼線の直径などが北朝鮮軍の木箱入り地雷と一致」し、「2010年に北朝鮮から流れきた木箱入り地雷などと比較してみると、北朝鮮軍の木箱入り地雷であることは確実」と発表した(中央日報日本語版)。事実であれ虚偽であれ、一般が論拠としうるソースはこれしかない。にもかかわらず、憶測はどんどん広がっていった。

この事例を含むいわゆる「南南対立」も、イスラエル・パレスチナ紛争の際の対立も、根っこは同じことだろう。地雷爆発に関する陰謀説において、「自作自演」の証拠となるような情報は与えられないにしても、憶測を成立させる基盤となる心理的・情緒的なムードは、憶測を述べる者が日ごろ親しむマスメディアによって事前に醸成されている。あるいは、自分が聞きたいことだけを聞く生き物は、自分が言いたいことを言うためにこそソースを事後的に選ぶのかもしれない。いずれにせよ、ニュースサイトを含む新聞やテレビや書籍、すなわちオールドメディアの責任と影響力は、読者数や視聴者数や発行部数などの数値が示す衰退ぶりとは裏腹に、むしろ重大・重要になっていると思える。

※昨年末に上梓した書籍『続・百年の愚行』には50葉の写真を掲載し、まずは「この時代に起こっていること」(現在)の共有を目指しました。東京・湯島の3331 Arts Chiyodaで開催中の展覧会『百年の愚行展』(9月27日まで)では、2002年に刊行した前書『百年の愚行』に収録した写真も展示し、「愚行」の歴史的背景(過去)も併せて理解できるよう配慮しています。会期中には、毎週金曜日にトークイベントを催し、現在進行形の愚行をどうしたら食い止めることができるか(未来)について様々な人々と議論を交わします。お誘い合わせの上、ぜひお運び下さい。

【百年の愚行展トークイベント情報】

日時:2015年9月4日(金)19:00-21:00 開場18:30

出演:山田正彦(元農水大臣・弁護士)×水野誠一(Think the Earth理事長)

テーマ:TPPのウソ・ホント

(※終了しました)

日時:2015年9月11日(金)19:00-21:00 開場18:30

出演:池澤夏樹(小説家・詩人)×小崎哲哉(『百年の愚行』シリーズ編著者)

テーマ:9.11から3.11まで ----21世紀の愚行について考える(仮)

会場:3331 Arts Chiyoda 1F コミュニティスペース

申込みはこちら

日時:2015年9月18日(金)19:00-21:00 開場18:30

出演:津村耕佑(ファッションデザイナー)・松蔭浩之(現代美術家)

   ×佐藤直樹(『百年の愚行』アートディレクター)

テーマ:愚行とアートとデザインと

申込みはこちら

日時:2015年9月25日(金)19:00-21:00 開場18:30

出演:鈴木邦男(政治活動家)×小崎哲哉(『百年の愚行』シリーズ編著者)

テーマ:「愛国」とは何か?----右と左の対立を超えて(仮)

申込みはこちら

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