軍事的解決はあり得ない
北朝鮮は11月29日未明に、およそ2か月半の沈黙を破って、ニューヨークやワシントンが射程圏内に入る新たなICBMの発射実験を行なった。
これを受けて、トランプ大統領は経済制裁や軍事的圧力をさらに強化しようとしている。
また米政府の内外からは、軍事的解決を求める声がよりいっそう強くなっている。
しかし、米国が軍事的解決を図って戦争になれば、「最も被害を受けるのは日本と韓国だ(希望の党の長島昭久政調会長の国会質疑、11月28日)」。
それ故に、トランプ大統領は狂っていない限り、あるいは確信犯的に日韓両国を捨て駒にするつもりでない限り、軍事的解決が不可能であることを承知しているにちがいない。
安倍首相も目下のところ「国際社会全体で、北朝鮮に対して最大限の圧力をかけ、北朝鮮側から、対話を求めてくる状況を作らなければならない(衆院決議、12月5日)」としていることから、トランプ大統領に対して、公然と平和的・外交的解決を求めることはないとしても、内々にはくれぐれも軍事的解決に走らぬように釘を刺しているものと、筆者は信じたい。
(もしもそうでないなら、安倍首相は一体どこの国の首相かと問われるだろう)。
米朝両国をはじめとする関係各国は、今後とも瀬戸際の状況に踏み止まりながら、相当な時間を費やして、陰に陽に交渉を積み重ねていくしかないだろう。
喫緊の課題と長・中期の課題
今日、喫緊の課題は、米朝両首脳のどちらかが相手の意図を誤解して、先制攻撃に踏み切り、核戦争にまで発展しかねない事態を、いかにして防ぐかということである。
ペリー元国防長官も『朝日新聞』とのインタビューで、米国の「強烈な威嚇で、北朝鮮側が『指導者を狙った先制攻撃を米国側が間もなく仕掛けてくる』と信じ込めば、自暴自棄になって最初に兵器を使うかもしれない」と警告している。
なお、それに関連して、筆者なりに考えた長・中期の課題についても言及しておくことにしよう。
長期の課題は、言うまでもなく北朝鮮の非核化の実現である。
そのためには、①北朝鮮版の改革開放を促して、西側諸国との経済交流を活発化させる、②その上で、政府ではなく、ほかならぬ私たち市民が前面に出てきて、地道な働きかけを通して、北朝鮮の民衆をエンパワーメントし、民主化の実現に向けて導いていく、ということが求められるだろう。
中期の課題は、北朝鮮が対米交渉によって、核ミサイルの保有を限定的ながら認められることを前提にして「夷を以て夷を制す」を実現することである。
すなわち日(米)の融和政策を通して、北朝鮮を「高句麗」化させ、対中国牽制に向けて導くことである(拙論「『高句麗』化する北朝鮮:北朝鮮による対中国牽制(夷を以て夷を制す)は可能か?」を参照されたい)。
キューバ危機との比較
さて今日、米朝両首脳の間で、核戦争の勃発を招きかねないほどの深刻な誤解が生じる可能性がいかに高いかということは、1962年10月に起こったキューバ危機と比較すれば、一目瞭然であろう。
米国のサイトには、キューバ危機と北朝鮮の核危機とを比較した論説が数多あるが、ここではそうした論説の一部(David Shribman、Melissa Quinnなど)を参照しながら、筆を進めることにしたい。
なお、キューバ危機の概略についてであるが、キューバへのソ連の核ミサイル配備に抗議した米国が、キューバを海上封鎖して、核戦争の危機となった。
しかし、米ソ両首脳の直接交渉を通して、ソ連が核ミサイルを撤去することにより、危機はぎりぎりのところで回避されるに至った。
キューバ危機と北朝鮮の核危機の共通点とは、米国の侵攻を抑止するという目的で、米国本土を標的にした核ミサイルが配備された(されようとしている)ことである。
一方、決定的な相違点としては、キューバ危機当時の米ソ両首脳と今日の米朝両首脳との間における政治家・司令官としての資質の優劣が挙げられるだろう。
ケネディ大統領は、太平洋戦争に従軍した退役軍人であり、熟練した政治家であった。
歴史や外交に関する知識が豊富で、「ベスト&ブライテスト」と揶揄されつつも、有能この上ない側近を多く抱えていた。
片や、トランプ大統領は、軍歴そのものがなく、つい昨日までビジネスマンだったことから素人政治家と言ってよいだろう。
歴史や外交に通じているとも言えず、良からぬ評判の人物が側近を務めている上に、インテリジェンス機関との関係構築にも失敗している。
フルシチョフ党第一書記は、外国で粗野な振る舞いが見られたものの、独ソ戦に政治委員として従軍した経験を有する熟練した政治家であった。
スターリンの大粛清を辛くも生き延び、外遊して様々な国際問題のシビアな交渉に臨み、集団指導体制の下で、ミコヤンのような有能な助言者がいた。
片や、金正恩党委員長は、実際の戦争に従軍したことがなく、熟練した政治家と言うには、明らかに経験不足である。
世襲故に激しい権力闘争を勝ち抜いたわけでもなく、外遊したことさえ一度もないことから、国外でのシビアな交渉は全て部下任せであり、個人独裁体制の下で、追従者に取り巻かれている。
さらにキューバ危機の際には、米ソ両首脳は互いに相手に対していらぬ誤解を与えぬように、注意深く控えめな言葉遣いをしていたが、今日、米朝両首脳は真逆の言葉遣いをしている。
例えば、トランプ大統領が、金正恩党委員長を「ロケットマン」と呼び、北朝鮮の「完全破壊」に言及すれば、金正恩党委員長は、トランプ大統領を「老いぼれの狂人」と呼び、米国に対する「史上最高の超強硬対応措置断行」を声明するといった有様である。
その他の重大な相違点としては、キューバ危機以前に、米ソ両首脳は、ベルリン問題などをめぐって物別れに終わったものの、ウィーンで一度会談したことがあったが、今日、米朝両首脳は一度も会談したことがないということが挙げられるだろう。
誤解に起因する核戦争の勃発?
現在、キューバ危機は、米ソ両首脳の英断のおかげというよりも、むしろ偶然による幸運が重なったおかげで、核戦争の勃発という破局を回避することができたということが明らかになっている。
ケネディ大統領もフルシチョフ党第一書記も、相手が自分と同じように考えているだろうという誤解に陥っていたのである(『キューバ危機:ミラー・イメージングの罠』)。
そうしたことを踏まえると、今日、政治家・司令官としての資質がキューバ危機当時の米ソ両首脳の足元にも及ばない米朝両首脳のどちらかが、相手の意図を誤解して、先制攻撃に踏み切る可能性は、格段に高まっていると言えるだろう。
(そしていったん先制攻撃がなされれば、戦況は制御不能となって、核戦争にまで発展しかねない)。
特に金正恩党委員長の方が、米軍の動きを完全に捕捉することができない上に、国際社会において孤立し、北朝鮮国内においても独裁者故の孤独な境遇にあることから、誤解に陥る可能性がより高いと言えるだろう。
(金正恩党委員長も当然ながら、祖父の故・金日成主席がかつて米政府の意図を誤解して、韓国侵攻に踏み切った挙句、かえって国連軍の介入を招いて、苦境に陥ったという史実に鑑みて、慎重にトランプ大統領の意図を検討していると思われるが)。
日本がなすべきこと
国際社会はあらゆる機会を捉えて、米朝両首脳の間の誤解の芽を摘んでいかなければならない。
特に日本は、安倍首相がトランプ大統領と親密な関係を築いている一方で、国内には朝鮮総連や「日本各界の親朝人士達」が存在しており、北朝鮮との間に一定のパイプがある。
安倍首相は、北朝鮮が「果たして暴発するかは、詳細な情報収集、分析をしなければならない(国会答弁、11月28日)」と述べているが、さらにはこうした関係やパイプをフル活用して、金正恩党委員長が誤解から「暴発する」ことがないように、トランプ大統領の意図を正確に北朝鮮側に伝えるべきだろう。
金正恩党委員長は、朝鮮総連が提出する情勢分析に対して、相当程度の信頼を寄せているのではないかと、筆者は推測している。
というのは、金正恩党委員長は、実母の故高英姫氏が元在日朝鮮人であったことから、在日朝鮮人に対する「敵対階層」や「動揺階層」といった偏見から比較的自由だと思われるからである。
また客観的かつ精緻な情勢分析を行なうために、北朝鮮のアナリストが、西側諸国の情報を自由に収集したり、西側諸国のアナリストと意見交換したりするのはほぼ不可能だが、朝鮮総連傘下のアナリストは、そうしたことが可能だからである。
日本政府は、朝鮮総連や「日本各界の親朝人士達」のパイプを通して、幾分なりとも金正恩党委員長の誤解を取り除くことができるのではないだろうか。
なお、北朝鮮とのパイプを維持するためにも、保守系のメディア関係者や政治家は、朝鮮総連や「日本各界の親朝人士達」に対して、バッシングを控えるべきだろう。
かつてならば、国交がないからこそ、いざという時のためのパイプの必要性を認識して、もう少し寛大に構えていたように思われる。
北朝鮮の核危機の真っただ中にある今こそ、まさにその「いざという時」ではなかろうか。