北朝鮮の核・ミサイル問題はいまだに解決の道筋が見えていない。
日本のメディアでは、米軍による攻撃と北朝鮮による報復のシミュレーションの記事があふれている。
しかし第二次朝鮮戦争の勃発は100パーセントとは言えないが、ほぼあり得ないだろう。
いずれ近いうちに米国と北朝鮮の間で極秘会談が行なわれ、平和裏に核・ミサイル問題は解決されるにちがいない。
筆者は、その際に交わされる合意が最終的に2015年7月のイランの核合意に類似したものになると予測している。
しかしそれは必ずしも日本にとって良い結果になるとは限らないだろう。
イランと北朝鮮・中国
予想される北朝鮮の核・ミサイル合意を、イランの核合意と対比するに当たって、注意すべき点とは、イランに相当するのが北朝鮮と中国のセットだということである。
さしずめイランのハメネイ最高指導者に相当するのが金正恩委員長。
イラン国内で核開発に固執し、欧米との融和に反対するアフマディネジャド前大統領らの強硬派に相当するのが北朝鮮政府。
目下のところ金正恩委員長は、強硬派が多数を占める政府に説得されて、同一歩調をとっていると仮定するのである。
一方、イラン国内でハメネイ最高指導者を説得して、核合意を主導したロウハニ大統領らの穏健派に相当するのが中国。
曲がりなりにも国民が限定的ながらも参政権を保障されているイランとは異なり、北朝鮮では国民は政府の厳しい統制下にある。
そのために北朝鮮では政府に対する異論が公然化する余地などなく、穏健派が全く存在し得ない状況にある。
そこで中国には「穏健派」として金正恩委員長を説得する役回りが期待されることになる。
イランの核合意との類似点
イランの核合意との類似点の第一は、合意内容が周辺国に強い不満を残す妥協になりかねないということである。
イランは全面的に核開発を禁止されたわけではなく、核開発を大幅に制限されたに過ぎない。
そうしたことからイスラエルやサウジアラビアは、合意がイランの核開発を事実上認める内容であり、将来的に「イランの核兵器保有に道を開く」として強硬に反対している。
一方、北朝鮮が2005年9月の六者協議共同声明に盛り込まれた朝鮮半島の「非核化」に再度合意することはあり得ないだろう。
そこで米朝間の合意では、現有の核・ミサイルについては事実上黙認するものの、これ以上の核・ミサイル開発については凍結するということが主だった内容になるだろう。
これならば核弾頭を搭載可能なICBMの開発が阻止されて、米国本土の安全は守られることとなり、トランプ米大統領はぎりぎり妥協することができるだろう。
しかし日本や韓国は恒常的に北朝鮮の核ミサイルによって脅かされることとなり、合意に対して強烈な不満を抱くことになるだろう。
その点については『中央公論』最新号で、平岩俊司・南山大学教授と川島真・東京大学教授も「中距離で妥協する」という悪夢について言及している。
類似点の第二は、合意後に経済制裁が緩和されることである。
イランでは核合意後、経済制裁が緩和され、石油資源、並びに中東随一の巨大な市場を目指して、英独仏中ロなどの資本が押し寄せている。
一方、北朝鮮でも合意後、経済制裁が緩和され、中国との経済関係が再び通常に戻るだろう。
また韓国の文在寅新政権の下で、南北の経済交流も再び活発化するにちがいない。
ただし経済制裁の完全な撤廃は、北朝鮮が朝鮮半島の「非核化」に再度合意しない限り難しいだろう。
地域への影響力を増すイランと中国
イランは核合意後、地域への影響力をさらに強化している。
イランは核合意前からイラクの現政権やシリアのアサド政権を支援してきた。
またレバノンのイスラム原理主義組織・ヒズボラやイエメンの武装組織・フーシ派を支援してきた。
こうした支援は、経済制裁の緩和による財政状況の好転などのために、よりいっそう規模を拡大している。
そもそもオバマ前米政権がイランとの核合意に踏み切った背景には、中東情勢の安定化のためには、イランの協力が欠かせないという認識があった。
実際、米国とイランは、イラクの現政権を支持し、イスラム国を敵視しているという点では共通している。
またシリアのアサド政権をめぐって、米国はイランと対立しているものの、シリア情勢の安定化のためには、アサド政権の後ろ盾となっているイランの協力が欠かせないものになっている。
それ故に米国はイランの地域への影響力の強化を半ば黙認せざるを得なくなっている。
一方、北朝鮮の核・ミサイル合意後に、地域に対して影響力を強化すると予測されるのは、北朝鮮ではなく中国である。
すでにその予兆は現われている。
トランプ米政権は北朝鮮の核・ミサイル問題の解決に当たって、中国に大きく依存しているためか、ここ最近、中国への配慮が顕著になっている。
特に注目すべきは、南シナ海の係争水域で中国が造成している人工島近辺での「航行の自由作戦」の中断である。
現在までのところ、中国側のメディアは勝利の凱歌を挙げたりはしていない。
比較的冷静さを保って「航行の自由作戦」の中断は、あくまでも一時的なものであるとしている。
しかし将来においても、米国政府が中国に配慮して「航行の自由作戦」の「中断」を継続する可能性がないとは言い切れないだろう。
というのは、米国は北朝鮮に合意を遵守させ続けるために、将来的にも中国に大きく依存せざるを得ないからである。
特に北朝鮮には核合意を反故にしてきた過去がある。
そうしたことからも、金正恩委員長が「強硬派」に心を移さないように、「穏健派」の中国に始終働きかけてもらう必要が出てくるのである。
北朝鮮の民主化
米朝間でイランの核合意に類似した決着がはかられるのならば、日本は恒常的に北朝鮮の核ミサイルによって脅かされることになる。
それだけでなく、日本経済の生命線ともいうべきシーレーンが通過する南シナ海の制海権を、事実上中国軍に委ねることにもなりかねない。
日本は窮地に追い込まれるだろう。
こうした窮地を招かないために、我々は何をなすべきだろうか。
筆者は、北朝鮮に核・ミサイルを完全に放棄させるためには、民主化への転換を促す以外に方法はないと考えている。
だからと言って、最近メディアで喧伝されているように、金正恩委員長の斬首作戦を決行すべしと主張しているわけではない。
潜在的に民主化への要求を抱いている北朝鮮国民を、あくまでも平和的にエンパワーメントし続けることが肝要であると考えている。
それが平和憲法を擁する我々が採り得る唯一の根本的な解決策であろう。