薬物依存症報道の難点
世間が新型コロナウイルス問題一色に染まる中、俳優の高知東生さんらと薬物依存症とは何かについて、語り合う機会があった。ハフポスト主催の「過ちを犯した人は笑ってはダメなのか」である。当初は、観客を迎えてのイベントの予定だったが、コロナ問題の影響で急遽、ネット配信に切り替えた。
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視聴者数は30万人を超えている。これは私の予想を完全に覆すものだった。
高知さんは自分の肉声がTwitter上に生配信されていることに「緊張している」と何度も繰り返しながらも、逮捕前、逮捕後、そして現在の心境を、ありありと語った。
高知さんに加え肉親、そして自身もギャンブル依存症で苦しんだ経験があり、今は依存症当事者の支援活動に取り組む田中紀子さん、そして作家の雨宮処凛さんも交えてのディスカッションを通じて、「やはり同じことを言い続けていこう」と確信を深めた。
同じこととは何か?それは、特に問題を深めることがないままに衝撃だけが語られる現状の薬物問題報道の「難点」の逆を行く報道だ。今回のイベントは一つのモデルケースになった。詳しくは配信した動画を見ていただくとして、ポイントをまとめておこう。
「高知さんは病気です」と何度も何度も言われた
高知さんは2016年、覚せい剤を使用した罪などで有罪判決を受け、現在執行猶予中だ。当時はかなりの”バッシング”にさらされた。
薬物依存症報道は「社会の常識」と合致しないことが度々起こる。
例えば科学的なエビデンスに基づけば、薬物依存症は完全な病気なのだが、それは直感的にはわかりにくいことでもある。
これは治らない慢性疾患の病気であり、薬物に手を出す前の状態に完全に戻ることはできない。大事なのは、病気を発症する前に戻ることではなく、慢性疾患と同じように病気とうまく付き合っていく「回復」だ。
高知さんは厚労省の麻薬取締官(俗に言うマトリ)に逮捕された時、後に主治医となる松本俊彦さん(精神科医。国立精神・神経医療研究センターで薬物依存症治療に取り組む第一人者)を紹介された。
まず松本さんから言われたのが「高知さんは病気です」という事実だった。
だが、これが受け入れられない。何度も自分は病気ではなく、ただ気持ちが弱いから薬物に手を出しただけであり、気持ちを入れ替えればいいのだと松本さんに反論したという。
だが、その度に松本さんは粘り強く「病気」だといい、なぜ逮捕されたのかを問い直した。全てに薬物が優先していたのではないか、と。
高知さんのケースはまさにそうだった。覚せい剤が自分にとって最も大事なものになり、クスリを許してくれる人が大事になり、クスリのための仕事が大事になり、自分を守るための嘘も大事になってくる。
「ヒモキャラ」がストレスだった。しかしそれすらも口実になっていく。
クスリに手を出した理由の一つは、当時から散々「ヒモ」と面白おかしく言われ続けたことだった。自分も俳優として仕事を続けているのに、パートナーのほうが有名だから「ヒモキャラ」扱いされる。
週刊誌やバラエティ番組でいじられるだけで終わればいいが、地元高知県に帰っても真に受けた周囲から「お前、本当にヒモなのか」と聞かれる。実際は高知県では放映されていないだけだったのだが、高知さんにとっては耐え難いことだったようだ。
これが大きなストレスになったが、後にはクスリを使うために「ストレス」を探すようになる。使用する理由をつけるためだ。私は高知さんの言葉を聞きながら、高知さんは誰よりも自分を騙していたのだ、と思った。
妻への嘘、辻褄合わせの「アリバイ・ノート」
さらに高知さんは、自分で「アリバイ・ノート」を作っていたという事実を明かした。
当時、妻だった女優の高島礼子さんに語った嘘の辻褄を合わせるために、ノートに何を言ったか書き込み、話を合わせていた。そして他の芸能人の逮捕報道を見ながら「自分はバレないから大丈夫だ」と薬物使用を続けた。
これが薬物依存症の現実だ。薬物依存症は脳が覚せい剤にハイジャックされている状態なので、意志の力ではどうにもならない。嘘をついていることが「ヤバい」ことだとわかっていても、やめられず嘘に嘘を重ねていくことになる。
「もう死のう」と思わせた、執行猶予期間中の孤独
さらに、高知さんのケースから浮かび上がる重要な問題がある。
依存症患者が「回復」するために、誰と、どうつながるかという問題だ。
「孤立させない」「治療につながろう」で終わらせるのは、単なるスローガンであり、メディアはもっと具体的なことを伝えないといけない。
逮捕、起訴、判決は詳細すぎるくらい詳細に報道されたが、執行猶予付きで社会に戻ってきた高知さんの様子はまったくと言っていいくらい報じられなかった。高知さんも周囲も「執行猶予」を謹慎期間だと思い込み、大人しくしていなければいけないと判断していた。
ある企業の社長は「うちの広報として働いてみたらどうか」と提案してくれたが、「ごめん。執行猶予中はまずい、再犯したらどうするんだという話が役員から出て、ダメになった」と最後は断りが入った。
こうした事案が一つではなく、いくつか続いたという。背景にあるのは、執行猶予とは何か、薬物依存症の治療とは何かがまったく伝わっていないことだ。
高知さんは「執行猶予中がとにかく一番つらい」と感じたという。
社会の中で居場所がなくなったと思った高知さんは、松本さんの治療を受けながらそれでも「もう死のう」と思ったという。
メディアに残された宿題は何か。
孤独感を抱えてはいるが、表面的には友人たちとつながっていた高知さん。治療も受けていた。
高知さんを救ったのは、SNSでつながった、依存症当事者の支援をする田中紀子さんだった。田中さんは高知さんのために芸能人の依存症患者で語り合う小さな会合をセッティング。共通点の多い人たちで構成される会合は、高知さんの口を開かせた。ここでようやく「自助グループ」とつながり、同じような境遇の人たちに自分の悩みを語ることができるようになった。それがちょうど1年前のことだ。
やっと自分は一人ではないと感じるようになったといい、今でも治療を続けている。今回の番組のような「公開の場」に出て、社会に向けて語るのも、広い意味では彼の社会復帰であり、回復の過程の一つともいえるだろう。
高知さんの一連のケースは、メディアにどんな宿題を残すだろうか。
自助グループの情報は芸能人の逮捕に比べると、非常に地味だが、具体的だ。これからの薬物報道は、科学的なエビデンスを的確に伝え、誰と、どのようにつながればいいのかを具体的に伝え、追い込むことよりも病気からの回復を支援するものに変えていかなければいけない。
もちろん、一朝一夕では変わらない。だからこそ、小さくても積み上げが大事になってくる。そのための一歩を踏み出すメディア、記者は少なくないのだから。
(執筆:石戸諭 / 編集:南 麻理江)
この記事には違法薬物についての記載があります。
違法薬物の使用は犯罪である反面、薬物依存症という病気の可能性もあります。
医療機関や相談機関を利用することで回復可能な病気です。
現在依存症で悩む方には、警察以外での相談窓口も多く存在しています。