「昨今の物価上昇に伴い……」
近年、幾度となく耳にする枕詞だ。総務省によると、2023年の消費者物価指数は、前年よりも約3%上昇。これは、第2次オイルショックの影響があった1982年以来、41年ぶりの伸びだ(※1)。止まらない食品値上げに、家計への負担を感じる人も少なくない。
一方、農林中央金庫の調査によると、農業生産者の6割以上が「生産コストの上昇」「後継者不足」「販売価格の安さ」など、経営上の課題に直面しているという。
そうしたなか、農林中央金庫は農林水産業者所得の増加を中長期目標に掲げ、さまざまな取り組みを進めている。
少子高齢化や地方の過疎化などにより、農業の担い手が不足する今日。食の持続可能性を高めていくには? 今回、農業者の課題解決と所得向上に挑む「担い手コンサルティング」を取材した。
「担い手の高齢化」「荒廃農地」農業をめぐる課題
少子高齢化や地方の過疎化が進む日本において、農業の担い手もまた高齢化が進んでいる。「農家」と聞いて、田園風景と高齢の農業者をイメージする人も少なくないだろう。
実際に、農林水産省によると、自営農業に従事する人のうち65歳以上が7割を占める(2020年)(※2)。また、農業従事者の人口は年々減っており、人手不足が深刻化している。
さらに昨今の物価高騰が追い打ちをかける一方、農産物価格への価格転嫁が進んでおらず、農業の担い手は大きな負担を強いられている。
「『少子高齢化』『地方過疎化』『担い手不足』という言葉はよく耳にするが、実際の農業分野が抱えている課題の深刻さに比べて安直に使われすぎていると感じる」
そう憤りをみせるのは、千葉県の農事組合法人・百目木営農組合で理事を務める宗政さんだ。「農業機材の更新費用の工面が難しく、廃業してしまう農家も多い」と、宗政さんは続ける。廃業に追い込まれた農家が増えたことで、荒廃農地も増加。農業をめぐる課題は深刻化している。
利益が900万円以上増加。農業者の課題解決に取り組む「担い手コンサル」
こうした課題を解決すべく、農林中央金庫が立ち上げたのが「担い手コンサルティング」だ。
担い手コンサルティングとは、農林中央金庫を含むJAバンク(※3)が主体となっておこなう取り組み。金融事業の知見を活かした財務・収支分析やヒアリングなどを通じて、農業者が抱える課題を「見える化」し、抽出した課題への多様なソリューションを提供している。
総合事業体であるJAグループの強みを活かした、一連のコンサルティング業務を通じて、農業者の所得を向上させる狙いだ。
百目木営農組合が位置する千葉県においては、千葉県農業者総合支援センター、JA(営農経済部門、金融部門)、農林中央金庫により構成された、実践を担うチームが中心に取り組みを進めている。
財務分析や品目別の収支構造分析などによる担い手の事業性評価を通じて、数値で定量的に可視化された経営課題を把握。これに対しJAの強みを発揮し、営農経済事業や金融事業を通じたトータルでの解決策を提案。他の地域金融機関とは異なる、独自のソリューションを提供している。
2021年度には、千葉県農業者総合支援センター、農林中央金庫千葉支店、JAきみつが連携してコンサルティングチームを組み、百目木営農組合に対するコンサルティングを実施した。
一体どのように課題解決をおこなったのか? 農林中央金庫千葉支店の杉本さんは当時を振り返り、次のように話す。
「私たちはコンサルティングをおこなうにあたって、まずヒアリングと財務分析をして担い手さんが抱えている課題の見える化をしています。百目木営農組合さんの場合は、『低い反収(※4)』『労働力不足』『価格変動リスク』という3つの課題を抽出しました」
まず「低い反収」に関して、千葉・袖ケ浦市の平均反収である10アールあたり約9.5俵と比較し、百目木営農組合が栽培する「ふさおとめ」は8.1俵、「ふさこがね」だと8.49俵と、いずれも平均を下回っていた。
この課題に対し、農林中央金庫とJAがおこなった提案が「水稲の生育調査」だ。県の指導機関と協力しながら生育調査・分析をおこない、収穫などの適期を割り出し、管理を徹底。「ふさおとめ」と「ふさこがね」の反収向上が実現した。
また「労働力不足」も、百目木営農組合にとって大きな課題。当時は、農作業を計画的に進めることもままならない状態だったという。そこで、社労士と連携しながら百目木営農組合の雇用条件を整備することを提案。そのうえで従業員を募集した結果、新規就農を希望する20代の若者2人の雇用に成功したという。
さらに、労働力の確保だけでなく、業務効率化による労働軽減も提案。具体的には、クラウド上で畑や水田の面積や所有者、作付け作業履歴などを一元管理する「圃場管理システム」を導入。今では、20代の従業員がスマートフォンで圃場を管理し、効率的に農作業をおこなっているという。
最後の課題が「価格変動リスク」だ。コンサルティングを始めた当初、百目木営農組合では、主食用米のみを栽培していた。しかし、それでは米価の値動きによって収益が大きく変動するリスクがある。そこで収益の多角化と安定化を目的に、その一部を飼料用米の栽培に切り替え、また新たに野菜栽培も開始することを提案した。
こうした一連のソリューションによって、百目木営農組合の利益は900万円以上も増加。経営の安定性も向上したという。
コンサルティングを受けた宗政さんは、担い手コンサルティングについて次のように語る。
「課題の見える化が役に立った。中長期の課題がはっきり分かったので、経営改善に一歩進むことができました。ソリューションについても、自分たちが求めていたことを提案してくれたし、その提案に基づいて改善したら良くなってきたという実感もある。
私たち農家だけでは専門的な経営分析をおこなったり、改善策を考えたりすることはとてもできない。だから、担い手コンサルのような支援は、今後の農業法人にとって絶対に必要な存在だと考えている」
持続可能な農林水産業には「所得増加」が必須
JAグループの専門性を活かしつつ担い手に寄り添い、課題解決に挑む担い手コンサルティング。その強みは、総合事業体ならではの提案力だ。
通常の金融機関でのコンサルティングでは、金融が主体の提案になりがちだ。しかし、JAグループは、金融事業のみならず、営農経済事業など複数の事業を総合的に展開しており、農業分野を中心に提案の幅が広い。百目木営農組合のケースでいうと、JAの金融部門と営農経済部門に加え、千葉県農業者総合支援センター、農林中央金庫が緊密に連携して提案をおこなっている。
さらにJAきみつ・嶋野さんは、担い手コンサルティングの実行力の高さについても強調する。「私たちは、必要に応じて外部機関や行政にも掛け合って、課題解決のアクションを実行しています。もちろん内部でも、組織や部署を横断して、ワンチームで担い手さんの課題解決に取り組んでいるのです」
実際に担い手コンサルティングは全国的な広がりを見せており、農林中央金庫によると、2021年度には186、22年度には301の担い手へコンサルティングを実施したという。さらに、23年度も約300の担い手へコンサルティングをおこなう見通しだ(全国のJAバンクでの件数)。
最後に担い手コンサルティングの今後の展望を、農林中央金庫・杉本さんに聞いた。
「私たち農林中央金庫では、『持てるすべてを〈いのち〉に向けて』という言葉から始まる存在意義(パーパス)を掲げ、さらに農林水産業者所得の増加という中長期目標も設定しています。農林水産業者の方が持続可能な経営をおこなっていくうえで、もっとも重要なのが所得増加。
農林中央金庫が実施した調査で、一般消費者・農業生産者に対して「農業の職業としての魅力を上げる方法」を聞いたところ、両者ともに「賃金を上げる」に最も多くの回答が寄せられました。担い手コンサルティングの取り組みの目的は、まさに農業者の所得増加です。
今回、千葉県における最初の担い手コンサルの取り組みとして、JAきみつさんと一緒になって、百目木営農組合さんへコンサル導入し、モデル事業になるような成果が得られました。千葉県でいえば、県内には17のJAがあります。ですので、将来的にはすべてのJAで担い手コンサルの取り組みができるようにしていきたいと考えています」
日本の農業をめぐる課題は山積している。しかし、地域の担い手に寄り添い、課題解決に向けて力を尽くす「担い手コンサルティング」のような取り組みが各地で増えていくことで、大きな変化が生まれる。そう期待したい。
農林中央金庫の「日本の農業の持続可能性に関する意識調査」はこちら。
(※3)JAバンク:全国のJA(農業協同組合)・信農連(信用農業協同組合連合会)・農林中央金庫により構成された、グループの総称
(※4)作物の1反(およそ10アール)当たりの収量のこと
写真:KAORI NISHIDA
文:midori ohashi