人気ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(『逃げ恥』)の新春スペシャルが、1月2日にTBS系で放送された。本編から数えて4年ぶりの新作。ラブコメディの体裁を取りつつ、さまざまな社会問題を織り込んでいるのが特徴だ。
私自身も2020年の春に1カ月の育児休業を取得したこともあって、非常に楽しみにしていたし、途中まではのめりこむように見ていたが、終盤の男性育休の描き方に「あれ?」と気になることがあった。
(※以下は作品に関する重要なネタバレがあります)
■非常事態宣言中に始まった再放送にハマる
私が『逃げ恥』を初めて見たのは2020年の再放送だった。新型コロナの感染拡大により首都圏などで非常事態宣言が続いていた5月19日から再編集版の『ムズキュン!特別編』が始まり、6月30日まで放送された。本放送を見たことがある妻が「面白いよ」と勧めるので見始めた。
私は3月に娘が誕生して約1カ月間の育休中だったが、コロナ禍の外出自粛と初の育児に追われる生活の中、新垣結衣さんと星野源さんが演じる2人の、良い意味で「むず痒くなる」ようなやり取りに癒やされて、毎週の放送を楽しみにしていた。
■「沼田、よく言った!」と喝采を送りたくなった前半
だから1月2日放送の『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル!!』も当然、楽しみにしていた。
前作では新垣さんが演じる森山みくりと、星野さんが演じる津崎平匡(つざき・ひらまさ)が「給料が発生する契約結婚」をするという話だった。作中で2人は愛し合うようになり、名実ともに「夫婦」となる。今作では、みくりの妊娠をきっかけに、事実婚だった2人は議論の末、法律婚することになった。
みくりの出産に合わせて平匡は、男性育休を1カ月取得することを上司の灰原課長(青木崇高さん)に報告。すると彼は「男が育休取ったってやることなんかないよ!」と難色を示す。
灰原課長は育休取得期間について「男の場合、1週間が妥当なライン。1カ月も取ってそれが前例になって、みんながそんなに休むようになったら仕事になんないよ」と批判する。
平匡は「まさかこんなに反発を受けるとは」と憤るが、会社の承認を得た。みくりは「さも当然という顔で育休を取れば、他の人も『取っていいんだ。これが普通なんだ』と思い始める」と指摘する。平匡は「『普通』のアップデートですね。後に続く人のためにも道を作りましょう」と同意する。
平匡の紹介で、プロジェクトに元上司の沼田頼綱(古田新太さん)らが参加。平匡の育休に対して不満を漏らす灰原課長に対して沼田は「誰が休んでも仕事は回る。帰ってこられる環境を普段から作っておくこと。それが職場におけるリスク管理」とたしなめる。
このシーンは私も見てて「沼田、よく言った!」と喝采を送りたくなった。
私の場合は、特に問題もなく1カ月の育休を取れた。しかし、地元のパパママや保護者らの講習会で同じく子供がまもなく生まれるパパ達に会った際に、男性育休を取っている人がほとんどいなかったことに思い出した。私が「1カ月育休を取ります」と言うと、「おーっ」と男性陣の間にどよめきが起きた。「本当は取りたかった」という人も大勢いたのだろう。
男性育休に対して冷たい風潮が、まだ残っている。2018年度の厚労省が実施したアンケートでは、男性育休を取得しない理由について「職場が育児休業を取得しづらい雰囲気だった」が21.8%を占めて第3位に入っていた。
2019年度の男性の育児休業取得率は7.48%で、政府が2020年までの目標に掲げた13%には遠く及ばない。
そうした状況の中で、このドラマは積極的に立ち向かって「さも当然」と男性育休を取れる社会になるように模範を示してくれているのだと勇気づけられた。
■コロナ禍の育休返上。まさかの展開に驚く
ドラマは終盤で、海野つなみさんの原作漫画にはなかった独自の展開となる。新型コロナウイルスの感染拡大が、平匡とみくりの生活を直撃するのだ。
2月3日、みくりが出産。1カ月の育休を取りながら自宅で娘の亜江(あこう)のオムツを換えている平匡の元に電話がかかってくる。電話の主は灰原課長だった。
平匡「なんですか?今、育休中です」
灰原「いや、分かってるんだけど。社長が自宅待機になってさ。田中と大塚も熱出して休みで、津崎さんが来てくんないと、どうにもならないんだよ」
平匡「皆さん風邪ですか?」
灰原「もしかして、津崎さん、テレビもネットも見てない?」
みくりがテレビをつけると、全国各地で新型コロナの感染が広がっているというニュースが流れていた。平匡の会社でも新型コロナの感染疑いのある人が出ているとも受け取れる描写だった。
3月に入って、平匡がみくりに話す台詞の中で「乳児の期間、亜江を2人で育てるという試みも僕の育休返上ですでに崩れています」と明かす。平匡がオフィスで仕事している描写もあり、平匡は灰原課長の要請を受けて、育休を返上して会社に通勤していたようだ。
私が強い違和感を覚えたのは、ここだった。男性育休は法律で認められている権利だが、平匡は渋る上司を元同僚らとタッグを組んで説き伏せるなど奮闘していた。それを、あっさりと返上したように見えたからだ。
結果的に平匡の勧めで、みくりは千葉県館山市にある両親の家に娘を連れて移動。平匡本人は自宅に残って離れ離れとなった。
■男性育休の「道を作る」作品であって欲しかった
ドラマの中で、灰原課長の「津崎さんが来てくんないと、どうにもならないんだよ」という言葉で、会社のプロジェクトが危機的な状況なことは伝わる。ドラマとしても平匡とみくりが、離れ離れになる展開が必要だったのだろう。しかし、平匡が育休返上したことで、前半で沼田が「誰が休んでも仕事は回る」と灰原課長を説得したエピソードが台無しになった。
平匡・みくりが「仕事を取るか育児を取るか」と悩み抜いたシーンがあれば、まだ納得は行った。新型コロナは誰も予測できない危機であるし、経済的に苦しんだ企業も多かった。でも、そうしたシーンは見当たらなかった。
育休返上するにしても、会社側と交渉することで、自宅からのリモートワークに変えることもできたはず。また、育児休業制度は月に80時間以内なら働くことが認められているため、1日数時間だけ働く「半育休」にするなど、育児と両立するための方策はあったはずだ。しかし、平匡は普通に会社に通っていたように描かれていた。
海野つなみさんの原作漫画を元に、野木亜紀子さんがドラマ版の脚本を手がけた『逃げ恥』。この作品が描いてきたのは、男性育休の問題に限らない。今回の「新春スペシャル」でも事実婚、夫婦別姓、同性愛など……さまざまな問題を扱ってきた。
そういった「社会の壁」に対して、平匡・みくりを初めとする登場人物が格闘していく様子が心を揺さぶる作品だった。だからこそ、「コロナだから人が足りない」という理由で、あっさりと男性育休を返上する展開が、どうしても腑に落ちなかった。
もちろん、映像が省かれただけで劇中の平匡もきっと苦渋の決断だったはずだ。そして、コロナ禍などの未曾有の事態になると、「育休を返上せざるをえなくなる」状況は、男性育休が浸透していない今の日本社会をリアルに反映しているとも思った。
しかし、作中で平匡は育休を取得することで、後に続く人のために「道をつくりましょう」と言っていた。多くの課題に立ち向かってきた『逃げ恥』は、男性育休についても「道を作る」作品であって欲しかった。