NHK Eテレの赤ちゃん向け番組『いないいないばあっ!』は、1996年の放送開始から26年を迎えました。NHK放送文化研究所のレポートによると当時は「世界でも例のない、0〜2歳児を対象にした番組」だったそうです。近年ではアジア各地でも放送されて人気を博し、中国やベトナムなどでは現地版が制作されるようになったほどです。
一体、どんな経緯で『いないいないばあっ!』は生まれたのでしょう。リモートワークや家事の合間に、2歳児の娘を膝に抱えながら番組を見ていると素朴な疑問が浮かんできました。制作スタッフに聞いてみると「現実として赤ちゃんにテレビを見せているご家庭が多い」という実情を踏まえて、「安心して親が見せられる番組」ということで発案されたそうです。
ワンワンを演じる俳優チョーさんのインタビュー(前編、後編)に続いて、『いないいないばあっ!』の制作を統括するNHKエデュケーショナルの中村裕子チーフ・プロデューサーに話を聞きました。2回に渡って記事をお送りします。
■世界初の赤ちゃん向け番組が始まった経緯は?
――1996年に『いないいないばあっ!』の放送が始まった経緯を教えてください。「0歳から2歳児までの番組」は世界でも例がなかったそうですが、どのような理由で始まったのでしょう?
核家族化や共働きで、「テレビが育児を助ける場面」が増えてきていました。主に3歳児が対象の『おかあさんといっしょ』をはじめNHKでも子ども向け番組はありました。一方で実態調査をしてみると、0歳代から1日平均2時間以上という長い時間にわたり、赤ちゃんがテレビを見ているということが分かりました。
当時は赤ちゃん向けの番組がなかったので、大きい子ども向けのアニメ番組や大人向け番組などを見ている状況。「要望があるのに赤ちゃん番組ってないよね」ということで、赤ちゃんに特化した、乳幼児の発達段階を研究した上で「乳幼児が見るための良質な番組をつくろう」と、赤ちゃん向け番組の開発が始まりました。発達段階に合わせた、良質・安全で「安心して親が見せられる番組」を作ることになったんです。
――番組スタート後の2004年には、日本小児医会から2歳児以下のテレビ・ビデオ視聴を控えることが提言されるなど、当時は「赤ちゃんにテレビを見せるのは控えるべき」という議論も起きていました。そうした中で、親が罪悪感なしに赤ちゃんに見せられる番組として、企画されたということですね。
「現実として赤ちゃんにテレビを見せているご家庭が多い」という実情があり、その中で、安心して見せられるものはないか、という要望があったのではないでしょうか。私も赤ちゃんを育てていたときに、テレビを遊びの一つとして取り入れていましたが、「見せちゃダメ」といわれたら、育児の負担は増したのではないかと思います。
もちろん24時間ずっと見せ続けるのは良くないわけですが、テレビを一つの道具として考えて取り入れるのであれば、「赤ちゃんにも、保護者さんにも何かしらプラスになるきっかけづくりになるだろう」ということです。『いないいないばあっ!』の大きなコンセプトとしては、テレビを見た後がすごく大事なんです。
大根のシーンを見たら大根を引っ張り出してくるとか、どんぐりで料理の真似ごとをした日だったら「どんぐりを拾いに行こうよ」ってなるとか。保護者の方といっしょに歌ったり、工作したり、テレビを見た後、赤ちゃんが能動的に動いて親子のコミュニケーションに繋げることが大きな狙いなんです。
■ワンワンは「1歳前後で初めて話す言葉」から逆算して生まれたキャラクターだった
――ワンワン、赤ちゃんキャラ、小学生の女の子という3者をメインキャラとした番組構成は26年間、変わってないかと思います。番組スタート時から一貫して登場している、ワンワンはどのようなキャラクターとして発案されたのでしょうか?
ワンワンは「赤ちゃんにとっての初めてのお友だち」ということで、赤ちゃんが自然とギュッてしたくなるような白くてふわふわしたキャラクター。抱きつきたくなるような……。ワンワンが「いかに生き生きと楽しく遊んでるかっていうことが大事」ですね。
ワンワンが、テレビを見ている赤ちゃんに語りかけるのも理由があります。赤ちゃんは、テレビの中で繰り広げられる会話や遊びを自分ごととして感じにくい。
「一緒に遊ぼう」とテレビから呼びかけて、赤ちゃんと対話形式にすることで、赤ちゃんがテレビに集中でき、一緒に遊んでいる感覚になれる。だからワンワンたちが、赤ちゃんに語りかける感じにしているんですね。そういう意味で「赤ちゃんにとって初めてのお友だち」っていう位置づけなんですよね。
ワンワンって名前も、その当時調べた「1歳前後で初めて話す言葉ベスト10」の中から選ばれたそうです。ママ、パパ、ねんね、バイバイ……。しゃべり始めたときに使う言葉のベスト10に入ってたんです。赤ちゃんが言いやすい言葉で、キャラクターとして成り立ちやすいのが「ワンワン」で犬。そういう流れで決まったと聞いたことがあります。
■舞台公演が反応をみる良い機会に
――2010年にスタートした舞台公演「ワンワンわんだーらんど」ですが、番組とは別に舞台公演をやるようになった経緯は?
お子さんと保護者で、旅行に行ったり、遊園地やテーマパークに行ったりする共通体験は、赤ちゃんの情緒も安定するし、情操教育にも非常に良いと言われていますよね。そこで「わんだーらんど」も家族の共有体験のコンテンツとしてやってみようか?ということになったんです。それまでも『おかあさんといっしょ』とかのイベントをやっていたので。
――チョーさんのインタビューでも「ワンワンわんだーらんど」では、普段は見ることが難しい、子どもたちや親御さんの生の反応を見られる貴重な機会とおっしゃっていました。番組の制作スタッフとしても、番組作りに役立っているでしょうか?
非常に役立っていますね。もともと(番組作りが)狙いではなかったんですけど、テレビはどうしても視聴者の顔が見られない。大人だったら感想を送ることもできますが、赤ちゃんは全く分からない。今でも新しいコーナーを開発するときには、保育園などにご協力いただいて、開発中のコンテンツをみてもらい、赤ちゃんの反応を見たりとか、親子にご協力いただいて、コミュニケーションのきっかけとなる内容になっているか調査したりしています。一方で、「わんだーらんど」のような人数を集めることはもちろんできないので、反応を見るにはすごく良い機会になってますし、新しいコンテンツが生まれるきっかけにもなってますね。
■中村裕子さんのプロフィール
NHKエデュケーショナル・コンテンツ制作開発センター・こども幼児グループ所属。こども・幼児向けの番組を中心にディレクターを経て、現在はチーフプロデューサー。番組全体を取りまとめる。
※中村さんへのインタビュー後編では、「コロナ禍で舞台公演の客席に生まれた意外な変化とは?」について聞いています。