窓から差し込む光と続くように作品が映し出される。
「光ー呼吸 時をすくう5人」展。
「光」、「呼吸」、「時をすくう」--。
これが、原美術館(東京都品川区)の最後の展示テーマになった。2021年1月に閉館する。お別れを言うのに一番の舞台が用意されていた。
大きな木々に囲まれた中に、カーブが美しい白亜の邸宅。
こうした空間とアートが有機的につながっている展覧会だ。
原美術館は、1979年12月に私設美術館として開館した。当時、現代アートは画廊に行かないと見られない時代に、現代アートを牽引する場として注目を浴びてきた。
原美術館は、たんなるアートを飾る箱にはならなかった。
館は、約80年前の1938年に建築家・渡辺仁の設計で実業家・原邦造の私邸として建てられた。
トイレ、居間、浴室、暗室、温室...様々な空間が、作家の作品と溶け合って味わいを出す。
1階のトイレには、森村泰昌の「輪舞」
2階の男性用トイレには、宮島達男の「時の連鎖」
暗室は、須田悦弘の「此レハ飲水ニ非ズ」
浴室は、奈良美智の「My Drawing Room」
最上階にある温室は、真っ白のタイルで覆われたジャン=ピエール・レイノーの「ゼロの空間」
作家たちが、空間の歴史を汲み取りながら徐々に作品を作っていった。
こうした常設展だけではなく、企画展「光ー呼吸 時をすくう5人」も、
どこに行っても成立する作品ではなく、この空間の中でこそ生きる作品群のように思える。
作品とこの空間全体で「生きている」感じがするのだ。
大きな窓からは木漏れ日がさし、葉と枝の陰影が作品に”お邪魔”する。
日が傾き光が弱くなると壁の白が浮き立ち、映像作品の輪郭がシャープに感じられる。
新型コロナ対策で開けられた窓の隙間からは、葉がカサカサと触れ合う音が作品の一部であるピアノの音色に混じり込む。
空間全体が、陽の加減や揺れる枝葉の陰影で、生き物のように感じた。作品が物理的に限定されたものではなく、その先に広がっていく不思議な感覚を覚える。
「ここでしかできない一期一会の展覧会にしたかったのです」と話すのは主任学芸員の坪内雅美さんだ。25年前から原美術館で学芸員とし、海外での滞在期間を除き、原美術館を見続けてきた。
坪内さんは、「空間、光、風に加えて、その瞬間の時間。これらが緩やかに混じり合うことで原美術館の記憶として残るのではないかと思いました」と最後の展覧会の意図を話す。作品に没入することができないので、こうしたものは邪魔になると言う人もいるが、あえてそこにこだわった。
作品と作品の境をはっきりと区切ることもしなかった。「整理しすぎることをしませんでした。見ている人に解釈の余地を与えられる」。混じり合ったところに、今回の展覧会の醍醐味がある。
原美術館の閉館の大きな理由は、約80年たった建物の老朽化だという。エレベーターはなく、階段のてすりも低く、ユニバーサルデザインやバリアフリーには対応できていない。旧来のデザインを生かした建て替えも難しい。時代が経つにつれ作品も大型化し、間口が狭い現状では対応できないものも出てきた。そのため、開館40年をめどに閉館することになったという。
閉館後は、常設展の一部と、所蔵品は「原美術館ARC」(群馬県渋川市)に移る。
最終日の2021年1月11日、これまで約40年してきた通り、扉はひっそりと閉める。
坪内さんは、「終わりではないです。次の時につなげるという思いがこの最後の展示のテーマでもあります」と話している。
【ハフポスト日本版・井上未雪】
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美術館からのお願いは、公式サイトに示されている。
コロナウイルス感染防止のため、原美術館の入館にはサイトからの事前予約が必要だ。最終開館日の2021年1月11日までの予約は既に定員に達している。
原美術館の敷地内へは観覧者だけが入ることができる。予約のない人は敷地内に入ることはできない。周辺は住宅地のため、周辺道路からの見学や撮影なども遠慮して欲しいという。