4年に一度、世界一過酷と言われるレースがある。ヴァンデ・グローブというヨットレースだ。生きて帰ってこられるのかすら分からない。風だけを頼りにたった一人で、3ヶ月あまりかけて世界を一周する。過去には死亡者も出ており、達成できた人は、宇宙飛行士の数よりも少ない。そこに今、53歳の日本人が挑んでいる。海洋冒険家の白石康次郎さんだ。出発直後に動力のメインセールが破れる事態に陥ったが、11月27日、赤道を越えた。他のスキッパーたちも次々にトラブルで戦線離脱や遅れをとる中、白石さんは「奇跡だ」と衛星通信で伝えている。
4年前の11月、出発地のフランス西部のレ・サーブル・ドロンヌ港の映えある舞台で、白石康次郎さんは、誇らしげに船頭に立っていた。袴に木刀を腰にさした姿で、港の両岸に押し寄せた観客の大歓声の中を進んで行った。初めてのアジアからの挑戦者。「サムライ」と名乗り、大海に勢いよく飛び出していった。しかし、その時は、中古の船のマストが折れ、無念の途中棄権になった。
そして4年たった2020年11月、白石さんが再び挑んでいる。新たな船をなんとか調達したものの、出発した途端にメインセールが破れるトラブルに巻き込まれた。だが、本人が「奇跡」というほど、自らの応急処置で修復したセールで11月27日UTC5時43分(日本時間27日午後2時43分)に、白石さんは赤道を通過した。
出発からわずか6日後の11月14日午後7時50分頃、メインセールが破れたと通信で洋上の白石さんから報告があった。メインセールは、風を受けて進む船の動力源。秒速20.6メートルにもなる風速40ノットの嵐と遭遇したためだ。
嵐が過ぎるのを待ち、陸上にいる支援チームやセールメーカーなどとどう直すか話し合った。船にあるスペア部品や接着剤などは少ない。修繕は2つに切れたセールを重ね貼り付けることにした。日がある中でしか作業はできないため、限られた時間の中、白石さんは、一人で繋ぎ合わせ、修繕に1週間かかった。
レース7日目には、既に、マストが折れ、リタイアしたスキッパーもいる。優勝候補のスキッパーで出場5回目のアレックス・トムソンさんも船のトラブルに見舞われた。
世界一周までの道は長いが、優勝も夢ではない。縫い合わせたセールで、赤道を無事に越えた白石さんは、DMG MORI Global One号の船上で、長年のスポンサーでもある日本酒メーカー「八海山」の祝杯をあげたという。「これから、希望峰、ルーウィン岬と、ホーン岬でも乾杯をしたいと思います」と語っている。
総距離約4万5000キロメートル、3カ月にも及ぶレースは、トラブルに立ち向かう体力と知力が必要だ。白石さんの言葉でいうと、「全人生をかけた」戦いだ。
睡眠時間は、凪の時に細ぎれでとる。競技時間は80日間、計約2千時間と言われるが、その間1時間連続して寝られればいい方だという。「24時間走っているんだもの。僕の競技時間は2千時間。競技場は地球です。何が起きるか分からない不特定要素が一番多い競技だよね。そこが面白い」と4年前の挑戦時にインタビューした際に、そう答えていた。
白石さんは、「レースは運の要素も多い」と言う。白石さんは、無形のものへの感謝の姿勢が際立つ。「いつも笑顔で人に優しく。どんな時もね。どんな苦しいときもつらい時も。レースは、仏様のように、微笑みをたたえられるような人間になるための修行でもあるんだよね。そうすれば、うまくいくんじゃないかとそう僕は解釈している」と話す。
「神は結果を望んでいません、挑戦を望んでいる。そうマザー・テレサが言っていた」この言葉を冒険家として自身の支えにしている。
まだまだ続く長い航海。一人で洋上で闘っている「サムライ」にエールを送りたい。(ハフポスト日本版・井上未雪)