香港国家安全維持法の施行(6月30日)から間も無く4ヶ月になる。その間、海外に滞在する米国籍の民主活動家を指名手配したり、オーストラリア国籍の中国CGTN放送の司会者が拘束された。日本経済新聞香港支局には、民主派の意見広告をめぐり警察が調査に入ったという報道もある。
「香港国家安全維持法」が領土を超えて、域外適用されている状態。これは、国際法の常識を超える異様な事態だ。
香港国家安全維持法(国安法)とは、国家分裂や政権転覆やテロ、外国勢力と結託して国家の安全に危害を及ぼす行為について、無期懲役以下の刑事罰を科す。
日本でも、香港をめぐり中国の体制を批判したら逮捕されるのか。日本で発言した内容について、日本人にも適用があるのか、専門家に聞いた。
「日本人が、香港国家安全維持法の罪に該当すると言われても中国に入らない限り“執行”されませんが、中国に入ったら、捕まる可能性はあります」
そう解説するのは萬歳寛之・早稲田大学教授(国際法)だ。詳しく説明する。
・中国の国安法の適用は、国際社会の「常識」を超えている
・国安法の罪に該当するとされても、中国に入らない限り“執行”されない
・逆に、中国に入ったら逮捕される可能性はある
・香港との相互主義が成り立たないと考える国が「犯罪人引渡協定」を停止
・仮に各国が「対抗立法」を作る段階に入ると、「最悪」の状況
中国がやっている「域外適用」は認められるの?
ある国(X国)でX国民が行った行為にY国の国内法を適用するーー。これが今、中国がやっていることです。
この場合、国際法でいう「保護主義」という考え方を根拠とすることになります。
保護主義の例としては「通貨偽造罪」があります。Y国通貨の偽造が、X国民によりX国内で行われたとしても、Y国はこれを通貨偽造罪として処罰できるように自国法を適用しようとします。
どの国でも「やっちゃダメですよ」というものでないと罪として問われないのです。
通貨偽造罪は、通貨主権を害するものです。自国民がやったことで他国から罪だと言われても仕方ないものですよね。基本的に、国家主権に関わるような重要なことでないと罪に問わない。
そう言った意味で、適用例は極めて限られています。
日本の社会においては通常の言論活動の範囲内で行われていることも、香港国家安全維持法上、犯罪とされる危険があります。
香港国家安全維持法違反の容疑で、捕まった人々は、言論活動やその延長線上にある活動をしていました。
これらの言論活動は、私たちの相場感で通貨偽造罪のように「それはダメでしょう」と言うところまでいっていないわけです。
中国の国安法の適用は、国際社会の「相場感」を超えていると言っても間違いない。国際社会の常識を超えています。
「共通認識」ない国とは一緒に語れないのが国際法
裁判所が外国の裁判所に対して協力する「司法共助」に関しては、中国の国内問題とは言えないわけです。そもそも、中国とイギリスが、英中共同声明で、香港は、中国のその他の地域と違って、欧米で認められているのと同等の権利が認められているところだと約束しているのですね。
そして、イギリス以外にもニュージーランド やアメリカなどは、自分の国と同じスタンダードで裁いてくれるという安心感があるから「犯罪人引渡協定」を香港と結んでいたのです。
(少し専門的な話ですが、香港との犯罪人引き渡し条約は、地域と国が結んだ取り決めなので、正式にはAgreement「協定」です。条約という言葉を避けています。香港はあくまで非主権的実体で、主権的実体は北京の政府です。ただ、香港が協定を結べるのは、中央政府によって授権されているからです。)
(ちなみに、法律的な背景を説明しておきますと、犯罪人引渡協定は、香港とそれぞれの国との約束事ですが、中国が授権している形です。中英共同声明上の一国二制度を前提として、様々な国が香港との司法共助制度を作り上げているのです。「香港問題に関する英中共同声明」に言論の自由を保障しますと書いてある。中国が行っていることは、各国としては認められない行為なのです。)
しかし今、我々の基準としては言論活動の範囲内だというケースでも逮捕されています。
安定的な犯罪人引き渡しができない状態になっているので、犯罪人引渡協定を、イギリスをはじめ、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド 、ドイツなどが停止するという状態が生まれたのです。
国際法は諸国の「共通の認識」が前提です。レスプロシティ(相互主義)で考えられるものを「共通の認識」として捉えています。通貨偽造はどこで行ってもダメだよね、だからY国がX国でX国民が行った通貨偽造などを犯罪とする反面、X国もY国でY国民が行った通貨偽造を犯罪としても、お互いに文句を言わない、そういう意味での共通の認識が相互主義の働く国際法の世界ということになります。
ですが、国家安全維持法に書かれていることは、相互主義で成り立たない内容ですよね。
相互主義が成り立たないと考えている国が、犯罪人引渡協定を次々と停止しているわけです。
香港に関する言論を「自粛」。最悪の場合は...
そもそも、国際法の世界は、国際司法裁判所で白黒つけるというよりも、お互いの相互理解をぶつけあって、スタンダードを作っていくものです。
例えば、貿易についての紛争を争う準司法的制度を持つWTO体制ですら、どこまでやったらダメなのかと、お互い駆け引きして、結論を導く。やり過ぎてしまったら、ここは譲歩していこうといった「準司法的制度を通じたやりとり」が、国際的な平準化を進めていきます。
今回のケースでは、ジャーナリストや人々が、国安法に基づく逮捕を懸念し、事実上言論活動を自粛するようになると、中国・香港政府は、事実上の国安法の「効果」を発揮することができてしまう状況になります。
ただ、日本やその他の国は、言論の自由があるから今の国家の発展がある、と思っています。中国のことについても安心して言論活動ができるように、自国民の「言論の自由」を保障したいのです。
そうすると、最悪の場合、各国が、国安法の効力を認めないぞという「対抗立法」を作って、中国のことについては安心して言論活動して大丈夫だ、という法律ができないわけでもないのです。
今は、各国が犯罪人引渡協定の「停止」にとどめていますが、いよいよ、本当に自国民の行動を実際に規制するような状況になったら、「うちの国の中では中国の法の適用は認めない」という対抗立法を作るかもしれない。
まだ現実的に外国人の逮捕を伴わない段階で、国際違法行為責任を追及することは難しい。けれども、「対抗力を持たない」と国安法の効力を否定する対抗立法を作ることによって、問題の解決を図る方法があるのです。この対抗立法する段階になると、最悪な状況といえます。
現状は、中国とお互いの意見を国際社会はぶつけていっている段階です。中国にもわかってもらうベく、各国は犯罪人引渡協定の停止を通じて、事態を平準化していく努力をしていることになります。
経済交流をすると、その負の側面である犯罪も国境を越えていきます。中国も世界と経済交流をして発展しており、引き渡しの対象犯罪を「平準化」していかないと、自国の経済発展がままならなくなることはわかるはずです。
萬歳寛之(ばんざい・ひろゆき)・早稲田大学国際法教授
中国と周辺国の対立で、アジアの軍事的緊張が続く中、将来の紛争を防ぐために、日中の国際法学者が国際法の場での橋渡しをめざす場として、2015年、研究者組織「東アジア国際法秩序研究協議会」を立ち上げた。学術交流を通じて日中関係改善に携わってきた西原春夫・早大元総長が座長についた。当初、中国側の参加は難しいと見られていたが、習指導部に近い政府系シンクタンクの上海社会科学院も参加。研究交流は続いている。専門は、国際法学(国家の国際違法行為責任)。
(ハフポスト日本版・井上未雪)