メディアの役割はこれまで、記者が現場との往復で取材を重ね、媒体上でひたすら情報を大量発信することだった。
高度にIT化した今日。生活者の情報取得方法やライフスタイルの多様化に合わせ、メディアはTV、紙、web、様々なアプリケーションに分散し、役割や存在の意味自体が変質している。これら混沌とした中で、その多様性を受け入れ、報道するメディアから「解決するメディア」へと変革を遂げようとしているのが、記者と読者が「ともに考え、ともにつくる」とのコンセプトを掲げる朝日新聞だ。
その取り組みの一つとして、記者が着目した社会課題について一般参加者と議論し、テクノロジーも取り込みながらソリューションを探すワークショップ、『未来メディアキャンプ2016』(主催:朝日新聞社 特別協力:慶應大学SDM研究科 協力:Think the Earth)の第1日目(2016年10月30日)が慶應義塾大学三田キャンパスで開催された。
今回3期目となる『未来メディアキャンプ』は、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の神武直彦准教授をモデレーターに迎え、イノベーション創出手法であるシステム思考と、デザイン思考の手法を活用。7つの社会課題をテーマに、チームごとに課題の解決手法を探る。
今回、記者が提案した7つのテーマはこちらを参照。
【目次】
- 『未来メディアキャンプ』でこれからのメディアについて議論する
- 各々が持ち寄るテーマ。その社会課題の捉え方は千差万別
- 発散する議論、飛び交うアイディアが徐々に収束へむかう
- アイディア実現のために、全身を使ってプロトタイピングを行う「スキット(即興演劇)」も
- 自分の知らない価値観を得ることができる刺激的な場所
『未来メディアキャンプ』でこれからのメディアについて議論する
キャンプの一般参加者は事前の書類選考によって選ばれた約40名。その参加者は、18歳の大学生から60歳の医師まで、年齢もバックグラウンドもさまざま。設定された社会課題ごとにグループを作り、フィールドワーク、そして12月に開催される2回目の全体ワークショップまで7週間に渡りプログラムを実施し、議論、調査、アウトプットまでを行う。
「大学2年生なので、このキャンプを通し、実際にメディアを運営する人たちから多くの学びを吸収したいと思っています」
「様々な人の考え方に触れて、問題意識をより一層自分事とし、志を同じくする人との繋がりや新しい考え方を発見できることを期待しています」
参加者の各々が、今回のキャンプに明確な目的と意気込みを持って臨んでいる。
7つのグループの中で、「【メディア論】社会に必要とされるニュースの内容と伝える場を探る」のグループのワーキングを見てみよう。
「私は学生が主体となり広報する、学内webマガジンの記事作成と編集をしています。実はこれまで紙メディアへの興味は薄かったのですが、以前に開催されたジャーナリズム研修への参加をきっかけに、130年以上の歴史をもち、そこで培ったノウハウを持つ、新聞というものに興味を持ちました。玉石混交のwebメディアと比較すると、ニュースの信頼性は段違いです。そこに重きを置かれていないのがおかしいと思っています。なので今日は、メディアの信頼性について、もっと議論をしたいです───」
【メディア論】のグループに参加した大橋実結さん(21歳)はこう語る。
また、課題を提案した、朝日新聞(経済部)の大内 奏記者は理由をこう述べる。
「私たちメディアは、二つの大きな環境変化にさらされています。一つ目は、記者として書いた自身の記事はマスコミのポータルサイトに掲載される一方で、SNSで共有されないとページビューがはねあがらない、ということです。(拡散力では)記事の送り手であるマスコミが巨大プラットフォームに対し、圧倒的に不利になっていることです。
二つ目は、求められるニュースの内容の変化です。記者は国や大企業の動向など、社会の「大きなニュース」を伝えることを心がけていますが、webメディアの読者は「自分に関係ない」と距離を感じてしまうと、ニュースが読まれません。
例えば、保育園の待機児童の問題など最たるものです。何年も前からこの問題について新聞社は扱ってきてはいましたが、生活者にリーチするようになったのは、ごく最近です。
記者が力を入れて作る紙面の一面記事ですら、自社のポータルサイトでは、数万PV、少ない場合だと数千PVにとどまってしまうことさえあります。
大きなニュースを確実に伝えることを常に目標にしてきた新聞社にとって、ネットでの自力での拡散力の欠如は危機的状況です。様々なSNSが過度に介在してしまっていることで、マスメディア本来の、ニュースを掘り起こし、読者とダイレクトにつながって速く正確に伝える機能が低下することにならないでしょうか?記事の送り手と読者の距離をより近づける記事の内容や、伝えるメディアの形はどういったものがふさわしいのか、今日はメディアの在り方を考えて行きたいと思います。」
この課題提示に対して、大学生の大橋さんや、清水さん、出版社でwebメディアプロデュースや広報をつとめる滝川さんら6名が、7週間後の課題解決のアイデアアウトプットに向けて議論とフィールドワークを行う。
各々が持ち寄るテーマ。その社会課題の捉え方は千差万別
未来メディアキャンプは、神武准教授のモデレートにより、システム思考とデザイン思考の融合が融合した、「システムデザイン」の考え方のもとプログラムが進行する。まず、システム思考とは「論理」を重視し、物事をシステム(要素間の関係性)としてとらえること。デザイン思考とは「感性」を活用し、「観察、発見、試作を繰り返しチームで協創する活動」をすることだ。この両方の思考を融合しイノベーションを生むことを目指す。
最初に、課題をシステムとして俯瞰的に捉えるために、チームは提示された課題を、より具体的なケースに絞り込んでゆく。
「私が【メディア論】のテーマを受けて、社会課題として着眼したのは、発信者やクリエイターの著作物に『敬意』が払われていない現状です。コンテンツのクリエイターに対して、『対価』が支払われることが今後のメディアのあるべき姿だと考えたのです。」
学生編集者である、大橋さんは自身の課題認識をこう述べた。
これに対し、同じく学生で、将来は政治家か新聞記者を志す、清水さんの課題の捉え方は違う。
「社会を見たときに、大局的におかしいことが色々とあるはずです。しかし、現状のwebニュースなどは、自身が興味持ったものしか目にとまりません。
財政の問題や政治の問題など、もっと国民が広く知るべき情報はあるはず。ここに課題があると思います。」
各自のバックボーンや、日頃のメディアへの接し方により、共通のテーマに対してもさまざまな視点で、実に多くの意見が出された。個々の見出した、より具体的な課題を議論し、理解を深め、解決すべきターゲットを【メディア論】のグループで決定してゆく。
発散する議論、飛び交うアイディアが徐々に収束へむかう
複数の立場や視点から、情報のリテラシー・非対称性・断片化・つながりや興味・フリーライドなど、さまざまな課題について議論が交わされた。
グループで決定した解決すべき課題はずばり、「99.996%の情報がスルーされる中で、響くメディアがある社会」
昼食の時間もそこそこに、このキャンプの主題でもある「20年後の社会を想像し、その社会課題を解決のためのアイディア創出」に向けてプログラムは進む。
お互い初対面の緊張も徐々に和らぎ、意見交換は熱を帯び始める。
朝日新聞の記事データベースや記者が取材を通じて得たより詳細な情報から現状を把握し、20年後の社会を想像する。現状の課題を解決するためにどんな打ち手が考えられるか、ブレインストーミングが行われる。
様々なアイディアの種が生まれてくる。
「アート×情報」や、「VRを活用してプールで記事が読める」のような、言葉を聞いただけではちょっと想像がつかない突飛なものまで、50を超えるアイディアの数々が次々に壁を埋めていく(下写真)。
今回のプログラムの山場はアウトプットに向けたアイディアの絞り込みと決定だ。数十個のアイディアをグループ化し、関連を導き、「実現可能性」と「インパクト」の縦軸・横軸で切り分けた4エリアにプロットしていく。
アイディアの発散から収束に向かうこのフェーズでは、難航を極めたようだ。
アイディアの利用ターゲットの選定、仮説の確かさの検証、収束のフェーズで新たに生まれる新しいアイディアと、参加者が頭を悩ませながら徐々にディテールが固まってゆく。議論は「AI」「ディープラーニング」の話から、生活者の情報収集方法やタイミングにまで及ぶ。
神武准教授からも適宜インプットが入る。
数個まで絞ったアイディアに各自が投票を行い、今後フィールドワーク、プロトタイピングを行うアイディアを確定した。
アイディアを決定すると、ステークホルダーを洗い出し、体験スケッチボード(カスタマージャーニーマップ)により、そのアイディア実現された際の、利用者の感情の動きや体験を想定して可視化してゆく。
アイディア実現のために、全身を使ってプロトタイピングを行う「スキット(即興演劇)」も
「アイディアの実現のためには重要なのは『fail first』です」と神武准教授は話す。
アイディアが実現した際の利用者への提供価値、その際のステークホルダーの身をもって体感するために、参加者自身がスキットでアイディアを確認する。
7グループ全てが、それぞれが考えたアイディアを基に、ステークホルダーごとに配役を決め、スキットを実施する。
「【メディア論】社会に必要とされるニュースの内容と伝える場を探る」のチームは、『必要な情報が、必要なタイミングに最適化され、難易度まで含めパーソナライズされた記事が届けられるアプリケーション』というアイディアをもとにしたスキットをつくった。
配役は、
- 進行するナレーター役
- 必要な情報がわからず、情報の海に溺れた「女子大生」役
- 既存の「ニュースメディア」役
- 年金の支払いの「通知」役
- 「新しいアプリケーション」役
とバラエティに富んでいる。
「情報の海に溺れ、どの情報が自身に必要な情報なのかわからなくなってしまった女子大生に対して、既存ニュースメディアは更に情報を押し付ける。チームが設定した新しいアプリケーションは、年金の支払い通知が届くタイミングで、年金に関して女子大生の理解度に合わせて、噛み砕き、わかりやすくまとめられた情報を届ける」――そんなアイディアで、「響くメディアがある社会」を目指すというもの。
今回生み出されたアイディアをもとに、実地検証のために7週間のフィールドワークや、チーム内での情報交換を行い、12月の2回目のワークショップでのアウトプット作業に向けて進んでいくのだ。
自分の知らない価値観を得ることができる刺激的な場所
1日目のプログラム終了後、参加者の出版社で働く滝川さんはこう語ってくれた。
「学生や記者など色々な視点での議論が出来たことは非常に有意義でした。
私は漫画の出版社に勤務しているので、漫画や雑誌に関するニュースに目がいきます。その中ですら、本質を捉えた情報があったとしても、タイトルで煽っているような、味の濃いニュースに目が行きがちです。ソーシャルのフィルタリングが機能していないのが現代なのだと思います。
情報の偏りは、テクノロジーやアイディアで是正出来るのでは?と思います。そんな議論ができたのは良かったです。ここからのフィールドワークでも、より考えを深めていきたいです。
特にイシューの部分がずれると、アウトプットもずれるので丁寧に進めていきたいと思っています。
あと、切り口は違いますが、学生の意見やアイディアの方が私のような社会人のアイディアよりも地に足がついていて、冷静な実現可能性の高いものが多かったことが個人的に興味深かったです。学生に求めるのは、「突飛なアイディア」という何となくの風潮がありそうですが、自分たちのような年齢の人間こそ、突飛なアイディアを出して、引っ張るべきだと感じました。」
また、同じく冒頭でも紹介した参加者の大橋さんは、プログラム終了後の心境の変化を語った。
「メディア関連で働く方もいたので、議論が情報の発信者目線で進むと思っていました。ですが、受け手側、生活者の視点がほとんどだったことにカルチャーショックを覚えました。
ニュースアプリを5つ6つ掛け持ちで情報を取得するような、メディアに対しての意識の高さは普段の生活では想像しないものでした。
学生同士の会話では、メディアもそれほど見ていないし、社会問題が議論になることはほとんどありません。
これまで、自分が中心となって話すことが殆どだったので、AIや人工知能など無知の分野で発言が出来ず、情報のキャッチアップの少なさに反省しかないです......
今日のプログラムの後半では、自分の考えがまとまらず、あまり発言も出来ませんでした。これまで、議論の中で意見が言えない経験はなかったので、とても刺激になりました。今後が楽しみな半面、少し怖い気持ちです。
自分の見ていた世界の狭さを感じて、視座が上がった気がします。
ここからのフィールドワークではもっと勉強して、自身のアウトプット力を高めて行こうと思っています。」
参加者各々、プログラムのスタート時点と終了後では、心境や意識に変化が見られたようだ。
これから、企業やNPO、専門家や生活者へのインタビューを含めたフィールドワークを通して、どのように彼らの仮説が検証され、あるいは覆され、アイディアの精度が高まっていくのか───。
そのフィールドワークの集大成とも言える12月の彼らのアウトプットが楽しみだ。
■■12月に行われたキャンプ2日目の模様はこちら■■