ネガティブ・ケイパビリティ「がまんできない大人たち」 - ライフネット生命創業者 出口治明氏インタビュー

「みんなが同じなら、秩序なんていらない」
小野瑞希

07 がまんできない大人たち

08 手紙を書いても人間関係は続かない

小野瑞希

07 がまんできない大人たち

田中 これまでの話を踏まえて、どうしても聞きたいことがあります。

最近「ネガティブ・ケイパビリティ」を考察している本を読みました。

その本の内容は、今の社会や人間をよく表していると感じたんです。

それは 「事実や理由をせっかちに求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる能力」 であり、「何かをして問題解決をする能力ではなく、そういうことをしない能力が求められる」と。

そしてシェイクスピアは高いネガティブ・ケイパビリティをもっていた。

この能力こそが、対象の本質に深く迫る方法であり、 相手が人間なら、相手を本当に思いやる共感に至る手立てだと、 論文の著者は結論づけていました。

宙ぶらりんの状態を回避せず、 耐え抜く能力は学校教育では教えられないものです。

この能力を学校や社会で評価していくべきだと。

出口 それは要するに「我慢する力」ってことですか。

田中 そうです。本の中では「踏ん張る力」と表現されています。

それがないと、怒りの感情をすぐに誰かに対して発散してしまう。 まさに今の社会に近いのではないかと。

出口 これも結局、子どものときの教育につながるのですが、イングランドの幼稚園では入園したら次のように教えます。 まずみんなを対面させる。

「相手をよく見てごらん」と。 そして「同じか違うか言ってごらん」と。 皆違います。

それをクラスの全員と何回も繰り返します。

すると、「世界はみんな違う個性で成り立っている」ということが腹落ちするわけです。

みんなが違うということがわかったら、 先生は次に「じゃあ中身はどう思うか」と聞きます。

考えていることや感じ方は一緒か違うか聞く。 ほとんどの生徒は、外も違ったら中身も違うと答える。

そしたら、次に教えることは2つしかない。

1つめは「言わなければ分からない」ということ。 だから忖度することなんてありえない。

忖度というのは相手もきっと同じように考えていると思うから成り立つ話なので。

田中 そういう概念はそもそも生まれないですね。 言わなければ相手に伝わらないと。

出口 もう一つは「みんな違うんだから、 切符を買うときは並ばないといけない」、つまり秩序を教える。我慢することを教えるのです。

田中 ルールを守ることですね。

出口 みんなが同じなら、秩序なんていらない。

みんなが違うということは好き勝手なことをそれぞれがやるのだから、切符を買うときには来た順番に並ばなければ混乱するという話です。

田中 インドではまだまだですね(笑)

出口 そこで人間社会では並ばなければならないということを教えるのです。

これは英語で言うと「queue」。 幼稚園から徹底的に考える力を鍛える仕組みになっていますよね。

田中 いやあ、すごい。

出口 ヨーロッパの共通一次試験の問題を知っていますか?

田中 論文ですか?

出口 1つの問題を選んで4時間で書くのですが、今年の入試問題の1つは「アートは美しくある必要があるか?」という質問でした。

田中 おもしろい。

出口 これが大学に入るためのセンター試験です。しんどいでしょう。

あるいは「物事を知るには観察だけで十分か」という質問が出る。

この答えを文章で書くのはなかなか難しい。 これがフランスのバカロレアという有名な試験です。

田中 採点する側も大変ですよね。

出口 そう(笑)けれど、教育ってそういうことを教えることですよね、進んだ社会をつくるには、そういうことに努力を惜しまないことが必要なわけで。

日本のセンター試験とは違いますね。

田中 驚くほど違いますね。文科省の人は知っていますかね。(笑)

出口 さすがに知っていると思いますね(笑)

そういうことを知っていれば、日本とは全然違うとわかる。

知って、考えれば、いろいろヒントは得られる。

知っていたほうが人生は楽しいですし、無駄なことをしなくてすむようになります。

田中 なるほど、「人は皆、違う」なんてことは誰でもわかっていますが、教育によって腹落ちしていないといけないわけですね。

08 手紙を書いても人間関係は続かないにつづきます。

(写真:小野瑞希)

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