暮らしやビジネスにおいて、AIが身近な存在となった現代。
DXというと、情報の簡易的なやり取りや計算処理というイメージが先行するが、クリエイティブの領域でもAIとの新たな働き方の開発が進んでいるようだ。
日本電気(以下、NEC)は、埼玉県川越市に拠点を置くクラフトビールメーカーのコエドブルワリーと協働し、AIクラフトビール「人生醸造craft」を開発した。3月下旬、NEC本社ビルで開催された本製品の説明会及び試飲会で、開発の背景や製品の特徴を聞いた。
Agentic AIとビール職人が共に作る「人生醸造craft」

NECはこれまで、子どもの野菜嫌いの克服をテーマにした「AI(愛)のプリン」や名作文学の読後感をコーヒーの味わいで再現した「飲める文庫」、時代のムードをチョコレートで味わう「あの頃は CHOCOLATE」など、業界の垣根を越えた他社とのコラボレーションを通じて、AIを用いた製品を開発・販売してきた。
2020年に第1弾が発売された4種のクラフトビール「人生醸造craft」は、世代間コミュニケーションの促進を目的に、同社のAgentic AIとコエドブルワリーのビール職人が20代〜50代の特徴を反映し、味や香りなどで表現した製品だ。
第2弾となる今回は、同社が2023年8月より実証を続けてきた、高い日本語機能を有するAI「cotomi」をベースに開発されたAgentic AIが活用された。従来はLLM(大量のテキストデータを学習し、人間のように自然な文章を生成したり、質問に答えたりするAI)がデータを元に推論したデータを参考に各作業を効率化していたが、今回のAgentic AIは、自己主導的にタスクを計画・実行し、環境と相互作用しながら目標を達成する。今後、建築や物流、金融や保険など、幅広い領域での活躍が見込まれているという。
同社生成AI事業開発統括部長の千葉雄樹さんは、Agentic AIについて「定義された目標を達成するために自らタスクを解いて(細分化して)くれるので、ざっくりとした要望を投げるだけで作業を進めてくれます」と従来のAIとの違いを説明する。
本製品の制作過程において、Agentic AIが活用されたのは新しいレシピの考案だ。例えば「20代の日本人をイメージして、社内外のレシピ情報を参考に新しいクラフトビールのレシピを作成して」と大まかな指示を出すと、作業を自動的に分解し、収集した情報を元に、20代の日本人に関するイメージや、そこから連想される味わい、製品名までを設計するという。また、この作業と並行して、コエドブルワリー社内のレシピデータの収集や世界中のオープンデータの翻訳も実施された。
AIが、職人のクリエイティビティを発揮させる

「人生醸造craft」の特徴は、Agentic AIとビール職人の協働開発による製品である点だ。
上記のプロセスを経たAgentic AIが、コエドブルワリーのビール職人に「レシピの説明」「年代とイメージの関係」「味」「香り」「色」「原料」「副原料」「苦味」「製法」「カスタマイズ案」などを提案し、協議や微調整がされた後に、商品化が決定する。
千葉さんは、Agentic AIについて「高度な専門業務の自動化により、圧倒的な生産性の向上を目指す『バディー(相棒)』のような存在」だと語った。コエドブルワリー代表取締役の朝霧重治さんも「スキルフルな仲間が増えたような感覚でした」と話し、Agentic AIの自己主導性に太鼓判を押した。
また、朝霧さんは、本製品の開発の第1歩について「お客様に喜ばれるクラフトビールをつくるために、人間とAIの共創を深めることはできないだろうか?」とコエドブルワリーからNECに相談したことが始まりだと明かした。
クラフトビールというと「人の作業」というイメージが先行し、その中心とも言える過程にAIを導入することで、既存の魅力が削がれてしまうようにも思える。しかし、同社ではAgentic AIの導入により工数の40%削減に成功し、よりクリエイティブな作業に働き手の能力を注げるようになったという。
朝霧さんは「細かなやり取りができるAIは、今までのAIとは違う領域だと実感しています」と話し、同社が掲げる「AIはAIらしく。そして人は人らしく。」という理念を体現する形となっていると説明した。
20代〜50代をイメージしたビールの味わいは?

説明会後、実際に4種類の「人生醸造craft」を飲み比べてみた。
20代をイメージした「20’s PINK」(発泡酒)は「都会でシンプルに暮らしながらも、デジタルスキルとコミュニティを活用して前向きに自分らしくチャレンジする」というイメージを踏まえて、「アーバン」「ミニマル」「チャレンジャー」をキーワードに設定。桃のジューシーな甘酸っぱさとローアルコール(4.0)%で飲みやすい味わいだ。
30代をイメージした「30’s BLUE」(発泡酒)は「仕事とプライベートのバランスを取りながら、コミュニティや社会での役割に責任を持ち、将来を見据えたサステナブルなライフスタイルを構築する」というイメージを踏まえて、「ソーシャル」「ワークライフ」「ビルダー」をキーワードに設定。爽やかな飲み口とIPAならではのフルーティーな味わいが印象的だ。
40代をイメージした「40’s YELLOW」(ビール)は「仕事と暮らしの重要な要素をバランスよく調整し、 見識豊かな判断力と変革への情熱で 公私両面において新たな挑戦へ取り組む」というイメージを踏まえて、「デュアル」「エンライトメント」「イノベーター」をキーワードに設定。バナナを感じさせる輪郭のはっきりとした香りと、深みとスパイシーさが絶妙な塩梅で混じり合ったちょっぴり大人な味わいに感じた。
50代をイメージした「50’s RED」(ビール)は「これまでの経験やスキル、人脈を総動員し、 人生の多面的な領域でのバランスを考慮しながら、 新たな価値の創出や次世代への支援活動を通じて、 自身と世界全体の調和を活性化させる」というイメージを踏まえて「ライフ」「ハーモニー」「イノベーター」をキーワードに設定。芳醇で重厚感のある味わいを中心に持ってきつつも、レーズンやベリーによる飲みやすさを持ち合わせており、少し高めの度数(6.5%)からくる1口目のキックも印象的だ。
20代の筆者の好みは、実年齢より少し背伸びをした30代の「30’s BLUE」。しかし友達と賑やかに飲む場なら「20’s PINK」が想像しやすい味わいだった。最も新鮮に感じた「40’s YELLOW」のような味わいが最も好みのものになる日が来るのかもと思うと、そんな未来を想像して少しワクワクもした。
千葉さんは「『人生醸造craft』を通じて『確かに今の自分にぴったり』『私は20代だけど30代の味わいが好みかな』などの会話を創出し、世代を超えたコミュニケーションの場を提供できれば幸いです」と本製品に寄せる思いを語った。
AIクラフトビール「人生醸造craft」は、コエドブルワリー公式オンラインストアで4月から販売が始まっており、6月5日より順次出荷予定だ。