最近、観光を楽しみましたか?
「観光業を応援したい」「まだ遠出はがまんすべき」など様々な声があるなか、世界の観光産業では復活の兆しを見せているところも…。
2020年、日本の代表的観光スポットである富士山は閉山。登山道の利用が再開された2021年、登山者の体調チェックに顔認証を用いた実証実験が行われました。
観光を楽しむ人が増えても、衛生や個人情報管理など利用者が求める体験はこれまでとはちがったものになっています。新しい観光の課題を解決し、ビジネスチャンスを広げるIT技術とは? 実験に参加した日本電気株式会社(以下NEC)の梶道男さんと小林雅典さん、静岡県・観光政策課の川口茂則さん、観光ジャーナリストのロバート・マイケル・プールさんが話し合いました。
体調チェックでの「密」を避ける。60秒を10秒に短縮
──富士登山の受け入れがはじまって、どのような課題があったのでしょうか。
静岡県 川口茂則さん(以下川口):コロナ禍での登山者の安心・安全のため、体調確認を徹底していました。富士登山の当日、スタッフが登山者に「体調はどうですか?」と聞いて紙に記入、リストバンドを渡すという方法です。でも、2021年の夏山では登山客の増加により、体調チェック待ちの行列が発生してしまうこともありました。
NEC 小林雅典さん(以下小林):そこでNECでは、2022年の富士登山シーズンでのよりスムーズな体調チェック実施を目指し、顔認証技術を活用した実証実験を昨年11月に行いました。富士宮市観光協会企画の富士山周辺トレッキングツアー参加者に協力していただいています。
実験の結果、それまでだいたい60秒から長い人で3分ほどかかっていたチェック時間を、速い人で10秒程度まで短縮することができました。
ロバート・マイケル・プールさん(以下ロバート):登山者たちは事前にワクチンの接種記録や自分の顔写真をWebサイトなどに登録するんですか?
小林:今回の実験では救命・健康サポートアプリ「MySOS」を使っています。ご自身の顔、個人情報、ワクチン接種証明書または参加前72時間以内のPCRの検査結果報告書をスマホから登録していただいています。
マスク着用でもOK。高精度の顔認証を実現するのは
──実験でこだわった部分はどこですか?
小林:小さなお子さまも参加され、日差しも風も強い富士山という環境でもきちんと顔認証ができること。これは検証すべきポイントの一つでした。今回、もっとも時間がかかった方でも30秒程度で顔認証に成功しています。
特に注力したのは、顔認証用の機器の設置や人の導線など、いわゆるオペレーションの部分になります。
──NECは顔認証の技術で認証精度世界No.1(※)と評価されていますよね。どのような仕組みですか?
NEC 梶道男さん(以下、梶):NECは半世紀にわたって生体認証(バイオメトリクス)に取り組んでいて、指紋認証技術の研究をはじめたのは1971年です。
生体認証はなりすましや紛失のリスクがほぼない安全で利便性が高い技術で、NECでは顔、虹彩、指紋・掌紋、指静脈、声、耳音響(耳穴での反響)の生体認証技術を持っています。顔認証のほか、虹彩認証、指紋もNIST(アメリカ国立標準技術研究所)で世界No.1の評価をいただいています。NECの顔認証は顔を検出し、特徴点を検出、顔を照合することで認証をおこなっています。顔の向きや逆光、表情や経年変化にも対応できますし、マスクの有無に合わせてAIが最適な照合方法を選択するため、マスク着用時でも高精度での認証が可能です。
(※)2009年以来、米国国立標準技術研究所(NIST)による顔認証ベンチマークテストで第1位を獲得 https://jpn.nec.com/biometrics/face/index.html
個人情報はどうやって管理している?
──生体認証技術は社会にどのように貢献すると考えていますか?
梶:NECが掲げるブランド「NEC I:Delight」の世界観を目指し実験を実施しました。
NEC I:Delightでは、生体認証による共通のIDを一度の登録で、複数の場所やサービスにおいて利用者へ一貫した体験を提供します。これにより利用者の負担を軽減するとともに、生体認証でつながるこれまでにないサービス価値を生み出します。
ロバート:1つのプラットフォームが活用できるのはとても魅力的ですが、特に欧米では個人情報の取り扱いに敏感な人が多く論争も起きています。個人データの安全性はどのように保たれていますか?
小林:お預かりする個人情報についてはセキュリティを最重要視し、技術的に堅牢なシステムを使ったデータセンターに格納しています。顔の情報は、写真として漏洩してしまうとパスワードのように変更することができませんよね。
NECでは顔の情報は写真ではなく数値のデータにした上で暗号化して管理しています。数値データを入手しても元の画像が復元できないということです。
また、各サービス・場面で情報を使用してもよいか、一つ一つ利用者に同意をとることも徹底しています。
これからの観光はテクノロジーで変わる
──NECの顔認証のようなIT技術は、新しい観光にどのような影響をもたらすのでしょうか?
川口:来訪者の利便性を向上し観光サービスを創出する観点で、IT技術の果たす役割はとても大きいです。観光産業に蓄積された経験とカンが、データで裏付けられたり、個人の趣味嗜好に応じた情報提供をすることで、他の地域より一歩先に出た観光地域作りができる可能性があると考えています。
観光は非常に裾野が広く、静岡県でも関わるプレイヤーが多い産業です。その人びとにしっかりとデジタル化のメリットを理解してもらい、連携していくことが重要です。もちろん地域の魅力をしっかりと磨いていくことが大事ですが、それだけではなく総がかりでやらなくてはいけないことだと思っています。
ロバート:世界の観光地での体調チェックのデジタル化は、ここ数カ月で大きく進んでいます。私は最近タイを訪れました。タイでは国のWebサイトにワクチン接種記録を登録してQRコードを受け取り、そのQRコードを見せることで自分のワクチン接種歴を証明することができます。ジャパンパスとして顔認証が使えると、QRコードよりもさらに高い利便性を提供できるのではないでしょうか。
欧米には旅行がしたくてたまらない観光客が多くいて、日本に「テクノロジーが進んだ国」のイメージを持っています。富士山のような自然のなかでテクノロジーが体験できるのはエキサイティングなことで、どんどんプロモーションしていくべきだと思います。
梶:観光産業では、これまで顧客情報はあまり活用されてきませんでした。もちろん利用者個人の同意を得ることが前提になりますが、観光客の行動情報等のデータを蓄積・分析することで、サービス価値の向上に寄与できると考えています。
マイクロツーリズムや滞在型観光など、観光は大きく変化しています。新たなサービスやビジネスモデル、エリアでの観光創成に、私たちはITで貢献していきたいですね。
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人々に安らぎを与え、地域の魅力を伝えてくれる観光。近場重視などトレンドは日々変化し、顔認証などのIT技術が後押ししています。新たな楽しみ方が生まれるだけでなく、様々な観光関連のビジネスチャンスも期待できそうです。
▼富士山実証実験の詳しい様子はこちら
(通訳/Yun Seira 執筆/樋口かおる 取材、編集/磯本美穂 )