中国は初めての「国家憲法日」を昨年12月4日に迎えた。習近平・国家主席は重要指示を発表して「憲法は国家の根本となる法だ」と強調し、「法に基づく国家統治を堅持するには、まず憲法に基づく国家統治を堅持しなければならない」と述べた。
国家憲法日は、1982年12月4日に現行の「中華人民共和国憲法」が公布、施行されたことに由来する。これまで4回にわたり改正されたが、現在も「八二憲法」と呼ばれている。2001年以降、この日は「全国法制宣伝日」とされていたが、昨年から国家憲法日として制定されたのには習政権のねらいがあった。昨年10月下旬に開催された中国共産党第18期中央委員会第4回全体会議(4中全会)では、「法治」が主要なテーマだった。国家憲法日は4中全会のコミュニケで正式決定され、11月の全国人民代表大会常務委員会で法制化された。「法治」を掲げる習政権にとって、新たなシンボルともいえる記念日なのだ。
習政権は各種キャンペーンを展開し、「憲法の精神を発揚し、法治の中国を建設しよう」というスローガンで法治を重視する姿勢をアピールした。中国中央電視台(CCTV)の報道によれば、国家憲法日には、全国40万におよぶ小中学校で憲法の朗読が行われたほか、スピーチコンテスト、模擬法廷の体験、裁判所の一般公開などが行われたという。
■冷ややかな市民の反応
だが、市民の反応は冷ややかだった。中でも、権利擁護の活動に取り組む人々は批判的だ。CCTVの周辺では、多数の陳情者が公安当局に拘束された。政治の中枢である中南海の付近では、社会保障に不満を持つ退職者が集団で抗議の服毒自殺を図り、緊急搬送されたという。
違憲行為を論評し、自由な言論活動を牽制(けんせい)する報道もあった。共産党機関紙『人民日報』の国際紙『環球時報』は、国家憲法日の社説で違憲行為を厳しく批判した。最も典型的な例として、2010年ノーベル平和賞を受賞した劉暁波が中心となった民主化要求の文書「08憲章」は「中国の憲法に著しく抵触し、公然の違憲行為である」と断定した。
インターネットで話題になったのは、新設された憲法宣誓制度だ。全人代の常務委員や国家公務員が就任時に憲法に宣誓するという制度で、国家憲法日には各地の司法機関が宣誓式を実施した。宣誓文の内容は各機関で異なるようだ。
広西チワン族自治区の高級人民法院(自治区レベルの裁判所)では、「党に忠誠を尽くし、祖国に忠誠を尽くし、人民に忠誠を尽くし、憲法と法律に忠誠を尽くし...」という宣誓文が読み上げられた。その順序を見れば、明らかに「党」が最上位で「憲法」は後回しだ。皮肉にも、この宣誓文こそが中国政治の実態を象徴しているといえよう。
「党」と「憲法」のいずれが上位か、これは中国政治の本質的な問題だ。「憲法」には、「中華人民共和国のすべての権力は人民に属する」(第2条)、「いかなる公民も、憲法および法律が規定する権利を享有する」(第33条)と定められている。公民の基本的権利の具体例を挙げれば、「言論、出版、集会、結社、行進、示威の自由」(第35条)も明記されている。
しかし、憲法の前文には「中国共産党の指導」という文言がある。各条文がうたう権利や政府機関をも超越するのが「党」なのだ。共産党規約では、「党は憲法と法律の範囲内で活動しなければならない」と記されている。だが、現実は「憲法」よりも「党の指導」が優先される。
■「党の指導」の正当性を確保
習氏は国家憲法日の重要指示で、「中国の特色ある社会主義法治の道を確固不動として歩む」と述べた。「法治」とは、あくまでも「中国の特色ある社会主義法治」なのだ。4中全会のコミュニケには、「党の指導と社会主義法治は一致する」という一文もある。本来、「法治」とは「法による統治」だが、「党の指導」で進める「法治」の本質は「党による統治」だ。「法治」の重視は、「党の指導」の正当性を確保し、さらに強固なものにするためだといえよう。
習政権は汚職一掃の反腐敗キャンペーンを断行している。党と政府の自浄作用は必須だが、腐敗撲滅においても「法治」の徹底は不可欠だ。一方、憲法に明記された公民の権利擁護を主張する知識人や弁護士などが相次いで拘束、逮捕され、言論弾圧は激しさを増すばかりだ。果たして、「憲法に基づく国家統治を堅持しなければならない」という習氏の言葉のとおり、「法治」が実現する日は来るのだろうか。
(2015年1月21日AJWフォーラムより転載)