親に愛されなかったり、学校や社会にうまくとけ込めなかったりした子どもたちの思いを、絵本を通じて表現したい――新宿二丁目のゲイ・ミックス・バーで働きながらイラストレーターとして活動するこうきさんが、クラウドファンディングによる出版プロジェクトに挑戦している。
こうきさんは「家庭でのネグレクトや虐待、学校やバイト先での酷いいじめも、絵を描くことでどうにかやり過ごしてきました」という。
交流がある作家の中村うさぎさんに、今回のプロジェクトについて文章を寄せてもらった。
大勢の物言わぬ「怪物」たち 中村うさぎ
こうきくんと初めて会ったのは、作家の伏見憲明さんが経営する新宿二丁目のゲイバーだ。第一印象は「良くできたロボットみたい」。口調も物腰も柔らかく、いつも笑顔を浮かべているのだが、どこかたどたどしいというか、ぎこちないというか、不思議な非人間感が漂っている。まるで最初から台詞も動作も何もかもプログラミングされたロボットのようだ、と思ったのだ。
伏見さんが「この子、絵を描くのよ。トイレに貼ってあるから見て」と言うのでトイレに入ると、衝撃的な絵が目に飛び込んできた。
狂った怪物のような顔をした男の子が、泣きながらウサギを引き裂いている。怒りと悲しみと絶望が熱いマグマのように絵から噴き上げて、見る者の脳天からどろどろと降り注いでくる......そんな恐ろしく激しく悲しい絵だった。これが、あの子の描いた絵? あのロボットくんの中に、こんな心象風景が?
「この子、いろいろと大変な半生を送ってきたのよ。親にネグレクトされて虐待も受けて、学校ではゲイだってことがバレてイジメられてね」
「そうなんだ」
今でこそLGBTなんて言葉が流通してるけど、それでもやっぱり同性愛者たちは生きづらい。この世には、そういう性癖を蛇蝎のごとく嫌う人々や遠ざけたがる人々が、まだまだいるからだ。特に家族や友人から受け容れられなかった時、彼らはどこにも居場所を見つけられない。帰る家がなくなり、寄り添う人が消えるのだ。
こうきくんは高校卒業と同時に、家から追い出されたという。帰宅したら家の前に自分の荷物が放り出してあったそうだ。「出て行け」という意味だ。出て行け、ここはおまえなんかのいる場所じゃない。
「それで、どうしたの?」
「公園で寝泊まりしてました」
淡々と語るこうきくんは、いつもの微笑みを浮かべている。そんなの全然平気ですよ、と言わんばかりに。だが、その彼が描いた絵は「平気ですよ」なんて言ってない。
ああ、そうか! あのぎこちないロボットのような印象は、彼が自分の奥底に渦巻く激しい怒りや悲しみを悟られまいとして作り上げてきた鎧だったのか。傷つかないふりをして、痛みを感じないことにして、そうやって「人間じゃないもの」にならなければ、とても生きてこれなかったんだね、君は。
傷ついて育った子は「痛い」と言えなくなってしまう。いつも自分が間違っている気がして、気持ちを言葉や態度に出すのを恐れ、鋼鉄の繭の中に本当の自分を閉じ込めてしまう。そして、その繭の中の自分は、狂ったように泣きながら小動物を引き裂く悲しい「怪物」になっていく。
こうきくんの絵は、こうきくん自身を描いているけど、それはこの世の中にいるもっと大勢の物言わぬ「怪物」たちの姿でもある。
親に愛されなかった子、ただ気持ち悪いというだけでイジメに遭ってきた子、誰にも救ってもらえなかった子、ひとりぼっちで世界を憎み人を呪って生きてきた寂しい寂しい怪物たち。
彼らは生まれた時から怪物だったわけじゃない。怪物になりたかったわけでもない。みんな、泣きながら怪物になっていくのだ。寂しくて悲しくてどうにもならない痛みを抱えて。
こうきくんの絵を見ながら感じたこんなことを、物語にしてみたいと思った。こうきくんの絵にその物語を添えて、すべての怪物たちに読んで欲しいと思った。それが、この絵本の始まりである。
タイトルは、「ぼくはかいぶつになりたくないのに」。
泣いている怪物の顔を見た時に、「ああ、この子は怪物になんかなりたくなかったんだよな」と思ったからだ。生きていくことは苦しくて痛い。だから、君たちは泣きながら怪物になっていくんでしょ。でも、その痛みは君ひとりのものじゃないんだ。そのことを知って欲しい。ここにも君たちと同じように涙をこぼしてる子どもがいることを。そして、その子は今日も一生懸命に生きているんだということを。
何のために私は文章なんか書いてるんだろう、と、時々思う。こうきくんもきっと、自分が何のために絵を描いているのか、わからないだろう。でも、私たちの中で声をあげているものがいる。自分と同じ仲間を呼ぶ声。その声が、私たちに何かを表現させるのだ。
この絵本は、孤独な怪物が仲間を求めてあげる遠吠えだ。その遠吠えが、ひとりでも多くの怪物たちに届くことを祈っている。(寄稿)
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こうきさんはウェブマガジン「アデイonline」 で、中村うさぎさん、大塚ひかりさん、伏見憲明さんらの原稿の挿絵を担当している。6月4日まで、A-portでクラウドファンディングを実施中。詳細は『「親に愛されなかったマイノリティ」の絵本を出したい!』のページへ。