
国際女性デーとは▶▶▶毎年3月8日を女性の権利と国際平和を祝う日として、1977年に国連が制定。女性をエンパワーメントすると共に、ジェンダー平等の推進アクションが世界中で呼びかけられ、関連イベントが開催されている。
日々健やかに暮らすために、生活習慣と共に見直したいのが病気の早期発見につながるアクションです。日本人の国民病とも言われるがんは、生まれ持った遺伝子をもとに、発症リスクを調べることができます。女性の自己実現を応援する3月8日の「国際女性デー」を記念して、フリーアナウンサーの西尾由佳理さんが遺伝医療を専門とする植木有紗先生と対談。遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC※1)と、その治療を取り巻く状況について尋ねました。
生まれ持った遺伝子でがんのリスクがわかる

西尾 がんの発症には遺伝子が関係しているそうですね。どういったメカニズムなのでしょう。
植木 細胞分裂を司り「体の設計図」とも言われる遺伝子に、何らかの要因で傷がつくことがあります。その傷が積み重なり、役割を果たせない細胞の生成が進むと、がんが発生します。
西尾 なるほど。では「通常のがん」と「遺伝性のがん※2」が区別されているのはなぜですか。
植木 前提として、がん細胞自体は遺伝しません。遺伝性のがんは、発症しやすい傾向が遺伝して生じるものと考えてください。がんに限らず、この「特定の病気に影響しやすい遺伝子の変化」を病的バリアントと呼びます。

西尾 がんに関係する病的バリアントの受け継がれ方がカギなのですね。
植木 人間は父母から一つずつ遺伝子を受け継ぎます。設計図が2冊ある状態です。そこに記された約2万の遺伝子には「がんになりやすい体質に関わるもの」がいくつかあり、遺伝性のがんを疑う時の遺伝子検査では、それらの遺伝子に病的バリアントがあるかを調べます。病気を発症しやすい臓器・器官、年代などは遺伝子によって異なり、遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)に関係する遺伝子は、BRCA1とBRCA2の2種です。これらに病的バリアントの保持が認められると、がんの発症・未発症は区別せずHBOCと診断されます。HBOCと診断された人が生涯で乳がんを発症するリスクは70%ほどで、一部のがん患者さんでこれを原因とする可能性が高い場合の治療には保険が適用されます。
西尾 この遺伝子検査はどういう人が受けるべきですか。
植木 対象となるのは、主に特定のがんを発症した人(図1)、その中でも特に「第3度近親者以内の血縁者が乳がんや卵巣がんを患った人」です。父方母方の双方で乳がんの人がいるかは聞いておくのがいいと思います。18歳以上で自身が未発症の場合はチェックシート(左下サイト情報参照)を試してください。可能性が高いとわかったら、自費にはなりますが医療機関での検査を検討してみるといいでしょう。

西尾 両親の傾向が受け継がれるとすれば、父方からの遺伝もあり得ると。
植木 その通りです。発症リスクも女性だけとは限らず、男性の乳がんもあります。もちろん、女性と同様に保険適用の検査や治療が可能です。また男性の場合は前立腺がんのリスクも高まると考えられ、発症しやすい臓器・器官は性別によって少し異なります。
西尾 検査を受ける理由や受けた人がHBOCと診断される割合は。
植木 すでにがんを発症している人はその後の治療や家族のために受けています。詳しく調べるのは、先の2種の遺伝子に対して効果が高い薬剤があるからです。その際の検査は保険適用となります。未発症の人は血縁者にHBOCと診断された人がいた場合が多いですね。検査に関連して、遺伝子検査は大変有用ではあるものの、生涯発症しない可能性もあることをお伝えしたいと思います。未発症のまま過ごせるのは、二つの遺伝子のうち片方がきちんと機能しているからです(図2)。ただ、発症リスク自体はありますから、リスクに応じて定期的かつ継続的ながん検診を勧めています。検査でHBOCと判明するのは10%ほどです。

西尾 約70%が発症と聞くと、低くないリスクですし、検査に意義を感じます。
植木 そんな背景もあって、日本では発症後の治療はもちろん、発症予防を目的とする切除や再建の手術にも一部保険が適用されます。海外の事例ですが、以前HBOCと診断された女性ハリウッドスターが妊娠出産を経てリスク低減手術をしたことを公表し、話題になりました。
西尾 報道したのでよく覚えています。
植木 両乳房を切除・再建し、卵巣と卵管を切除されました。未発症の段階で検査と手術に踏み切ったのは、血縁者を乳がんや卵巣がんで亡くされたからだそうです。
遺伝情報を未来に生かすジーンアウェアネス

西尾 検査は費用面も気になります。
植木 保険で数万円、自費であれば十数万円ほどです。1カ月かからずに結果が出ます。技術革新で費用が抑えられ、検査スピードも速まってきました。
西尾 いつ受けても結果は同じですか。
植木 ええ。生まれ持った遺伝子の検査なので、新生児でも高齢者でも同一人物であれば同じ結果が出ます。HBOCの検査なら、検査時期の目安は成人後です。
西尾 いざHBOCの保持が判明したら、発症・未発症に関わらず不安に思う人もいるかもしれません。
植木 その場合は遺伝カウンセリングを利用するといいですね。医療機関に遺伝診療部門があれば、遺伝カウンセラーなどに今後の対策を相談できます。他にも出生前の染色体検査のような、遺伝にまつわる様々なことが何でも話せる場です。少し前まで、遺伝の話をすることはためらわれてきたかもしれません。しかし日々診察していても「遺伝的背景を知ることが怖いから検査を回避したい」という人は少ないです。今私たちは、生まれ持った遺伝子の変化に目を向け、それらの情報を治療や予防のために前向きに活用する「ジーンアウェアネス」を提唱しています。患者個人にも医療者にも、遺伝情報が今後ますます身近なものになることを期待しています。
西尾 今は過渡期にあるのですね。
植木 遺伝子の変化は、誰しも何かしらは保持しているものです。HBOCの遺伝子検査を検討する人も、この体質だと判明した人も「知っておけばより健康への関心が高められる」というメリットに目を向けてほしいと思います。治療中であれば、健康管理については医師とのコミュニケーションの中で詳しく確認できるでしょう。また、未発症の人は頑張って働いている自分の遺伝子の後押しになるよう、生活の中で負荷を抑えていけます。特段の問題を抱えていなくても、定期的にがん検診を受けつつ、生活習慣の見直しなどで健康を守っていくイメージですね。
自分や大切な人の幸せは健康が土台と胸に留めて

西尾 チェックシートを使うにあたり、私個人の課題としては「血縁者の病歴の確認と整理」が必要だと思います。普段顔を合わせていないと、なかなか詳しいところまでは尋ねられなくて。
植木 「相手の健康状態まで踏み込んで聞きにくい」あるいは「手術や治療について心配をかけまいと伏せてきた」という話をよく聞きます。家系全体の健康維持につながりますから、水を向けることも大切だと思います。
西尾 今回は国際女性デー記念対談ということで、先生が日本女性のがんにおいて気にしていることはありますか。
植木 近年さらに乳がんの発生頻度が高まっていること、がん検診の受診率が低いことなどですね。
西尾 理由はどうお考えですか。
植木 乳がん患者の増加は欧米型の食生活などがエビデンスの一つとしてあります。がん検診に関しては、二つの要因を気にしています。まずは自分の体に関心を持ちづらくなっていること。卵巣がんが進行すると腹囲が増えることがあり、その変化を「太ったからだと思っていた」というケースがあって。
西尾 加齢などによる見た目の変化と考え、違和感を見過ごしてしまったと。
植木 そうです。そしてもう一つは多忙ですね。社会人・妻・母・娘など、どの役割も完璧を目指そうとして自分をないがしろにしている人が多いように感じます。診察中に「早く検査を受けたい気持ちはあるけれど、この日は仕事で……」と話す人もいます。健康が自分や大切な人の幸せを生み出すことは、どうか胸に留めておいてほしいです。
西尾 国際女性デーは長きにわたる女性たちのアクションをたたえる日ですが、「健康であれば、より声を上げるパワーは増す」のだと感じます。検診や遺伝子検査は自分と周囲をいたわり、尊重する手段ですね。私も上手に活用したいです。今日はありがとうございました。
※1 Hereditary Breast and Ovarian Cancerの略。
※2全てのがんに占める 「遺伝性のがん」の割合は5〜10%ほど。乳がんでは5〜10%、卵巣がんで15〜25%とされる。
HBOCに関する情報はミリアド・ジェネティクスのWebサイト
「正しく知りたい!遺伝性乳がん卵巣がん」をご覧ください。
*朝日新聞広告紙面(3月8日朝刊掲載)から一部改変
(撮影:朝日新聞社、ヘア&メイクアップ:岡田いずみ<Kiki inc>)