4人に1人。世界におけるイスラム教徒(ムスリム)の割合です。
外国人材の増加に伴い、日本で働くムスリムも増えてきています。
様々な宗教上の義務があるムスリム。彼らが働きやすい職場をどのように作っていけばいいか。
ある企業の取り組みを通して見えてきたのは、ムスリムに限らず社員一人一人の多様性を大事にして、会社の活力にしようとするこれからの会社のかたちのヒントでした。
IT大手のNTTデータは2019年12月、ムスリムの社員や来客などの使用を見込んで、社内に「お祈りスペース」を設置した。
「来客用レストランの和室が濡れている」
そんな声が飛び込んできたのは数年前のことだった。同社では本社ビルに来客用のレストランを設けている。どうやら、海外からやってきたムスリムの来客が、礼拝前にトイレで身体を洗い、濡れたまま和室に上がってしまったようだった。
ムスリムには1日5回の礼拝が義務付けられており、礼拝前には顔・手足・髪など身体の各部位を水で清めなければならない。
全従業員12万3000人超(2018年3月時点)のうち約7割が海外の従業員である同社。日本国内でも外国籍の社員は年々増えており、2019年には200人弱が働いている。数は多くないものの、ムスリムの社員もいる。海外から本社を訪れる社員やクライアントから「礼拝をする場所はないか」という問い合わせを受けることも多くなっていた。
「これまではお祈りスペースが必要な社員がいても、空いている会議室を使ってもらうなど所属部署内で個別に対応していました。しかし、社内外からの要望が重なり、会社としてスペースを設置することに決めました」同社総務部の担当者はそう話す。
お祈りスペースは男女で部屋が分かれている。無地のカーペットが敷かれたシンプルな空間だ。洗い場も隣接している。
どちらも、ムスリムの使用だけではなく、あらゆる宗教・文化背景のある人に使用してもらうことを見込んで、必要以上の宗教色は出していない。
スペースを使用する同社のムスリム社員は設置に感謝の声を寄せる。
「今まではオフィスの一角を使ってお祈りしていました。用意して頂いた部屋は広く清潔で礼拝に集中できる環境でとても良かったです」
「特別な配慮は要りません」ちょっとした工夫で
一方で、宗教法人日本ムスリム協会で理事を務める前野直樹さんは、近年企業がムスリムの従業員に対して様々な配慮をし始めていることに喜びを示しつつ、「ムスリム社員だけを視野に入れた特別な配慮は必要ない」とも話す。前野さん自身もムスリムだ。
たとえば、専用の礼拝スペースを作らなくとも、礼拝をする数分間だけ、空いている会議室を使用できれば事足りる。洗い場についても、多目的トイレで代用できるという。
「洗面台で足を洗っているのを他人に見られることに抵抗を感じるムスリムが多いのですが、多目的トイレならば個室ですし、人に見られることなくお清めができます」
また、最近は社員食堂で提供されることも多い「ハラルメニュー」。
しかし、前野さんは「わざわざハラルメニューを準備してもらわなくても『ベジタリアンメニュー』や『原材料を多言語で明記する』などの配慮があるだけで、ムスリムは十分に対応できます」と語る。
ムスリムは豚肉を食べることが禁じられており、その他の肉に関しても加工や調理に関して特別な作法がある。そのため、肉を使用しないベジタリアンメニューならば、安心して口にすることができるのだ。
その他にも「夜の飲み会」を減らし「ランチ会」に変更するなどのちょっとした工夫も、アルコールの飲めないムスリム社員にとってはサポートとなるという。
多目的トイレの設置や原材料の表示、ランチ会…。いずれも、ムスリム社員だけではなく、性的マイノリティや障がい者、健康上の理由から食事に制限のある社員、育児や介護で夜のイベントには参加できない社員などにとっても「働きやすい職場」だ。
一部だけ支援は、逆に不公平感 常にダイバーシティ意識を
前野さんは「ムスリムへのサポートばかりが大きくなることで、他の社員の方が不公平感を感じることにならないか」とマイノリティとしての不安も覗かせつつ、「ダイバーシティ&インクルージョンの路線で進めてもらえれば、ムスリム社員に関わらずみんながハッピーになるのではないでしょうか」と問いかける。
ムスリムだけではなく、ムスリムを含めた多様性に配慮する姿勢が企業活力に大切なことがわかった。
ただ、多様性の担保が難しいことは確かだ。
同じイスラム教でも、地域ごとにその文化は少しずつ異なる。前野さんが指摘する「イスラムの多様性」だ。一口に「ムスリム」と言っても、東南アジア地域出身者もいればアフリカ、中東地域出身者もおり、そのバックグラウンドは様々なのだ。
「ムスリムの間でも宗教への取り組み方にはかなり個人差があります。なので、型にはめた対応をするのではなく、一人一人が何を求めているのかをヒアリングしてあげるのがベストかもしれません」
ダイバーシティ&インクルージョンと聞くと、私たちはつい「特定のマイノリティへの支援」を想像しがちだ。
しかし実際は「社員一人一人」の多様性を活かすことが、その真の目的。
マイノリティグループのニーズにも目を向けつつ、あらゆる従業員が安心して力を発揮できる職場環境を整えていくことが、今企業に求められている。