三菱重工は2018年10月末、子会社の三菱リージョナルジェット(以下、MRJ)を開発する三菱航空機に2,200億円の資金支援を発表した。MRJの開発に関して三菱航空機はこれまで複数回のトラブルにより、機体の引き渡し遅延が発生している。それに伴い1,100億円の債務超過に陥っていたが、今回の資金支援により解消するとしている。
当初の計画に反し何度も引き渡しが延期されているにもかかわらず、三菱重工がなおもMRJを支援する背景とは何だろうか?
■航空業界の魅力と三菱重工の挑戦理由
2018~2037年の世界の航空旅客需要は、アジア/太平洋地域を中心に2.4倍まで増加すると一般財団法人日本航空機開発協会では予測されている。それに伴いジェット旅客機の運航機数もおよそ1.8倍になるという。
国内においても、確実に拡大するであろう航空機市場を捉えようと、航空産業の育成が叫ばれて久しい。愛知県の航空宇宙産業クラスター形成特区をはじめとし、国内の様々な地域で航空産業を次世代の基幹産業と位置付け、参入に注力するケースが目立つ。それほど航空産業は、今後魅力的な市場になることを示している。
加えて三菱重工はYS-11以来途絶えていた、日本の航空機産業の悲願である国産旅客機に挑戦する大義を掲げて、MRJの開発に乗り出した。新規の業界参入を引き付ける魅力的な市場と、日本の期待を背負った航空機事業に対する強い想いが三菱重工の主な原動力であることがわかる。
■MRJの苦悩
MRJの開発は久々の純国産機として華々しい注目を集めたが、その道はいばらの道であった。当初は、2013年の初号機納入と発表されたスケジュールを、2009年に1年ほど延期。その後、2012年には納入を2015年に延期。2013年には3度目の延期となり、納入時期を2017年に延期した。2015年には4度目の延期で納入を2018年とすることを発表。2017年には設計変更により、納入が2020年へと延期されている。(2018年11月末時点)
これら合計5回の延期のうち4回が、国が機体の安全性を証明する「型式証明」の認証に関係している。型式証明は、アメリカの連邦航空局(FAA)とヨーロッパの航空安全庁(EASA)の基準が事実上、世界標準となっている。そのためMRJも世界での販売を見据えて両者の基準を満たすべく開発を行っている。
しかしこの型式証明取得の審査は非常に複雑で、具体的にどのような基準で、どのような要求を満たせば良いか明確ではない。そのため航空機製造のノウハウがない三菱航空機はこの基準を満たすことができず再三の延期を余儀なくされている。
加えて三菱航空機はMRJの開発のため、エアバス傘下に入ったカナダのボンバルディア社員らを採用したが、機密情報を不正流用したという理由で、ボンバルディア社に提訴される始末である。これほどの事態になることも、型式証明を取得するための開発と審査ノウハウの重要性を示している。
■「見えざる資産」の蓄積と三菱重工の覚悟
当初の予定からおよそ7年もの遅延はさすがに三菱重工も想定しておらず、マスコミからの酷評も増している。しかしながら計画通りに開発が進むのであれば、今後も拡大が確実視されている魅力的な市場に、世界の大手航空機メーカーは寡占市場を築いてはいないであろう。
開発や製造に対する大きな設備投資だけがこの市場の参入障壁ではなく、本当の参入障壁はこの型式証明の取得にあるといっても過言ではない。そのためこれまでに三菱航空機はそのノウハウを蓄積させている活動の最中であり、そのノウハウが「見えざる資産」としていままさに堅固な牙城を築いているのである。
また、航空機製造は1機種で終わりではない。同型機の派生型への展開や、MRJから大型化または小型化市場へ参入する際にも、今回蓄積された資産が生かされるはずである。今回MRJの部品供給に携わった国内の供給メーカーにも同様の資産が蓄積される。
この国内に蓄えられた様々な「見えざる資産」は、今後、日本の航空機開発に莫大な恩恵をもたらす存在であることを我々は認識すべきである。今回の増資を1社で引き受けることとなった三菱重工は、国家百年の大計に通ずる覚悟と姿勢を世界に示し続けているのではないだろうか。
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森山祐樹 中小企業診断士
【プロフィール】
優れた戦略を追い求め、戦略に秘められたトレードオフによる競争優位性を解き明かす中小企業診断士。ベンチャー企業の戦略構築支援を中心に活動を行う。