赤ちゃんの大事な栄養素、DHA どれくらいとればいい?

注意していただきたいのはメチル水銀です。

2016年11月28日の毎日新聞に『マグロ過食に注意 妊婦から胎児へ影響』という記事が掲載されていました(1)。魚は赤ちゃんの成長に大切なDHAを含んでいますが、過食に注意とは、いったいどういうことなのでしょうか?

妊娠中から授乳期にかけてのDHA摂取は、世界的には1日に200mg以上が目安となっています(2)。日本人の食事摂取基準2015年度版(3)では、妊婦さん・授乳中のお母さんの摂取目安量をn-3系(ω3)脂肪酸全体で1.8gとしています。そんなに食べられるかな...と思うかもしれませんが、魚を食べさえすれば意外と簡単に摂取できます。例えば、焼魚100gあたりのDHA量は、サケなら510mg、イワシなら980mg、サバなら1000〜1500mgといった具合です(4)。

むしろ、ここで注意していただきたいのはメチル水銀です。

メチル水銀は95%以上が消化管から吸収され、脳に障害を引き起こします。1950年代に起こった水俣病も、メチル水銀が原因でした。現在では魚に含まれるメチル水銀は非常に低い濃度ですが、マグロなど一部の魚は食物連鎖を通じてメチル水銀濃度が高くなっているので、特に妊婦さんは避ける必要があります。

厚生労働省は妊婦さんに向けて魚の摂取量の目安を示していますが(5)、東北大学の仲井邦彦教授らの研究によると、東北地方沿岸に住むお母さんの約18%が目安量を越える魚を摂取していたそうです(6)。また、出産後にお母さんから採取した毛髪のメチル水銀濃度が高かったグループでは、1歳半時点の運動発達の点数が5%低く、3歳半時点での知的能力の点数が男の子のみ約10%低いことがわかりました。

水銀濃度が魚によってどのくらい違うかというと、サケ0.027μg/g、イワシ0.025μg/g、サバ0.166μg/g程度であるのに対し、メバチマグロ0.733μg/g、キンメダイ0.684μg/gといった具合です。主にツナ缶に使われているキハダマグロは0.179μg/gと低めです(数値はすべて平均値、有害なのはメチル水銀ですが、データ数が少ないので総水銀量を記載しています)(7)。

WHOの基準ではメチル水銀の安全な摂取量は、1日に体重1kgあたり0.23μgとなっており(8)、例えば50kgの人なら1日に11.5μgとなります。日本人の場合、魚介以外からの摂取量も1日1μg程度ありますが、毎日100g食べるとしてもサケ・イワシ・アジ等は問題ありません。サバやキハダマグロ(ツナ缶)は1日量を越えてしまいますが、毎日そればかり食べるのでなければ大丈夫でしょう。身近な魚で注意すべきなのはマグロ類、メカジキ、キンメダイなどがあります。これらを食べる場合は週1回程度にしてください。

また、日本のガイドラインでは妊婦さん、妊娠の可能性がある女性が制限の対象となっていますが、アメリカ食品医薬品局は妊婦さん、授乳中のお母さん、妊娠の可能性がある女性を対象として魚の摂取量のガイドラインを出しています。母乳を介して乳児が摂取するメチル水銀量は低いことがわかっているようですが、特別な理由がなければ、授乳中のお母さんも、水銀濃度が高めの魚を避けてもよいと思います。

もう一つ、知っておいていただきたいのがダイオキシン類についてです。ダイオキシン類は、発がんを促進したり、生殖機能や免疫機能に悪影響を与える物質です。厚生労働省によると、平成27年度における食品からのダイオキシン類の一日摂取量は、0.64 pg-TEQ※/kg(体重)/日と推定されています(9)。環境庁の資料によると、日本では一日摂取量の約90%を魚介類が占めているようです(10)。

魚のダイオキシン濃度は、比較的濃度の高い4種について調査したデータがあります(11)。平成27年度の調査でのダイオキシン濃度の中央値は、養殖ウナギ、カタクチイワシ、コノシロ、スズキがそれぞれ0.82、0.14、1.4、1.4pg-TEQ/gでした。体重50kgの人が1日に100g食べると、一日摂取量はそれぞれ1.64、0.28、2.8、2.8 pg-TEQ/kg(体重)/日となります。

日本における耐容一日摂取量は4pg-TEQ/kg(体重)/日で、胎児期における曝露影響を考慮して設定されています。WHOも1-4 pg-TEQ/kg(体重)/日という耐容一日摂取量を示していますが、究極的には1 pg-TEQ/kg(体重)/日まで減らすことを提言しています(12)。母乳中のダイオキシンは1980年頃に比べて5分の1程度に減少しており(13)、様々な種類や産地の魚をバランス良く食べる分には、特別にダイオキシン汚染を気にする必要はありません。

しかしメチル水銀を避けようとして偏った種類の魚ばかり食べると、逆にダイオキシン濃度が高くなってしまう可能性もあり、注意が必要です。

メチル水銀もダイオキシン類も生物濃縮される物質です。東北大学の仲井教授は、「寿命の短い、食物連鎖の低位の魚が安全」といいます。例えば、サケやサンマなどです。外国産のものであれば、工業国が多く海洋汚染のある北半球より、南半球産のものが良いようです。

DHAは赤ちゃんの神経発達に重要な成分で、妊娠中から授乳期のお母さんも意識して摂りたい栄養素です。しかし、だからと言って毎日毎食魚を食べる必要はありません。厚生労働省が出している摂取目安量を守り、色々な種類をバランス良く、週3〜4回食べることを目標にしましょう。

※TEQ:ダイオキシン類は、類似する化合物がいくつも混ざって環境中に存在しています。また、毒性の強さは化合物ごとに異なります。最も毒性の強い化合物の毒性を1としてそれぞれの化合物の毒性を数字で表し、化合物の量とかけて合計した値を、混合物の毒性等量(TEQ)として表します。

1.2016年11月28日毎日新聞『メチル水銀:マグロ過食に注意 妊婦から胎児へ影響』

2. Koletzko B, Cetin I, Brenna JT, Perinatal Lipid Intake Working G, Child Health F, Diabetic Pregnancy Study G, et al. Dietary fat intakes for pregnant and lactating women. Br J Nutr. 2007;98(5):873-7.

3. 「日本人の食事摂取基準(2015年版)策定検討委員会」報告書

4. 日本食品標準成分表2015年版(七訂)脂肪酸成分表編

5. 厚生労働省「これからママになるあなたへ お魚について知っておいてほしいこと」

6. Tatsuta N, Murata K, Iwai-Shimada M, Yaginuma-Sakurai K, Satoh H, Nakai K. Psychomotor Ability in Children Prenatally Exposed to Methylmercury: The 18-Month Follow-Up of Tohoku Study of Child Development. Tohoku J Exp Med. 2017;242(1):1-8.

7. 魚介類に含まれる水銀の調査結果(まとめ)

8. JECFA (2004) Methylmercury. In: Safety evaluation of certain food additives and contaminants. Report of the 61st Joint FAO/WHO Expert Committee on Food Additives. Geneva, World Health O

9. 平成27年度食品からのダイオキシン類一日摂取量調査等の調査結果について

10. 平成18年度ダイオキシン類の蓄積・ばく露状況及び臭素系ダイオキシン類の調査結果について

11. 農林水産省「平成27年度 水産物中のダイオキシン類の実態調査」

12. 関係省庁パンフレット「ダイオキシン類」2012

13. ダイオキシンの耐容一日摂取量(TDI)について(概要)

(2018年1月17日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)

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