そろばんがモロッコのある町の児童労働をなくした話

子供たちの間でそろばんの噂は広がり、今までNGOの活動に一切興味を示さなかった子たちが、親に頼んでそろばん教室に通うようになった。

アフリカの北西に位置するモロッコ王国。砂漠とオアシスが混在する、魅惑の国。比較的治安が良く、美しい町や多くの遺跡があるので、日本人観光客に人気の国だ。

モロッコの南部にあるリゾート地アガディールから車で1時間ほど内陸に入った所に、ビオグラという小さな町がある。

カサブランカにあるハッサン2世モスク。美しい建物がたくさんある国だ

人口は約3万7千人。これと言って特徴はないが、のどかでゆっくりと時が過ぎていく町だ。

しかし、この町はとても深刻な問題を抱えている。この問題は、この小さな町やモロッコに限った問題ではない。世界中で問題になっている。

その問題とは、児童労働だ。

児童労働は、「就業が認められるための最低年齢に関する条約」(第138号)と「最悪の形態の児童労働の禁止及び撤廃のための即時の行動に関する条約」(第182号)によって、禁止されている。

児童労働とは、第138号条約によると、原則15歳未満(途上国では14歳未満)の児童が、大人と同じ仕事をすることを言う。

また18歳未満が、182号条約に記載されている最悪の形態の労働を行なった場合も児童労働になる

最悪の形態の労働とは、少年兵や児童買春、犯罪の扶助などだ。

また家業の手伝いなどは、健康又は発達に有害となるおそれがないこと、児童の就学に支障をきたさないこと、そして規則に従った状況下であれば、13歳以上の児童(途上国では12歳以上)が認めらている。これを「子供の仕事」と呼ぶ。

「児童労働」と「子供の仕事」は区別される。

国際労働機関の2013年の調査によると、全世界の児童労働者(5歳-17歳)は約1億6800万人とされている。

国家や国際機関、そして多くの人の努力によって、年々児童労働者は減少している。

しかし、それでも未だに日本の人口よりも多い児童が、教育の機会を奪われ、働いている。

ビオグラもそんな町だった。

悲しいことにビオグラでは、「子供の仕事」ではなく「児童労働」が盛んに行われていた

ビオグラ

モロッコの法律では16歳未満の人の就労を禁止している

それにも関わらず、ビオグラでは16歳未満の児童が働いている。

多くの児童は、12歳まで学校(日本の小学校にあたる)へ行き、その後働きだす。

なぜ彼らは進学を諦めるのか?

貧しくて、学校に行くことができないからか?確かにそれも要因の一つだ。

しかし、意外に思われるかもしれないが、モロッコでは無償で小学校から大学まで行くことができる

子供を大学まで行かせても日本ほど費用はかからない。せいぜい教科書代くらいだ。

それなのに、なぜ児童労働が後を絶たないのか?

それは、親が子供の教育へ投資することに価値を見出せていないからだ。

この場合の投資とは、金銭の投資ではなく、時間の投資だ

親は子供を重要な労働力として見ている。

そのため子供たちに高等教育を受けさせるよりも、自分たちがそうであったように、12歳から働かせるべきだと考えている。

また女性に教育はいらないという、保守的な考え方をしている人もいる。

教育はハイリターンな投資だと世界では考えられているが、モロッコでは少し事情が違う。

モロッコでは例え良い大学を卒業しても、就職はコネで決まる部分が大きい。

少しずつ改善されてはいるものの、未だ根強く残っている、

「教育に時間をかけても良い会社に就職できるか分からないのなら、教育は時間の無駄だ」と考えている。

また子供たちもそうした親の考え方が当たり前だと思い、学校に行かなくなったり、あるいは薬物に手を出したりする。

こうした事が、何世代もこの町で続いていた

この状況をどうにかして変えなければと考えた人がいる。

その人とは、オマール先生だ。

オマール先生は、ビオグラで小学校の先生をしている傍ら、تنمية الذكاء-سوروبان- بيوكرىというNGOを経営している。

このNGOは、2003年に子供たちが学校からドロップアウトするのを防ぎ、教育とスポーツの力で薬物や過激主義と戦うために設立された

子供達に勉強の楽しさを感じてもらうことを第一に考え活動している。

設立当初は、周りの理解を得ることができず、子供たちが集まらない状況が続いた。

それでも諦めずに、何度も家を訪問し、親を説得し生徒を集めた。

少しづつ生徒が増えてきたが、子供たちに勉強の楽しさを伝える難しさの壁にぶつかった

このままでは、せっかく勉強しに来てくれている子供たちもそのうち来なくなってしまう。

何か良い案はないのか模索していたところ、たまたま日本のそろばんについての記事を読んだ。

その記事には、そろばんは子供の基礎学力を向上させるのに効果的で、しかもゲーム感覚で算数を勉強することができると書かれていた。

先生同士でのそろばんの勉強会

オマール先生は、NGOの活動にそろばんを導入した。

すると、瞬く間にそろばんは大人気になった

今まで見た事のない道具を使い、あっという間に難しい計算を解く事ができる点が子供たちに大ウケした。

子供たちの間でそろばんの噂は広がり、今までNGOの活動に一切興味を示さなかった子たちが、親に頼んでそろばん教室に通うようになった。

一人一人の子供に寄り添い、大人の考え方を押し付けない方針が功を奏し、その他のNGOの活動(語学教室など)にも多くの子供が参加するようになった。

クイズ形式で世界の歴史を学んでいる光景

NGO終わりの子供たちはみんなイキイキとしていて、とても楽しそうだった。

そんな子供たちの姿をみて親たちは、「子供がこんなにも勉強するのを楽しんでいるのに、その機会を親が奪っても良いのか」と考え出した。

少しずつ親の考え方が変わっていた。

今まで大学に進学する子などいなかった町で、大学に進学する子が1人また1人と増えていった。もちろん彼らはそろばん教室の生徒だった子だ。

授業風景

15年の年月をかけて、モロッコの小さな保守的な町は変わった。

最初はNGOの活動に懐疑的だった町の人も今では、NGOに寄付をしてくれるようになった。

子供の進学を拒んでいた大人たちが、今では子供たちが学校からドロップアウトさせないために、自分にできることは何かを真剣に考えている。

そして、そろばんとオマール先生の絶え間ない努力によって、この町から「児童労働」はなくなった。

「しかし、これはまだ小さな一歩だ。モロッコからそして、世界から「児童労働」がなくなるように、努力していかなければならない。」とオマール先生は語っていた。

児童労働などの理不尽で間違っている問題は世界中にたくさんある。もちろん日本にもたくさんある

そうした問題を解決するために、大切なことは何か?

それは、間違っていることを、間違っていると指摘する勇気。

そして、間違った現状を変えなければならないと考え、行動する行動力だ。

ビオグラでは、児童労働は当たり前の事だった。多くの大人は、児童労働が間違っていると思っていなかった。しかし、オマール先生は間違っていると指摘した。そして、現状を変えるためにNGOを設立し無償で活動した。

オマール先生は、ただの小学校の先生だ。理不尽で間違っている問題を解決するのに、特別な資格などはいらない。勇気と行動力さえあれば誰にでもできる。

もしもあなたが、理不尽で間違っている問題に出会った時、見て見ぬ振りをするのではなくその状況を改善するために立ち上がって欲しい。

小さな取り組みでも長い時間をかければ確実に状況を変えることができる。

大事なのは一歩前に踏み出すことだ。そうすることの積み重ねで、私たちの暮らす社会はより良くなるはずだ。

これが私がオマール先生から学んだことだ。

なおこのNGOでは、現在提携してくれる日本のNGO・NPOを探している。また、日本人ボランティアも募集している

http://tomomi.19972012@gmail.com

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