あなたの「心の拠りどころ」はなんですか──?
世界の中で「幸福度」が低いとされている日本。気づけば毎日が慌ただしく過ぎていく一方で、社会全体に漂っているなんともいえない停滞感に、私たちはどう対処したらいいのでしょうか?
現代人の「心の拠りどころ」でありたいという森永乳業のロングセラーブランド「マウントレーニア」の担当者と、予防医学研究者の石川善樹さんの会話から、ウェルビーイングのヒントを探ります。
「今の生活」と「将来の希望」、10点満点だと何点?
──3月20日は世界幸福デー。毎年この日に合わせて発表される「世界幸福度ランキング」で、日本は2023年は137の国と地域のうち47位でした。昨年から順位を上げて韓国や中国を上回ったものの、先進国の中では低い順位となっています。
石川善樹さん(以下、石川):よく報道される国連のレポートのランキングは「10点満点で、あなたが考える理想の生活を『10』、最悪の生活を『0』とした時に、今の生活は何点ですか?」と、自己評価してもらったランキングです。だから「幸福」と言っても哲学的な話ではなくて、あくまで「日々の生活に満足しているか」という主観的なものです。
波多徹さん(以下、波多):そう言われてパッと浮かんだのは、僕は「8点」。現状に満足していると分かりました。日本の平均はどれくらいですか?
石川:6、7点くらいですね。ウェルビーイングを考える上ではもう一つ大事な指標があって、「5年後の生活はどうなっていると思いますか?」と、将来の生活に対する希望を聞きます。「今の生活が7点以上、かつ、5年後の生活が8点以上」が「ウェルビーイングが高い」と定義されています。
ウェルビーイングの秘訣は「居場所の数」と「健全な多重人格」
石川:日本のウェルビーイング度について、国際ランキングの歴史的トレンドを見ると、どんどん落ちてきています。その理由は、諸外国のウェルビーイング度がこの20年間でどんどん良くなってるのに対し、日本はそのような改善がないので抜かされてしまって低くなっているということです。ウェルビーイングはちゃんと取り組めば上がるものなんですよ。
波多:個人がウェルビーイングを高めるためにできることはありますか?
石川:居心地がいいと思える居場所をできるだけたくさん作ることです。居場所の数が多いほど、ウェルビーイングは良い。
ただ、これは裏を返すと、あまりにも居心地がいい一つの居場所に依存してはいけないということです。居心地がいいコミュニティーが1つしかなかったら、そこでうまくいかなくなった時に潰れてしまう。
居場所が複数ある人は、同時に人格も複数できる可能性が高いです。この状態は、ある意味「健全な多重人格」ともいえて、ウェルビーイングとの関連が報告されています。
人格というのは関係性の中で決まるので、昔の学校の友達といる時の自分と、職場の自分と、家庭の自分では、みなさん人格が違うはずです。例えば仕事でうまくいかないことがあっても、あるいは学校で嫌なことがあったとしても、「仕事や学校での自分ではない自分」という人格があると救われます。
マウントレーニアが、東京の真ん中に「山」を持ってきた理由
──1993年、アメリカのシアトルで主流だった「持ち歩きながらコーヒーを楽しむ」というカフェスタイルを日本に持ち込んだのが、森永乳業の「マウントレーニア」です。発売30周年を迎えるのを機に、「一人ひとりの心の拠りどころになる」という想いから、ブランドメッセージ「今日がやさしくなっていく。」を掲げ、ロゴやパッケージのデザインをリニューアルしました。俳優の菅田将暉さんが出演する新しいCMも始まっています。
波多:レーニア山はアメリカのシアトルの南東にある実在の山です。シアトルに住んでいた日系移民の方たちからは、富士山に似ているということで「タコマ富士」と呼ばれ、当時の人々にとって「心の拠りどころ」になっていたのだと思います。
今回のリニューアルは、マウントレーニアも「いつでも変わらずにあり続ける「山」のような存在でありたい」、「手に取っていただくすべての人に、やさしさや安心感みたいなものを届けられる存在でありたい」という思いを込めています。
石川:昔は畏敬の対象でもありましたが、山岳信仰に代表されるように、日本人は山とのつながりが深い民族です。人生に行き詰まった時にふらっと山に出かけたり、富士山から遠く離れた地方にも「◯◯富士」と呼ばれる郷土富士がたくさんありますし、神社の中にも富士山を模した「富士塚」が作られています。
波多:新CMは「もし東京の真ん中にレーニア山があったら」という設定です。「山が見えない場所が多い東京に大きな山が出現したら、忙しい私たちの生活や何気ない行動、気持ちの持ちようはどんな風に変わるんだろう」という点を、ダイレクトに伝えられたらいいなという思いでシーンの一つ一つを作りました。
石川:もともと日本人は「自分たちは山と一体なのである」という感覚で生きてきたところがあります。先ほど、ウェルビーイングの鍵は「居場所」という話をしましたが、山は1人で行ってもいいし、みんなで行ってもいい。その時々の関係性が築けて、行けばそこが居場所になるし、行かなくても結びつきを感じることで「心の拠りどころ」にもなるんです。
マウントレーニアでのリフレッシュとリラックスは、「整う」に近い?
──CMに出演している菅田将暉さんはマウントレーニアのファンで、気持ちや頭を切り替えたい時に飲んでいるそうですね。
石川:「概念」「道具」「所作」の3つの要素がそろうと、物事は世の中に広がりやすいと言われています。例えば茶道だったら、「わびさび」という概念と、茶道具、「茶をたてる」一連の所作。サウナも「整う」という概念が言語化されたことで人々がその感覚を求めやすくなりました。
波多:普段からよく飲んでくださっている方からは、まさにストローを「プスッ」と差し込むのが気持ちのスイッチの切り替えになるという声をいただいています。
石川:エスプレッソって、基本的には交感神経を刺激します。一方で「安心感を得ながらドリンクを片手に一息つく」というのは、副交感神経を刺激してリラックスする行為。交感神経と副交感神経の両方とも同時に活性化して軽いフロー状態になる感覚がサウナで「整う」という感覚ですが、この「整う」に近い感覚が得られるのがマウントレーニアなのかもしれませんね。
やさしくあるために必要なのは「間(ま)」
──30周年を迎えたマウントレーニアで、世の中に伝えたいメッセージを教えてください。
波多:手に取ったり飲んだりする時に、少しだけ気持ちがやさしくなる。人に対しても自分に対しても安らかでやさしい気持ちを持てるようになって、またもう一歩進もうと思えるような感覚をお客さまにも共有していただけたら嬉しいですね。
今回のCMのキャッチコピーは「今日がやさしくなっていく」。自分たちがブランドを通して届けたかったことがズバリ表現されたコピーだと感じています。
石川:私自身を振り返ると、自分や他者に対してやさしくあるためには日々の生活に「間」を埋め込むことが必要だと感じています。スケジュール帳が「やるべきこと」で埋まっていて、「やりたいこと」「やってあげたいこと」が入っていないなんてことはないですか?
日々の生活や仕事、スマホから少しだけ離れる。マウントレーニアが自分自身を振り返る時間になるといいですね。
石川善樹さん(公益財団法人 Well-being for Planet Earth代表理事)
1981年、広島県生まれ。「人がよく生きる(Good Life)とは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門は予防医学、行動科学など。近著に「むかしむかし あるところにウェルビーイングがありました」(KADOKAWA)など。
波多徹さん(森永乳業ビバレッジ事業マーケティング部マネージャー)
2007年度入社、食品開発研究や各ブランドのマーケティングに携わった後、2021年6月からマウントレーニアブランドのマーケティングを担当。
(写真:川しま ゆうこ、取材・文:中村かさね/ハフポスト日本版)