新型コロナの拡大により、経済格差が浮き彫りになり、意見の異なる人々の間で生じる分断もたびたび目にするようになった。多様性のある社会が求められる中、それに逆行するような動きに胸を痛めている人も多いだろう。
「世の中の多様性が高まることで、その分、多様な人々の立場を想像するのが難しい場面も多くなっていると思います」
そう話すのは8月に発売された絵本「ふたりのももたろう」作者、木戸優起さん。
「ふたりのももたろう」は、世の中の多様性を受け入れ、寛容性を高めることを目的としたメディア「#たしかに」の企画の一環として生まれた。
なぜ、多様性のある社会を目指すメディアが絵本をつくったのか?「ふたりのももたろう」を読み解きながら、木戸さんに話を聞いた。
絵本にA面・B面?ふたりのももたろうが辿る、それぞれの人生
━━ 絵本「ふたりのももたろう」を制作した狙いはなんでしょうか?
木戸:多様性のある社会では、「相手の立場になって考える」ことがより重要になると思います。それを効果的に伝える方法として、物語がいいと思ったんですね。物語は、登場人物に自己を投影することで、異なる立場を経験できます。それが相手の立場で考えるきっかけになると思いました。また、誰でも知っている物語を題材とすることで、「違う視点」が際立つと考え、ももたろうをテーマにしました。
━━ A面とB面で2つの物語が描かれている構成になっています。
木戸:A面はおばあさんに拾われる一般的なももたろうです。B面は、たまたまおばあさんに拾われず、おにに育てられるももたろうが登場します。この設定により、「偶然、何かが違っていたら相手の環境になっていたかもしれない」という感覚を伝えたかった。まずその感覚を得ることが、相手の立場で考えることに繋がると思っています。
現代のももたろうは、自発的に考え、努力する
━━ A面は、一般的なももたろうの物語ですが、現代的にアレンジされています。
木戸:昔話は、伝統として大切に語り継いでいくべきものだと思います。一方で、子どもに何かを伝えたくて、語り継いできたものだとすると、時代に合わせて変化する余地もあるのでは、と思います。例えば、ももたろうだと、「悪いことしたらこらしめられる」「いいことしたら財宝をもらえる」などは、今の時代では違和感がありますし、もっと伝えるべきこともあると思いました。今回の絵本は、今の時代に何を伝えるべきかを考えながら描いています。令和風アレンジのももたろう、と受け取っていただければと思います。
━━ おにを退治する理由として「おじいさん、おばあさんを守るため」と書かれています。ここは従来のももたろうとは違う点ですね。
木戸: 従来の本には「悪いおにがいると聞いた」、「お殿様に頼まれた」という理由が多いんですね。今回の絵本では、人に言われたからではなく、自分でちゃんと考えて、気持ちが動いたという理由にしたかった。かつ、優しいももたろうを描くため、「おじいさん、おばあさんを守る」という理由にしています。
━━ 修行をするシーンも、従来のももたろうでは描かれていなかったと思います。
木戸:ももたろうはなぜ強いんだろう?という疑問があったんですね。天才的な強さもいいけれど、みんなが何もしないで強くなるわけじゃないことを言いたかった。なので、今回は努力をする描写を入れ、結果には過程があることを表現しました。
━━ 犬や猿、キジとももたろうの関係も、現代らしいと思いました。
木戸:きびだんごを対価に主従関係を結び、命をかけて戦わせるという従来の物語には違和感がありました。今回、きびだんごは、対価ではなく、手伝ってくれたお礼に渡しています。では、なぜ犬や猿は、ももたろうを手伝うのか?というと、ももたろうの努力を見て、手伝いたいと思ったからという設定にしています。実は修行のシーンで、犬や猿が物陰から見ているんです。頑張っている人を見ると、自分にメリットがなくても手伝いたいと思うこともありますよね。対価よりも、自分が納得することを優先して動く時代だと感じていて、このような描き方にしました。
「好き」の違いを認めあう。おにに育てられたB面のももたろう
━━ B面は、A面とは全く違うストーリーになっています。
木戸:B面のテーマは多様性です。多様性のある社会で大事なことは、必要以上に相手に干渉しない感覚だと僕は思っています。自分の意見は持っていたほうがいいけれど、他人の考えに対して、過度に肯定や否定をしない方が多様性を担保できる気がします。そのため、B面ではみんなの違いを認めつつ、気にしすぎない世界を描きました。
ただ、試作品の読み聞かせをする中で、小さい子どもは、そもそも違いを認識することが難しいとわかりました。でも、小さい子どもにも「好きなもの」はそれぞれにあるんですね。だから、今回は「好きなもの」の違いを認めていく物語にしています。
━━ A面とB面では、色が異なる別のおにが登場します。この意図はなんでしょうか?
木戸:例えば、ももたろうを育てるB面の優しいおにが、A面のももたろうに退治されると、A面のももたろうが悪者に見える可能性があります。
A面のももたろうが悪者ならば、その立場で考える必要がなくなってしまう。どちらも正義で、悪いところがない描き方をすることで、立場を変えて考えることができると思いました。そのため、どちらのももたろうも、優しくていい人に見えるよう工夫しています。
違うけれど、どちらも正しい。ふたりのももたろうが出会うラストシーン
━━ 最後は、ふたりのももたろうが出会うシーンで終わります。
木戸: A面のももたろうにとって、おには悪者だが、B面のももたろうはおにが大好き。二人の考えは違うけれど、どちらも正しい。それを理解した上で、二人はどうしたら仲良くなれるか?という疑問を投げかけて終わります。答えのない問いだからこそ、多様性について考える対話が生まれることを期待しています。
━━ 新しい視点で「ももたろう」を制作した今回の絵本ですが、常識にとらわれず、新しいチャレンジをするために、どんなことが必要だと思いますか?
木戸:絵本の最後のように、世の中にこうすべきだという答えはないと思っています。答えや正解は、時代によっても、人によっても変わる。「常識的にはこうだ」と考えず、そもそも答えはないという前提で、自分はどうしたいのかを考えると、それが実は新しい視点だったりするかもしれません。
◇◇◇
木戸さんは、数年前からこの絵本の構想をあたためていた。「#たしかに」を運営する同僚に話したところ、コンセプトにぴったりだということで制作が決まったそうだ。
多様性が増すことで、より答えがない世の中になっていくだろう。だからこそ、相手の立場になって考え、お互いの違う意見や想いを尊重する。それが、多様性のある社会で生きることであり、この絵本のような新しい挑戦を生む土壌にもなるのかもしれない。
「ふたりのももたろう」
作:木戸優起
絵:キタハラケンタ
発行元:株式会社ドリームインキュベータ