マンションの12階から飛び降りても「死ねなかった」。モカさんが悩める人に必ずかける一言とは。

「最近会ってない人に『元気?』と連絡してみるだけで、世界は変わるかもしれない」と、モカさんは呼びかける。
番組に出演したモカさん
番組に出演したモカさん

新宿・歌舞伎町のとある一室。ここで、人生に悩める人たちに向けて、無料でお悩み相談会を開いている人がいる。自身も自殺未遂の経験があるモカさん(本名・亀井有希、33歳)だ。

男性として生まれたモカさんは、23歳で性別適合手術を受け、戸籍上の性別も変更し、ずっとなりたいと思っていた「女性」になった。一方仕事では、経営者として20代で年収1,000万円を稼ぎ、憧れてきた漫画家という夢も叶えてきた。欲しいものは手に入れたーー。

周囲から見れば「勝ち組」だったはずのモカさん。しかし4年前、自らの手で人生を終わらせようと、住んでいたマンションの12階から飛び降りた。

奇跡的に生き延びた彼女は現在、自殺願望を抱える人や人生に悩む人たちに寄り添う活動を行っている。

自殺未遂という経験はモカさんをどう変えたのか。そしてモカさんが今、生きづらさを抱える人たちに伝えたいこととは?ハフポスト日本版のネット番組「ハフトーク(NewsX)」に出演したモカさんに話を聞いた。【文:湯浅裕子/編集:南 麻理江】

求めていたものを手に入れた20代。

1986年、東京都で生まれたモカさん。男性の身体で生まれたが、幼少期の頃から自身の性に違和感があった。自身がトランスジェンダーだと気付いてからは、15歳でホルモン剤を服用。身体つきに変化が現われたことをきっかけに、自身の性について家族にカミングアウトをした。

《家族には10代のうちにカミングアウトしました。両親は困惑していましたが、2人の弟は意外とすんなり受け入れてくれましたね。》

高校卒業後、デザイン会社に就職しウェブデザイナーとして働いたが、1年未満で退職。自分と同じく性に悩む人たちに向けたイベント活動を始めた。21歳の時に、女装願望がある男性たちを中心に交流できる日本最大の女装イベントを立ち上げ大盛況。イベント運営会社を設立し、経営者となった。

23歳の時には自ら稼いだお金で性別適合手術を受け、戸籍上の性別も変更。本来の性自認である「女性」となった。会社は順調に事業を拡大し、女装バーも複数経営。もともとデザインが好きだったことから、夢だった漫画家としても活躍するようになった。

人生を終わりにするはず…だった。

成功者としての道を歩んでいるかのように見えたモカさんは、2015年10月、マンションの12階から飛び降りた。29歳だった。

充実した生活を送っていた一方で、疲労やストレスから気持ちの浮き沈みが激しくなり、うつ病を発症。精神安定剤を服用する日々が続いていた。

《特にこれといった原因があったわけじゃなくて、ずっと前からモヤモヤした気持ちを抱えていて、いつからか死にたいと思うようになっていました。頑張り続けていたらいつかモヤモヤも晴れて、死にたいっていう気持ちも変わるんじゃないかって思って頑張っていました。

でも、事業も成功して、稼いで、夢だった漫画家にもなれた時、何も変わらなかったんです。その時、自分の中で何かが終わりました。燃え尽きたみたいな感じです。考えに考えた上で決断して、マンションから飛び降りました。 

《きっとそれまでずっと何かと戦っていたんだと思います。でも、その戦いを続けていても、終わりはなかったと思います。私が目指していたところに、私の求めているものはなかったんです。》

自らの手で人生を終わりにしたーーーはずだった。

モカさんは、マンションの下に停めてあった車のボンネットに落下し、命をとりとめた。左腕と背骨を複雑骨折したものの、後遺症もなく奇跡的な生還を遂げた。

マンションから飛び降りても「死ねなかった」。その日から「人生が180度変わった」とモカさん。

病院のベッドの上で、痛みや苦しさから逃れるために、楽しいことに目を向けることを意識した。この痛みこそ「人生の縮図だと思った」。激痛と向き合う中で、「痛みから逃げるのではなく、もっと楽しいことに目を向けよう」という考えに変わったのだという。

モカさんの中で、「なぜ生き延びてしまったのだろう」という思いが「もう死ねないかも」に変わっていった。

モカさんの人生を綴った『12階から飛び降りて一度死んだ私が伝えたいこと』
モカさんの人生を綴った『12階から飛び降りて一度死んだ私が伝えたいこと』

 「希望はある」

モカさんは自身の経験をきっかけに、同じように人生に悩む人たちの役に立ちたいという思いで、インターネット上に自身のサイトを立ち上げ、無料のお悩み相談を始めた。実際に会って相談に乗る場合もあれば、インターネットのビデオ通話などで相談に乗る場合もある。

そこには、仕事、恋愛、人生、生活苦、人間関係、お金のこと、家族のこと、子供との接し方など多種多様な相談が寄せられるという。

《相談内容は、自殺しそうなくらい深刻なものから、そこまでではないものまで、それぞれ。悩みの深さも人それぞれ、受け止め方があります。例えば「嫌いな仕事を週5日もやらなきゃいけないのが辛い」という相談が来たこともあります。それに対しては、辛いなら辞めて早く次のステップに向けた勉強を始めた方が良いよ、というアドバイスをしました。逃げるのは良くないことだと思っている人がいますが、私は逃げまくって良いと思っています。こうしなきゃいけないとか、これはしてはいけないとか、固定観念に縛られずに、辛くて追いつめられているなら、逃げてほしいです。完璧な人間なんていませんから。》

モカさんの無料相談はネットの口コミを中心に広がり、今では1日200通以上の相談が寄せられるという。相談者が増える中で、現在は相談者たちと交流する「みんなと会う会」を月1回、無償で開催している。1回の参加者は20人ほど。個別相談の時間も設けられている。

モカさんは、みんなの相談に乗る時、最後には必ず「希望がある」ということを伝えているのだという。

《まずは相手の話を聞いて、否定せずに共感していきます。でも、最後の最後は肯定しないんです。「今あなたが抱えている絶望を、私は肯定しないですよ」っていうことをきちんと伝えます。絶望を肯定しないということは、希望があるってことなんです。確かに生きることは辛いことでもあります。でも「大丈夫だよ。一緒に希望の方にいこう」って伝えています。》

最近会ってない人に「元気?」と連絡してみるだけで、世界は変わるかもしれない。

多くの人に救いの手を差し伸べるモカさん。しかし、人生に悩める人全てがモカさんに話を聞いてもらえるわけではない。周りに苦しんでいる人がいるとき、私たちにはどんなことができるのだろうか。

《悩みを解決しようと思わなくて良いので、とにかく話を聞いてあげてほしいです。そして、どんなにその人が間違ったことをしていると思っても、いきなり批判はしないで、まずは全てを受け入れてあげてほしいです。話を聞くこと。それだけのことに思えますが、それが大事だと思っています。》

《この人は今、何を感じているのかな?とか、どういう気持ちなのかな?とか、身近な人の気持ちを想像する。最近連絡を取っていない人がいたら、元気かな? と気にしてみる。みんなが少しずつ他人に対して関心を持つことで、思いやりの世界が広がってほしいと思います。》

今、日本の若年層の死因第1位となっている「自殺」。SNSを通じて、人と人とが簡単に繋がれるようになったが「つながりがあるようで実はない。孤立している人が多いと思う」とモカさんは指摘する。「小さな一歩でいいから、もっと他人に関心を持って欲しいです」と語った。

そんなモカさんは今後は、就労移行支援事業をスタートさせる予定だという。みんなが好きなことで生きられる方法を伝えていく学校だ。

モカさん自身、経営者として生きつつ、デザインや漫画の仕事、お悩み相談など自分がやりたいことで生きている。就労移行支援事業では、その人自身が何を求め、どんなライフスタイルを望んでいるのかを明確にし、その人らしい生き方を一緒に模索し、より多くの人が希望を持って楽しく生きていけるようなサポートをしていきたいという。

まずは、身近な人に関心を寄せること。そして話を聞くこと。自分にできることから始めてみたい。

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