横浜市の運送会社「長澤運輸」に定年後再雇用された嘱託社員3人が起こした訴訟の最高裁判決(2018年6月1日)で、精勤手当や超勤手当を除いた大半の手当(能率給、職務給、住宅手当、家族手当、役付き手当、賞与)の格差が不合理ではないと判断された。
最高裁は、定年退職後に再雇用された者は、長期雇用を想定しておらず、定年退職するまでの間、無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されていることなどを考慮し、嘱託社員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であるといった事情を踏まえても、正社員に対して能率給及び職務給を支給する一方で、嘱託社員に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違は、不合理ではないと認めた。
日本企業の賃金制度についてはラジアーがモデル化してその制度的特徴について言及している年功型賃金モデル(*1)によって説明できる。
つまり、年功型賃金モデルを図表1を用いて説明すると、個人は雇用期間における勤続年金が短い時には、自分の企業に対する貢献度(限界生産性)より低い賃金(図表1のACEの部分)を受け取るが、ある年齢(図表1のE)が過ぎて勤続年数が長くなると自分の貢献度よりも高い賃金を受け取る(図表1のBDEの部分)ことになっている。
そして、貢献度より少ない賃金を受け取った勤続期間の賃金総額と貢献度より高い賃金を受け取った勤続期間の賃金総額がちょうど同じ金額になったとき、定年(図表1のR)を迎えることになる。
年功型賃金の下で労働者は定年以前に解雇されたり、会社を辞めてしまうと若い時に企業に預けておいたお金がもらえなくなるので、結果的には損をすることになる。だから、労働者は転職をせず、一つの企業で一生懸命に働いたのである。
筆者は、今回の最高裁の判決はラジアーの年功型賃金モデルを反映しているのではないかと思う。つまり、労働者側が要求した差別がない賃金は図表1のBであり、企業が実際に支払った賃金は図表1のDであり、今回最高裁はDの賃金を支払うことが不合理ではないと認めた。
これは、定年後の再雇用による賃金は年功型賃金に該当するものではなく、その時の会社への貢献度(限界生産性)を基準にすべきだということを強調した判決であるだろう。
実際に、平成18年4月に「高年齢者雇用の安定等に関する法律」が改定され、65歳まで安定した雇用を確保する措置が講じられたものの、多くの企業は定年退職後の「再雇用」という形で高年齢者を雇用している。従って、今後、この判決の結果が定着すると、企業は人件費に対する過大な負担なく、より高齢者を活用できるかも知れない。
但し、労働契約法第20条では「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない」と無期雇用の社員と有期雇用の社員について、仕事内容が同じであれば労働条件に「不合理な格差」があってはならないと定めているので、ただ高齢者を雇用すると人件費が安く済むと考えてはならない。
すでに労働力不足が顕在化しており、今後も労働力人口が減少することを考慮すると、高年齢者がより長く働ける環境を構築することは重要であるだろう。
定年退職後に再雇用された高年齢者の立場から考えると、今回の最高裁の判決は彼らの働く意欲を低下させる要因になったかも知れない。従って、今後、政府は高年齢者の働く意欲を引き出す措置を行う必要がある。段階的な定年延長や定年廃止を推進することもその一策として考えられるだろう。
同時に、企業は今回の判決を人件費対策だけに利用せず、高齢者がより安心して働けるように公正に処遇水準などを定めるべきである。今後の政府や企業の対応に注目したい。
(*1) Edward P. Lazear(1979) Why Is There Mandatory Retirement? Journal of Political Economy Vol. 87, No. 6, Dec., 1979. pp. 1261-1284
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(2018年7月9日「基礎研レター」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
生活研究部 准主任研究員 金 明中