「勤労統計問題」で露呈した霞が関「お手盛り」「忖度」体質を徹底改善せよ!--磯山友幸

毎月勤労統計調査の結果数字がおかしいという疑念は、昨年の夏ごろからエコノミストや経済記者の間で囁かれていた。
不適切調査が発覚した、厚生労働省
不適切調査が発覚した、厚生労働省

厚生労働省が公表している「毎月勤労統計調査」で、全数調査が必要な対象事業所の一部を調査せずに集計していることを認識しながら長年にわたって放置し、あたかも正しい手法で実施したかのように偽装していたことが明らかになった。

厚労省では昨年、安倍晋三首相の国会答弁用にまとめた裁量労働を巡る調査結果が不適切だった問題が発覚したばかり。今回の毎月勤労統計調査は、賃金や労働時間の動向を把握する調査だが、これで算出した平均給与額を基に雇用保険や労災保険が支払われているため、保険の過少給付が発生していることから、大きな問題に発展している。

根本匠・厚生労働大臣は1月11日の閣議後会見で、過少給付の対象が、延べ1973万人、30万事業所にのぼり、過少給付の総額は567億5000万円に達することを明らかにした。問題の調査は2004年から行われていたといい、不足分の支払いも2004年に遡って行うとしている。

「忖度」を否定するつもりが

今回、問題発覚のきっかけになったのは、毎月勤労統計調査の結果数字がおかしいという「疑念」が昨年の夏ごろからエコノミストや経済記者の間で囁かれていたこと。昨年11月5日付の拙稿でも「統計数字も『忖度』好調過ぎる『現金給与』のからくり」と題して取り上げたから、お読みいただいた方もいるだろう。

毎月勤労統計調査の現金給与総額の対前年同月比伸び率が2018年5月に2.1%増、6月には3.3%増と急激に上昇していた。これは調査対象企業の入れ替えによる影響が大きく、共通サンプルだけで比較した場合、5月は0.3%増、6月は1.3%増に過ぎなかったことがその後判明している。

6月分の速報を厚労省が発表したのは8月7日で、ちょうど自民党総裁選に向けた候補者の動向などが注目されていた時期だ。速報では3.6%増とさらに高い伸びが発表されていたため、新聞各紙は 「名目賃金6月3.6%増、伸び率は21年ぶり高水準」(日本経済新聞)と、そろって報じていた。

毎月勤労統計調査を巡っては、第2次安倍内閣以降の数字がサンプル入れ替えによって低く出ているとして、麻生太郎・副総理兼財務大臣が是正を求めていたことも明らかになっていた。つまり、本来は実態を正確に把握するための統計数字が、政治的な思惑で左右されていたのではないか、という疑念が生じていたわけだ。

そんな中で、今回、厚労省が明らかにしたところによると、毎月勤労統計調査では、本来500人以上の規模の事業所については全数調査を行うことになっていたものを、2004年から東京都だけ、全数ではなく3分の1程度の抽出調査を行っていたことがそもそも「不適切」だったとした。大企業を除外するのだから、その分、現金給与は本来の統計数字よりも小さくなる。結果的に、失業保険などの支給額が本来よりも少なくなったというわけだ。

政治への「忖度」を否定しようと調べたら、そもそもルール通りの調査が行われていなかったことが表沙汰になり、しかも、それに連動する保険の過少給付まで問題になってしまった、ということなのだろうか。

「横置き」との命名も

そもそも厚労省は、何のために調査対象を除外するようなことを始めたのか。

サンプルの見直しなどを恣意的にやれば、数字が意のままに作れてしまうことは統計のプロならば十分に理解していたはずだ。にもかかわらず、統計の信頼性を揺るがすようなことをなぜやったのか。その動機などは未だはっきりしていない。

前述の通り、厚労省は2018年の通常国会冒頭で、データを巡る大失態を演じている。

安倍首相が1月29日の衆議院予算員会で、「平均的な方で比べれば、一般労働者よりも(裁量労働制で働く人の労働時間が)短いというデータもある」と発言したが、その前提になったデータは、調査方法が違う2つの結果で、本来は単純に比較できないものだったことがその後、明らかになった。安倍首相は答弁の撤回に追い込まれ、裁量労働制拡大を「働き方改革関連法案」から削除する事態にまで発展した。

統計数字は、様々な政策決定の「前提」として使われている。ところが、霞が関の現場では、自分たちがやりたい政策に都合の良いデータを示し、都合の悪いものは伏せるといったことがしばしば行われている。安倍首相の答弁用に厚労省が出した裁量労働のデータは、この典型例だろう。野党が発言に疑問を持ち、首相を追及したからデータのインチキさが暴かれたが、これが国会答弁でなかったら、そのまま気が付かれずにデータとして一人歩きしていたかもしれない。

裁量労働のデータでなぜそんなインチキをやったのか、結局、うやむやのまま終わっている。役所が自分たちの出した法案を通すためには多少のインチキも構わないと思っていたのか。「働き方改革」を最重要法案としていた安倍首相や官邸幹部に対する「忖度」だったのか、藪の中である。

ちなみに、こうしたデータの改ざんは厚労省だけの専売特許ではない。2016年末には、経済産業省の繊維流通統計調査が長年にわたって改ざんされていたことが明らかになった。外部から指摘を受けても放置し続けていた。繊維統計では対象企業が減少していたにもかかわらず、回答数があるように見せるために、過去の回答をそのまま使っていたという。前回の数字をそのまま隣の欄に写すためか、それを「横置き」と言うのだそうだが、そんな命名までされているところを見ると、改ざんがあったのは本当にこの統計だけだったと断言できるのか、怪しくなってくる。

実際、繊維統計は2001年以降の歴代担当者27人が、問題を把握しながら代々引き継いでいたことが分かっている。担当者個人の問題ではなく、霞が関の「体質」の問題なのだ。

天に唾する行為

菅義偉官房長官は、1月11日に首相官邸で開いた事務次官連絡会議で、政府の基幹統計全体を点検するよう指示した、という。

まずは、なぜ、毎月勤労統計が本来の統計手法と違う「不適切」なやり方になったのか、そのきっかけは何か、指示をした、あるいは承認をしたのは誰か、徹底的に調べる必要がある。そこに政治的な意図や忖度が働いた可能性はなかったのかを洗い直すことが重要だ。さもなければ、日本の統計は役所や大臣の胸三寸でどうにでもなる、ということになりかねない。

今回は、保険の過少給付という「被害」が国民に生じているため、問題をあやふやに済ますことはできないはずだし、してはなるまい。

だが、問題の本質は、過少給付ではない。問われているのは、統計に対する霞が関官僚たちの姿勢である。

統計は、「国」の実態を正確に把握するための健康診断数値のようなものだ。それを自分たちに都合が良いように「改ざん」することは、実態を見えなくする「犯罪行為」である。企業で言えば「粉飾決算」であり、「背任」だ。

粉飾決算は会社の実態を良く見せるために数字を改ざんする行為だが、それを続ければ、いずれは会社が存続できなくなる。

国家の粉飾も同じだ。実態を良く見せるために統計データをいじれば、その数字を信じて打つ政策を大きく間違えることになりかねない。健康診断で本当は重病が疑われるのに軽度だと信じて放置すれば、命に関わる事態に直面する。

毎月勤労統計調査は、日本の経済状況を把握する上で、世界の投資家も注目している。その数字が全く当てにならないということになれば、日本への信頼は失墜することになる。

言うまでもなく、日本の株式市場での売買代金の過半は、海外投資家によって占められている。海外投資家が「日本は信用できない」と見限れば、日本の株価がどうなるかは、火を見るより明らかだ。

日本の官僚は隣国の経済統計をあてにできないとしばしば批判するが、まさしく天に唾する行為ではないか。

何よりも、日本の統計に官邸や役所の恣意性が入り込まないよう、統計の手法を再度徹底的に見直すべきである。また、各省庁が行う統計を総務省統計局に再度集約することなども早急に検討すべきだ。

日本政府の統計はあてにできない、と言われないうちに手を打つことが必要だ。

磯山友幸 1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『2022年、「働き方」はこうなる』 (PHPビジネス新書)、『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間――大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。

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(2019年1月15日
より転載)

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