コンドームの「伝道師」とも言える女性が滋賀県にいる。高校教諭の清水美春さん(39)。県内の高校で度々、生徒たちにコンドームの大切さを説いている。
「コンドームは避妊具ではない。性感染症を防ぐための道具」。そう熱弁する清水さんを突き動かすものとは──。
「みんな指にはめてみて。どう?滑(ぬめ)ってるやろ?」
琵琶湖からほど近い大津商業高校(大津市)の体育館。3月中旬、清水さんがそう呼びかけると、集まった1年生約280人は大騒ぎになった。
生徒たちはペアになって、コンドームを相手の指にはめる「実習」に挑戦していた。表面に塗られた潤滑剤を確かめて恥ずかしがったり、風船のようにふくらませて大笑いしたり。様々な反応が飛び交う。
「習うより 触って慣れよう コンドーム」
そんなスローガンが書かれたパワーポイントの資料をスクリーンで見せながら、清水さんはこう強調した。
「コンドームは避妊用具ではありません。性感染症を予防するためのものです」
清水さんは県教委に採用された保健体育の高校教諭。今は滋賀県スポーツ課に出向している。数年前から度々、授業以外の時間を使い、生徒たちにコンドームの大切さや性の問題について講演してきた。
コンドームにかける清水さんの思いは強い。琵琶湖にちなんだ「びわこんどーむ」というオリジナルキャラクターまで作るほどの熱の入れようだ。
原動力となっているのが、青年海外協力隊として2年間暮らしたケニアでの経験だ。清水さんの話に、生徒たちはじっと聞き入る。
ケニアで見た現実
清水さんがケニアに向かったのは2010年。それまでの8年間、県立彦根東高校に勤務していた。
授業では性教育の一環としてエイズなどの性感染症について話すことがあった。いつしか自分もこのテーマについて深く知りたくなり、エイズ患者が多いケニアで活動できる青年海外協力隊に応募した。
清水さんが派遣されたのは、首都ナイロビから北西約80キロにあるナイバシャにある「HIV感染者ケアセンター」。
ナイバシャは、長距離トラック運転手がナイロビに入る前に一夜を過ごす「宿場町」で、彼らを相手にする売春業が盛んだ。
売春婦たちはたいてい、コンドームをしない。ケアセンターは「夜の街」でHIV感染の有無を調べる「出前」検査をしているが、そこで感染が発覚する売春婦は後を絶たない。
「コンドームを付けましょう」。清水さんはケアセンターにやってきた女性たちに繰り返しそう訴えてきた。
だが、彼女たちは「コンドームを付けたら客が減ってしまう。仕事を奪う気か」「コンドーム1個で1週間食べていける」と、聞く耳を持たない。
売春の相場は1回あたり、日本円で50円から5000円。かたやコンドームは1個50円。彼女たちにとって、HIVに感染して2年後や10年後に死ぬことよりも、明日どうやって食べていくかの方がよほど切実だった。
「生きるって、なんやろ」
清水さんは途方に暮れた。だが、あきらめなかった。
コンドームがより身近な存在になるよう、ゆるキャラ「コンドマスター」を発案。国のエイズ対策機関と協力して着ぐるみも21体作り、学校を回ってコンドームの大切さを訴えた。
こうした経験が、帰国後の活動へとつながった。びわこんどーむもコンドマスターから着想した。
「一緒に考えて」
清水さんが講演会で訴えるのは、性感染症の予防策だけではない。HIVをめぐる差別や偏見についても触れる。
「HIVに感染しても対処しなければ、体内でHIVが増え続け、免疫システムが機能しなくなってエイズの発症につながります。でも、今は薬でコントロールすることができます」
清水さんはそう説明し、いまだ世の中に蔓延する「エイズ=死の病」というイメージを払拭してみせた。
講演会の最後、清水さんはこう語りかけた。
「コンドームを付けない方がセックスは気持ちいいかもしれない。それでも付けてくれるパートナーであれば、あなたのことを本当に大切にしている人だよ」
「どうやったら気持ちいいセックスになるのか、たとえ気まずくてもパートナーと一緒に考えてほしい。一緒に考え、笑い合える関係になってほしい」
「アダルトビデオのプレイをそのまま求めちゃだめだよ。あくまで幻想の世界だよ。目の前の人と本気で向き合ってね」
「コンドームをつけるのに手間取っても気まずくならずにコミュニケーションを取れる。それでこそ本当の意味でのコンドマスター(コンドームの達人)です」
学校側も賛同
大津商業高校の今井義尚校長は、清水さんの講演を2年連続で受け入れてきた理由をこう説明する。
「大切なことなのになかなか触れにくい話題。でも、いずれ子どもたちが直面することだけに、早い段階で、自分の身を自分で守るすべを知ってほしかった」
清水さんとは以前勤務していた高校の同僚同士。そのころから清水さんの活動を知っていたことから、講演を依頼したという。
一方、講演に参加したある男子生徒(16)は「HIVについては保健体育でも学んだが、正直今まではピンとこなかった。でも、ケニアの話も交えた清水さんの話はリアリティーがあって、新鮮でもあった」と言う。
別の女子生徒(16)も「HIV感染は薬でコントロールできるのを初めて知った。セックスについては、彼氏と2人で話し合ってちゃんと考えたい」と話した。