「ラグビー」を通じた「社会貢献」って、一体どんなカタチ?
2月5日、ラグビーの聖地・秩父宮ラグビー場で“特別な”試合がおこなわれた。全得点の53点×1万円が、がん治療研究の寄付に充てられるというチャリティマッチだ。
この試合を手掛けたのは、まちづくりを本業とする三菱地所株式会社と、ラグビー元日本代表キャプテンの廣瀬俊朗さん。
同社が丸の内からラグビーを盛り上げるべく、2018年に立ち上がったラグビーコミュニティ「丸の内15丁目PROJECT.」は、2021年にバーチャル大学「DAEN UNIV.(楕縁大学)」を開校。ラグビーを起点にさまざまな社会課題について学べる同校の学長を、廣瀬さんが務める。
両者がタッグを組み、2月4日のワールドキャンサーデー(世界対がんデー)に合わせて、がん治療研究を支援する特定非営利活動法人deleteCとのコラボレーションで実現したのが、冒頭のラグビーチャリティマッチだ。
スポーツとまちづくりを組み合わせた、社会課題解決への新しいアプローチに“トライ”するワケとは?
小国士朗さん
特定非営利活動法人deleteC 代表理事。株式会社小国士朗事務所 代表取締役。NHKにてドキュメンタリー番組の制作をするかたわら、世界150か国に発信された「注文をまちがえる料理店」などを企画。18年にフリーのプロデューサーとして独立し、現職。
高田晋作さん
三菱地所株式会社 広報部ラグビーマーケティング室長。「丸の内15丁目PROJECT.」の発起人であり町長。慶應義塾大学ラグビー部主将として日本一を経験。
廣瀬俊朗さん
元ラグビー日本代表キャプテン。株式会社HiRAKU 代表取締役、2021年9月よりDAEN UNIV.(楕縁大学) 学長を務める。高田さんは慶應ラグビー部の先輩。
社会課題への関心は「にわか」でもいい
── 「丸の内15丁目PROJECT.」を通して、三菱地所がラグビーとタッグを組んだきっかけは?
高田 もともとはラグビーワールドカップ2019日本大会(RWC2019)に向けて、弊社が手がける東京・丸の内の一角からラグビーを盛り上げていこうと、2018年9月に始まったプロジェクトです。「丸の内ラグビー神社」を設けて勝利を祈った結果...と言って良いかわかりませんが、同大会でラグビー日本代表はベスト8。その活躍を祝して丸の内で開催したパレードは大盛り上がりで、このプロジェクトは「にわかの聖地」と言われるほどになりました。
その一環として生まれたのが、21年9月に廣瀬さんを学長に迎えて開校した「楕縁(だえん)大学」です。
廣瀬 RWC2019を機にせっかくラグビーが盛り上がったので、次はラグビーのチカラで社会貢献もしていきたい、と高田さんからお話をいただきました。楕縁大学はラグビー選手やラグビーを起点に、社会・環境・経済など幅広い社会課題について学び、解決に向けたアクションを起こすことを目的とした架空の大学です。
これまで「インクルーシブなコミュニティ」「メンタルヘルス」「くらしの中のリーダーシップ」などをテーマに、ウェビナーを毎月1回開催してきました。
── さまざまな社会課題の中で、今回は「がん治療研究の支援」がテーマとなりました。
廣瀬 実は楕縁大学の記念すべき1回目の講義が、deleteCの取り組みを紹介するものだったんです。
小国 私たちは「みんなの力で、がんを治せる病気にする」ことをミッションに、これまでいろいろなアクションを通してがん治療研究を支援してきました。deleteCの「C」はCancer(がん)の頭文字。その「C」をdelete(消す)というのが基本的なアクションです。たとえば「C.C.レモンのラベルに書かれた『C』を、指で隠すなど消した写真をSNSに投稿すると、1投稿あたり100円の寄付になる」というキャンペーン。1か月で2万件以上の投稿と688万円ほどの寄付が集まり、のべ5000万人に情報が届けられました。
廣瀬 社会課題解決に向けたアクションを「みんなが参加したいもの」「誰でも参加できるもの」と思ってもらうためには、これくらいのカジュアルさが必要。そこで、deleteCのノウハウを借りながら、まずはラグビーのチカラを活用して「がん治療研究」を応援しよう、というコラボレーションが生まれました。
スポーツが持つ「共創」のチカラ
── その後22年2月に開催されたのが、がん治療研究を応援するチャリティマッチ「丸の内15丁目+deleteC マッチ」でした。
高田 2月4日のワ―ルドキャンサーデー翌日におこなわれたこの試合では、両チームが挙げた合計得点×1万円が、がん治療研究の支援に充てられます。この試合により、53万円を寄付することができました。
私もスタジアムで観戦しましたが、勝ち負けを超えた声援が聞こえて、想像以上の盛り上がりに感動しました。がんの治療研究への支援が必要、という社会課題と人々の距離、そしてラグビーそのものと人々の距離。その両方をグッと縮められた点で、お金以上の価値を持つ取り組みになったと感じています。
廣瀬 スポーツのチカラで、いろいろな人やコトとの距離が縮まるんだなと、改めて実感できましたよね。特にラグビーという競技に関して言えば、対戦相手からレフェリー、お客さんにいたるまで、関わる全ての人をリスペクトする精神が根底に流れているのもポイントです。それもあり、誰かのためになりたい、役立ちたい、という気持ちも強い方が多いので、社会貢献と結びつけやすいのかなと。
小国 “ONE TEAM”の精神が根づいている点も、ラグビーの重要な価値ですよね。RWC2019の時がまさにそうでしたが、ラグビーは敵も味方も、にわかも古参も、みんなで“ONE TEAM”。だからこそ社会貢献と結びついた際に、「一緒にいいことしようぜ」という巻き込み、つまり「共創」が生まれやすいのだと、試合を見ていて感じました。
高田 そしてもう一つ大きいのが、「にわかファン」の存在です。もちろんコアなラグビーファン、「古参」のみなさんも間違いなく重要な存在なのですが、そこに「にわか」の方々が加わってこそ、大きなうねりとなります。このうねりが社会課題の解決には重要なのですが、生み出すのが難しい。その点、ラグビーには人を集め、熱狂させる素晴らしいチカラがあるんだと感じています。
RWC2019後、ラグビー日本代表が丸の内仲通りでおこなったパレードに、5万人が集まるほどのムーブメントになったのも、古参とにわかが混ざりあって「共創」したからこそ、ですよね。
廣瀬 コミュニティがコアな人だけのものになると、どうしても考えが凝り固まってしまうし、他の人が近寄りがたくもなってしまいます。「にわか」とは、そうした凝り固まった考えを解きほぐして新しい発想をもたらしたり、外の人が輪に入りやすくしてくれたりする、貴重な存在だと思います。
スポーツ×まちづくりによる、これからの“トライ”は...
── 社会課題解決に向けて、ラグビー、ひいてはスポーツとまちづくりによる「共創」によりどんな可能性が生まれると考えますか?
小国 実際、今は多くの人が社会課題に対して「なんとかしなくちゃ」とわかっているものの、自分に何ができるのだろうか?知識も経験も少ない自分が手を出して良いのだろうか?と感じているんじゃないでしょうか。
廣瀬 そこにラグビーのような“取っ掛かり”があることで、にわかファンが生まれた時のように「とりあえずちょっとやってみようかな」とカジュアルに始められるんです。社会貢献が、多くの人が生活の延長線上で、カジュアルに楽しみながら取り組めるものになったら良いですよね。
そうしたラグビー、スポーツのチカラに、三菱地所の「まちづくり」が加わることで、人が集まる場ができ、さまざまな取り組みが生み出せると考えています。そのきっかけと場所を、「丸の内15丁目PROJECT.」そして「楕縁大学」が増やしていきたいですね。
高田 そもそも「街」とは、誰もが行き来できる開かれた場所なので、取り組みを街に落とし込むことで参加の敷居を下げることができます。それこそ、 RWC2019の時に丸の内に作ったラグビー神社とか、試合をみんなで観戦するパブリックビューイングがそう。ラグビー目的でない通りすがりの人も含めて、「あっ、何やっているんだろう?」とその場で興味を持ってくれて、立ち寄って、触れるきっかけになる。
そのように敷居が低いからこそ、普段は参加しないような人たち──「にわか」のみなさんも取り組みに加われるし、人が集まることで街がにぎわう。そんな風に、コトと街がwin-winになる形を、今後も目指していきます。
小国 そうした共創の原動力となるのが、“絵空事(えそらごと)”だと思っています。みんなが「行ってみたい」「参加してみたい」と思える、ワクワクするようなビジョンを共有できるかどうかが肝になるのかなと。
廣瀬 本当にそうですよね。私も、お金のことはともかく「よし、やってみようか」となるのは、自分がワクワクできることに対してです。そこは今後の取り組みでも、欠かせないポイント。「にわか」の皆さんのアイデアがあれば、もっと面白いこと、カジュアルな社会貢献の新しいカタチを作っていけるはずです。
高田 結局、みんな「ワクワク」で繋がっているんですよね。ラグビー神社も、deleteCとの取り組みも、ふり返るとまさに「にわか」の皆さんが感じていたワクワクが原動力になっていたなと。
ちなみに私がいま描いている絵空事の一つは、2023年にラグビー日本代表の選手団を、前回のパレードを超える人数で盛大に送り出す「10万人の大壮行会」を丸の内エリアで実現することです。コアファンも「にわか」のみなさんも一緒になって、それを実現する人の輪が増えていくといいなと思いますし、この活動を通じて、ぜひその光景を実現したいと思っています。そうして増えた「にわかファン」の中から、私たちの活動に協力してくれる仲間が増えたらうれしいですよね。
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(執筆:田嶋章博 編集:鈴木雄也、福原珠理 / HuffPost Japan)