「同性婚」という名前で広く知られる、性別が同じふたりの結婚は、性的マイノリティの権利獲得運動のシンボルともなってきました。
日本でも、結婚の権利実現を求める裁判「結婚の自由をすべての人に」が行われています。
この訴訟はしばしば「同性婚裁判」と呼ばれますが、その一方で「同性婚」という言葉は誤解を招き、一部の人たちを除外してしまう恐れがあります。
そのため、ハフポスト編集部は今後この裁判を伝える時には、「結婚の平等」「婚姻の平等」という言葉を使うことにします。
それは、ごく簡単に言うと、主に以下の二つの理由からです。
・「同性婚」を求めているのは同性カップルだけではないから
・「同性婚」という特別な制度を作るべきと考えているわけではないから
なぜ「同性婚」ではなく「結婚の平等」なのか。訴訟を起こした原告の代理人となった弁護士にも話を聞きながら詳しく説明します。
なぜ「同性婚」という言葉が不十分なのか
現在の法律では、法律上の性別が同じカップルの結婚が認められていません。しかし、それは「同性同士」のカップルだけではありません。
「結婚の自由をすべての人に」東京2次訴訟の原告である一橋穂(いちはし・みのる)さんはトランスジェンダー男性です。
トランスジェンダーとは、自分が認識している性別「性自認」と、生まれた時に割り当てられた性別が異なる人です。
一橋さんは、性自認が男性ですが、戸籍上の性別は女性。パートナーの女性、武田八重(たけだ・やえ)さん(ともに仮名)とは異性カップルですが、法律上の性別が同じであるため、結婚が認められません。
ちなみに、法律上の性別とは、戸籍や住民票などに記載され、公的に取り扱われている個人の性別です。戸籍法などの様々な法律に基づいて性別の記載や取り扱いがされているため、「法律上の性別」と呼んでいます。
「結婚の自由をすべての人に」裁判の原告代理人の上杉崇子弁護士は、一橋さんと武田さんのカップルについて「同性婚という言葉は当てはまらない」と話します。
「一橋さんと武田さんは異性カップルですから、いわゆる『同性婚』を求めているわけではありません。同性婚という言葉を使うことで、裁判には同性カップルの原告しかいないように捉えられる可能性があると思います」
上杉弁護士は、一橋さんと武田さんが求めているのは、異性カップルとして、法律上の異性カップルと同様に結婚することだと強調します。
「問題なのは、現在の法律は、シスジェンダーの異性愛者だけを前提として作られていることです。法律上異性のカップルは結婚する・しないの選択肢があるのですが、法律上同性のカップルは、選ぶことすらできません」
「私たちは裁判で、シスジェンダーかつ異性愛者以外の多様なセクシュアリティの人たちが結婚から排除されることが、問題だと訴えています。同性愛者同士の結婚の実現も求めていますが、すべてのセクシュアリティの人が平等に結婚できるようになることを求めています。その意味でも、『同性婚』という言葉は違うのかなと思います」
上杉さんが話した「シスジェンダー」とは、性自認と生まれた時に割り当てられた法律上の性別が同じ人です。
例えば、生まれた時に割り当てられた性別も、自分自身が認識している性別も男性の人は、シスジェンダー男性です。
現在の法律では、異性カップルの結婚はシスジェンダーにのみ認められていて、トランスジェンダーの一橋さんには認められていないのです。
異性カップルである一橋さんと武田さんが結婚できない背景には、トランスジェンダーの当事者が法律上の性別を変更する要件が厳しいという問題が存在しています。
一橋さんは身体の違和感に襲われた時には、自分の体に触れることすらつらく、明かりをつけて風呂に入れない時もあると、かつてハフポスト日本版の取材に語りました。
それでも、様々な理由から「(性別変更要件の一つである)生殖腺を取る手術を受けていない」ため、法律上の性別変更はできていないのです。
「結婚の自由をすべての人に」訴訟を「同性婚裁判」と呼ぶことで、一橋さんと武田さんの存在だけではなく、ふたりの苦しみも見えなくしてしまう恐れがあります。
求めているのは「同性婚」という特別な制度じゃない
さらに、上杉弁護士は「同性婚」と呼ぶことで「別の制度を求めていると捉えられかねない」という問題も指摘します。
「私たちが訴訟を通じて求めているのは、新しい制度や法律ではなく、結婚制度を、法律上の同性カップルも、法律上の異性カップルと同じように使えるようにするための法律改正です」
「『同性婚』というまるで従来の結婚制度とは別の新しい制度を求めているわけではありません。その意味で、私たちが求めているのは『同性婚』ではなく結婚の自由と平等です」
別の制度、と言われて思い浮かぶのが、パートナーシップ制度です。
国が結婚の平等を認めていない一方で、全国の自治体ではパートナーシップ制度が急速に広がっています。
パートナーシップ制度を利用することで、病院で家族であることを公的に認めてもらえる、カップルで公営住宅に入居できるなどのメリットが生まれています。
また制度によって、性的マイノリティが直面している困難などを、多くの人に伝えられるようにもなりました。
その一方で、パートナーシップ制度には法的効力がないため、健康保険の被扶養者や、共同親権、相続など、結婚したカップルと同様の保障はありません。
またパートナーシップ制度は、結婚を認められていない性的マイノリティのための「別の制度」でもあります。
そういった点から、上杉弁護士は、国がパートナーシップのような「別の制度」を作るとしても歓迎できないと話します。
「私たちは、同じ人間として、等しく結婚を認めてほしいと求めています。万が一、『同性婚』という別の制度を作るとなれば、シスジェンダーかつ異性愛者とは別の人間として扱われるのと同じであり、平等ではありません」
「私たちは『結婚制度を利用する権利を法律上同性のカップルに認めていないことが憲法違反である』と訴えています。『同性婚』と呼ぶことで、結婚制度とは別のものというニュアンスで受け取られる危険もあります」
上杉弁護士は、5月30日に行われた東京一次訴訟の意見陳述でも、「私たちが求めているのは『同性婚』ではなく、結婚の自由と平等です」と訴えています。
より正確な「結婚の平等」を
「結婚の自由をすべての人に」裁判では、多様なセクシュアリティの人たちが、結婚の平等を求めています。
また、この名前をつけたのは「結婚するかどうか、いつ誰と結婚するかの自由な選択肢が、すべての人に平等に保障される」という思いからだといいます。
ハフポスト編集部はこれまで、この裁判のことを多くの人に伝えるために、「同性婚」という広く知られた言葉を使ってきました。
しかし、原告らの意志を正確に報じるためにも、「結婚の平等」や「婚姻の平等」という言葉がより適切だと考えました。
その一方で「同性婚」はLGBTQ当事者の権利獲得運動を支えてきた言葉で、すでに多くの人に馴染みがあることから、結婚できない問題を、多くの人たちに伝える力があると思います。そのため、検索用の文章やハッシュタグなどで今後も「同性婚」という言葉を利用することもあります。
また、同性のカップルが、自分たちの求める制度などとして「同性婚」という言葉を使ったときに、そのまま伝える場合もあるかもしれません。
「結婚の自由をすべての人に」裁判で、原告は結婚が認められないために経験した、さまざまな不平等を訴えてきました。
共同親権がないため、子どもの入院手続きができなかった。入院したパートナーに付き添うため「いとこ」と嘘をつかなければならなかった。相続のために、何十万もかけて公正証書を作らなければいけなかった。長年連れ添ってきたパートナーが倒れた時に、病院で家族と扱われなかった――。
いずれも、結婚の選択肢が与えられている法的な異性カップルは、直面しなくてすむ問題です。
また、法律を改正して結婚の平等を実現すれば、すぐにでも解決できる問題でもあります。
こういった不平等を1日も早く解消してほしいという原告たちの声を、これからは「結婚の平等」「婚姻の平等」という言葉で、伝えていきたいと思っています。
◆結婚の自由をすべての人に裁判とは💐
30人以上の性的マイノリティ当事者が、結婚の平等の実現を求めて国を訴えている裁判。全国5つの地裁・高裁で裁判が進んでいる。2021年3月には札幌地裁で「法律上、同性同士が結婚できないのは憲法違反」という判決が言い渡された。6月30日には大阪地裁、11月30日には東京1次訴訟(地裁)での判決言い渡しが予定されている。