法律上同性カップルの結婚を認めていない現在の法律の規定は、憲法に反するのか――。
「同性婚」や「結婚の平等」と呼ばれる、法律上同性カップルの結婚を認めていないことの違憲性を問う「結婚の自由をすべての人に」訴訟は、全国6つの裁判所で行われている。
この裁判で争点になっているのが「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有する」と結婚の自由を定めた憲法24条1項の条文に、法律上同性カップルも含まれるかどうかだ。
30人以上からなる性的マイノリティの原告は、憲法24条には法律上同性カップルも含むため、結婚が認められないのは違憲だと訴えている。
一方被告の国側は、憲法24条には「両性」「夫婦」という言葉が使われているため、結婚の自由が保障されているのは異性カップルのみで、同性婚は想定していないと主張する。
しかし、「両性」「夫婦」という文言が使われていても、憲法24条は同性婚の実現を要請しているという法の専門家もいる。
元最高裁判事で、最高裁首席調査官としてもさまざまな憲法訴訟に関わってきた千葉勝美氏は、著書「同性婚と司法」で、「両性」「夫婦」という文言の壁を乗り越えて、憲法24条に同性カップルも含まれると解釈できると話す。
どうやってこの「文言の壁」は乗り越えられるのか。
憲法24条の意図したものは
千葉氏は、憲法24条が同性婚を含むかどうかを考える時には、制定の背景を振り返る必要があると話す。
日本国憲法ができる前の明治民法では、結婚は当事者の2人の意思だけでは決められず、戸主の同意が必要だった。
妻は法的に「無能力者」と位置付けられて財産権はなく、夫の許可がなければ家の外で働くこともできなかった。
その封建的、女性差別的な思想の下に作られていた結婚制度を「大転換」するために定められたのが憲法24条で、1項には「両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有する」と定められた。
つまり、憲法24条1項の趣旨は「結婚は当事者だけで決められる」ということだ、と千葉氏は指摘する。
ではなぜ、結婚の自由を定めた憲法24条に「両性」「夫婦」という男性と女性を想起する言葉が使われたのか。
それは当時憲法の草案に関わった人たちが結婚といえば異性婚しか頭の中にはなかったからだと、千葉氏は考えている。
「憲法制定当時、同性愛は治療が必要な病気で、性の秩序を乱すものとみなされていました。憲法の草案に関わった人たちの頭の中には結婚といえば異性婚しかなく、同性婚を認める、認めないという議論もありませんでした」
「同性愛者が念頭にないから両性という言葉を使っただけで、この条文に同性婚を排除するという意図や文言はありません。つまり憲法24条は性別については何も言っていないのです」
「憲法24条が意図しているのは、結婚は当事者同士の合意だけで成立し、戸主の同意はいらないということです。そうであれば『両性』という言葉を『当事者』に置き換えて捉えても問題はありません」
「『夫婦』という言葉も、婚姻の当事者同士のどちらかに強い権限があるのではなく、両者とも平等の権利を有するものだと言っているのであり『双方』と言い換えられます」
「つまり、憲法24条は、異性婚か同性婚かという婚姻当事者の性別のことを書いているのではなく、婚姻の当事者だけで自由に結婚する、しないを決められ、双方の立場は平等だということを書いているのです」
性別との関係はどこで判断する?
憲法24条に性別のことが書かれていないのであれば、結婚制度と性別の関係については、どこで判断すればいいのか。
千葉氏は、性別について言及しているのは憲法13条、14条だと話す。
「憲法24条には同性カップルに差別的な扱いをして良いかどうかについては何も書かれていないので、個人の尊重と幸福追求権を定めた憲法13条や、法の下の平等を保障する14条で判断することになります」
「憲法14条には、性別による差別はいけないと書いてあります。結婚はカップルが真摯に愛し合い、お互いをリスペクトしながら永続的な愛を誓い、社会的な存在として認められる制度です。婚姻制度で得られる安心感や喜びを異性カップルだけが味わえて、同性同士はダメだというのは性別による差別に当たると考えられます」
同性カップルも含むと解釈することしかできない
千葉氏は、憲法の条文は抽象的な規範を示すものが多く、辞書的な読み方をするのではなく趣旨に沿った価値判断的な解釈、適用をすることがあると話す。
憲法24条について、千葉氏が同性カップルの結婚も含まれると解釈できると考える根拠が社会の変化だ。
憲法が作られた当時、日本だけではなく世界でも結婚といえば異性婚だけだった。
しかし憲法制定から約80年経った現在、WHOなどの専門機関が同性愛は精神疾患だという考えは誤りだったとして治療の対象から外し、性的マイノリティの権利擁護、差別撤廃のための動きが進んでいる。
法律上同性カップルが結婚できないのは差別と捉えられ、これまでに世界39の国や地域で、結婚の平等が実現した。日本でも、結婚の平等に賛同すると回答した人は7割を超えていることが、厚生労働省の研究機関による調査で判明している。
千葉氏は、これらの社会の変化と、憲法の理念を考えれば、現在では憲法24条は法律上同性カップルも含むと解釈することしかできないと話す。
「現在は世界各国で多様性や性的マイノリティの理解が広がり、自分の性的指向や性自認に従って生きることが個人の尊厳に関わる人権だという価値観になっています。その社会の変化を考えれば、もはや憲法24条は異性婚だけしか認めていないという解釈はできないと思います。今必要とされているのは足りていない部分を埋める、つまり同性婚を含むという憲法解釈をすることであり、司法判断としてその選択肢しかないと思います」
これまでの7つの判決はどう判断してきたか
・憲法24条1項違反とした札幌高裁
結婚の自由をすべての人に訴訟は、これまでに7つの判決が言い渡されている。その中で憲法24条1項違反と判断したのは札幌高裁だけだ。
ただし千葉氏は札幌高裁判決について、十分に文言の壁を乗り越えたとは言い難いと考えている。
札幌高裁は判決で、憲法24条1項について「文言上は異性間の婚姻を定めている」と「両性」「夫婦」は男女だという考えを示している。
その上で、この条文は「人の人との間の婚姻の自由を定める」という趣旨も含むので同性婚も認められると判断した。
千葉氏は、「両性」「夫婦」の文言をどう乗り越えるかの説明なしに、憲法24条1項は「個人の自由一般を定めている」と解釈すれば、一夫多妻制なども認められることになり、「戸主の同意なしに当事者同士の合意だけで結婚できる」という本来の趣旨から外れてしまうと指摘する。
・憲法24条1項は合憲、憲法24条は違憲/違憲状態
7つの判決のうち東京地裁(1次、2次)、名古屋地裁、福岡地裁は、同性婚を婚姻に含めていない今の民法や戸籍法について、憲法24条1項との関係では合憲だが、憲法24条2項の「家族に関するその他の事項」との関係では違憲/違憲状態とした。
千葉氏はこの判断について、憲法24条1項は婚姻制度の理念が書かれていて、国会で法律を作る時の準則を定めた2項の前提になるものなので、1項との関係で合憲としながら2項との関係では違憲とするのは難しいと述べる。
・憲法24条1項は合憲、憲法14条は違憲
千葉氏は、憲法24条1項は合憲ではあるが憲法14条に反するとした札幌地裁と名古屋地裁の解釈にも首を傾げる。
憲法24条が婚姻や家族に特化した「特別規定」であるのに対し、法の下の平等を定めた14条は憲法上の幅広い権利や自由を定めた「一般規定」だ。
千葉氏は、「法制度の合憲性を審査する時には特別規定が一般規定に優先するというのが一般的な解釈であるため、24条との関係で合憲としたままで、14条と13条の関係では違憲とするのは難しい」と話す。
社会は司法に解決を望んでいる
つまり、千葉氏の考えに基づけば、憲法24条1項の文言を乗り越えることが、結婚の平等を実現する上で非常に重要になる。
また憲法24条1項との関係で「違憲」と明確に判断しなければ、差別が解消されないおそれもあるという。
結婚の平等を実現する上で、議論で争点の一つになっているのが、法律上同性カップルが受けている不利益をどのような形で解消するかだ。
選択肢としては、①今ある婚姻制度を同性カップルも異性カップルと同じように利用できるようにする②パートナーシップなど別制度を設ける、の2つが考えられる。
しかし千葉氏は、現在の日本の状況を考えれば、別制度を作っても良い内容にならない可能性が高い、と懸念を抱く。
「類似の制度には憲法上の根拠はなく、立法裁量(国会の自由な判断に委ねること)で作られます。現在の国会の保守派が同性婚に反対していることなどを考えると、おそらく内容を決める時には国会で揉め、最終的に婚姻制度と比べて大きな格差が生じる可能性もあります」
さらに、性的マイノリティ当事者のために別制度を作ること自体が、新たな差別や差別意識を生み出すとも指摘する。
日弁連は2019年の「同性の当事者による婚姻に関する意見書」で「分離した制度を設けること自体によって、同性のカップルは異性のカップルに準ずる存在とのメッセージが発せられることになる(中略)同性愛者の人格価値の平等を損なうものであって、やはり平等原則違反となると言わざるを得ない」としている。
千葉氏はこの意見書に賛同し、「パートナーシップなど別制度にすれば、新たな差別や偏見を生み出し、固定することになりかねない」と話す。
これまでに結婚の平等を実現した国の中には、先に登録パートナーシップ制度を導入したところもある。
例えば、ドイツは2001年にパートナーシップ制度を導入し、16年かかってその中身を結婚制度とほとんど変わらない内容にした上で、結婚の平等を法制化した。
しかし千葉氏は、当時のドイツと現在の日本では、政治的・社会的状況が、大きく異なると話す。
千葉氏によると、当時のドイツ社会は多様性を重視するようになっており、与党連立政権が党内の反対意見を抑えながらパートナーシップ制度を導入。徐々に法改正をしてその内容を充実させるなど、政治が積極的に結婚の平等実現のために動いた。
一方、千葉氏は現在の日本は「政治的・社会的な閉塞状況」にあり、国会の保守派が結婚の平等に反対している状態では、ドイツのように議論を重ねながらパートナーシップ制度を良くしていく流れは期待できないと話す。
「日本ではパートナーシップ制度を作っても、何年かかるか、十分な形になるかわからず、差別意識が解消されないままそこで終わりになってしまう可能性があります」
そのような状況にあるからこそ、日本では司法の判断が重要だと千葉氏は強調する。
「現在の社会の多様性の進み具合を考えれば、司法が乗り出していい時期にあると思います。アメリカで黒人と白人の『分離すれども平等だ』の原則を否定した、アール・ウォーレン最高裁長官の下での判決など、歴史を動かす良い判決は、状況を見て素晴らしい判断をしています。今の日本は、社会が司法に結婚の平等のための解決を望んでいる状況にあると言えると思います」