【横浜市マンション傾斜問題】杭のデータはなぜ流用されたのか

杭のデータが流用されているという問題が大きくなっています。このままでは安心してマンションや学校、病院を使えなくなります。

横浜市のマンション傾斜問題で、杭のデータが流用されているという問題が大きくなっています。このままでは安心してマンションや学校、病院を使えなくなります。

多くの方から、私宛に質問が寄せられています。それに答える形で記載したいと思います。

Q データ流用は見抜けなかったのか

私は実際に、別の杭のデータを流用した事例を見ました。疑いの目でデータを見るとデータを流用していることはわかります。2枚のデータ用紙を合わせるとぴたりと重なるからです。

しかし疑わずにデータを見ると、時間軸をうまくずらして作成してあるのでデータを流用していることは技術者であってもわからないと思います。

データを流用することは技術者倫理を踏まえると、あってはならないです。例えると、医師がレントゲンのデータを別の人のもので流用するようなものです。

Q 杭が支持層に達しているかどうかをデータだけで判断するのか

杭の施工状況をチェックする責任があるのは、現場担当者以外に

2次下請け会社の主任技術者

1次下請け会社の主任技術者

元請け会社の監理技術者

の3名です。

この3名はまずは現場を確認すること、そしてその後、データを確認することが求められています。仮にデータの流用を見抜けなくても、現場で杭が支持層に確かに達しているかどうかは、現場担当者以外の3名のうちのいずれか1名は確認すべきです。

もしもたとえ3名のうち1名であっても確認したということであれば杭は確かに支持層に達していると判断できます。なぜなら、杭が支持層に達しているかどうかは現場で立ち会っていれば確実にわかるからです。ドリルが掘り進む速度が明らかに変化するし、掘削機のエンジン音も明らかに変わります。

例えば豆腐やスポンジに割り箸を突き刺して、お皿に達したかどうかがわかるようなものです。現場担当者とは別のだれか1人でも立ち会っているとすれば、確認した技術者が正々堂々と「杭は支持層に達している」と証言して欲しいものです。

もしも誰一人として立ち会っていないのであれば元請け建設会社監理技術者、下請け会社主任技術者の責任は大きいです。

Q データ流用は良くないことなのか

杭のデータを流用することはもちろんよくないことです。なぜなら、住む人の「安心感」を損ねるからです。安心してマンションに住めないということになると、マンションを買う価値がなくなります。

一方、もっとも重要なことは、複数の技術者が現場で立ち会い、支持層に杭が達していることを確認することです。このことで「安心」な建物を建設することができます。

つまり「安心感」と「安心」とは少し異なるのです。

「温和」な人と「温和感のある人」とは異なります。

詐欺師はその多くは「温和感がある人」ですが、本質は「温和」どころか「悪人」です。

「安心」でありかつ「安心感」があることがベストですが、記録が整備されていて「安心感」があっても「安心」な建物でなければ本末転倒です。

杭打ち作業は雨の日も風の日も行います。現場では天候や不慮の出来事のため、やむを得ず記録が取れないこともあります。そんな場合でも複数の技術者が誇りと責任感を持って確認をすることで、住む人に「安心」な建物を作ることに精力を使ってもらいたいものです。

Q 杭が支持層に届いているかどうかの調査とはどのようにして行うのか

杭近くの地盤を調査して支持層の深さを調べ、実際に打ち込んだ杭の長さと比較することで、杭が支持層に届いているかどうかがわかります。

地盤調査の方法には2種類あります。①スウェーデン式サウンディング試験、②ボーリング調査です。

①スウェーデン式サウンディング試験

スウェーデン式サウンディング試験とは、ネジ上の棒を地盤に埋め込み、5kg、15kg、25kg・・・と最大100kgまで負荷をかけて、ねじ込んでいきます。地盤が硬く、ハンドルを回しても地中に入らなくなった時点で測定を終了します。この試験方法では、装置の操作が容易で迅速に測定ができます。

●スウェーデン式サウンディング試験のメリット

・調査が容易で比較的安価。

・支持層、柔らかい地層の有無が分かる

・狭い土地での調査が可能。

●スウェーデン式サウンディング試験のデメリット

・石に当たるとそれより深い個所への貫入することができなくなる

・支持層の判別が試験者の経験や感覚に委ねられ、個人差が出やすい。

・深さ10mを超えると測定ができないことが多い

②ボーリング調査

ボーリング調査とは、地面に穴を開けて一定の深さごとに土を採取し、地盤の構成や強度を調べるものです。地面に小さい穴を開けて、ボーリングロッドと呼ばれる棒状の先端に土を採取するための器具が取り付けられています。

その後、標準貫入試験(重さ63.5kgの重りで棒を叩きこみ深度30cm貫入するのに要した重りの打撃回数を記録する試験)を実施することで地盤の固さを知ることができます。

●ボーリング調査のメリット

・採取した試料から土質の詳しい判断ができる。

・支持層の測定が可能。

・10m以上の深さの調査が可能。

●ボーリング調査のデメリット

・スウェーデン式サウンディングと比較してコストがかかる。

・4m×5m程度の作業スペースが必要。

Q マンションの真下にある杭の位置の支持層をどのようにして調査するのか

マンションの周囲を調査して支持層の深さを測定することがもっとも容易な方法です。しかしその場合、杭の位置と調査位置がずれるため、正確さに欠けます。

杭の位置で調査をするためには、マンションの下部にトンネルを掘り、そこに試験機械をセットしてスウェーデン式サウンディング試験またはボーリング調査にて調べる必要があります。

Q マンションが傾く原因は杭以外にあるのか

横浜のマンションの場合、杭は支持層に達しているのではないか、とも言われています。その場合はなぜ、マンションは傾いているのでしょうか。現場を調査しているわけではないので、詳細は不明ですが、一般に原因は①構造スリット、②支持層の沈下-が考えられます。

①構造スリットの欠陥

構造スリットが正確に設置されていないことにより柱が傾いていることが考えられます。マンションは通常ラーメン構造(縦と横の部材が格子状に組み合わされた構造)で作られています。縦の部材を柱、横の部材を梁といいます。

ラーメン構造では、地震のような力が外からかかっても、柔らかく変形します。つまり力を受けたときに、柱や梁が曲がることによって、外からの力を吸収しているのです。

柱や梁の間には壁(外壁や部屋の仕切りなど)があります。柱、梁と壁がぴったりとくっ付いていると、外から力がかかった場合に、柱と梁が変形しにくくなり、大きな力がかかり、柱や梁にひび割れが発生し傾いてしまうおそれがあります。

このようなことのないように、柱や梁と壁との境界部分に2~3㎝のスポンジのような柔らかいスリットを設け、柱や梁の変形を吸収させることを「構造スリット」といい、阪神淡路大震災後、多くのマンションに設置されるようになりました。

ところが構造スリットが正しい位置に取り付けられていなかったり、まったくとりつけられていないマンションが残念ながら存在しています。塗装などをしているため、外からでは構造スリットが入っているかどうかわかりません。また地震が来ない限り、構造スリットがなくてもマンションに影響がないため、施工不良に気づかないのです。

横浜マンションの場合、構造スリットの施工方法が不適切であるため地震により柱や梁が損傷し、マンションが傾いている可能性があります。

②支持層の沈下

横浜マンションにおいて支持層と言われている地盤は固結シルト(土丹層)と呼ばれている固い粘土です。当地の固結シルト層は相模層群と呼ばれており、局部に弱い層が存在することがわかっています。今回の杭の地点に局地的に弱い地盤が存在した場合、支持層に到達しているように見えて、その下部の弱い地盤が沈下している可能性は低いですがあります。

(2015/11/14の「降籏達生のブログ」から転載)

【「"そこ知り"建設」~そこが知りたい建設の不思議~】

映画「黒部の太陽」に憧れて、ダム、トンネル、橋の工事を行ってきた降籏 達生(ふるはたたつお)。現在は、全国の現場指導、コンサルティングを行っています。本ブログでは、建設業界へのエールとともに、あまり見ることのない建設業界の裏側を皆さんに紹介しましょう。

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