「旦那さんとセックスしてる?」
そんな質問をされるのが苦手だ。
セックスの話題そのものがイヤというより、セックスの回数が夫婦の愛情の深さと比例しているという前提がちらつくと、興ざめしてしまう。
セックスってカップルにとってそんなに特別なんだろうか?歌舞伎町のカリスマホスト、手塚マキさんに聞きに行った。
テキストブックは、社会学者の宮台真司さんと、アダルトビデオ監督の二村ヒトシさんの共著「どうすれば愛しあえるの: 幸せな性愛のヒント」。セックスを社会学的に考察した濃厚な1冊だ。
夜はタキシードを着て寝てるよ
「どうすれば愛しあえるの」はセックスの素晴らしさを説いた本で、僕も勉強になりました。ただ、ホストクラブ業界に限っていえば、経験が浅い新人ホストには「お客様と、からだの関係になるな!」と教えています。
お客様に「夜は何着て寝てるの?」と聞かれたりして、性行為を連想させるような会話に入りそうになったら「タキシードを着て寝てるよ」とボカすように、先輩から教わりました。
若いうちは特にそうなんですが、一度相手とセックスをしてしまうと、すべて知ったような気持ちになってしまい「セックス済みの女性」とラベリングしてしまう。
それ以上関係を深める努力をしなくなってしまうんですよね。「自分の女だ」「相手のことを一番わかっている」みたいに思考停止するんです。そうすると、 たとえ肉体関係があっても、人と人として通じ合える関係にならないことが多い。
セックスは非日常に連れて行ってくれる
宮台さんと二村さんは、ある種の「トランス状態」に入るセックスの素晴らしさを語っています。
男女、あるいは同性同士のパートナーが、セックスを通して、お互いの弱いところを見せ合い、相手の幸せを自分の幸せだと感じてとろけあっていくーー。"優等生ぶってる"自分を忘れて、深いところにダイブしていく。
ふだんの日常の「外」に自分を解き放つことで、相手と信頼関係を築いたり、違う自分の一面に気付いたりする。
お客様とホストの関係も似ていますね。歌舞伎町という非日常の空間に来て、ちょっとした"罪悪感"を感じながらホストクラブで遊ぶ。そうすると、お客様が日常に戻った時の生活を充実させられる。社会の「中」だけではなく、時には「外」に行くからこそ、人間は豊かな生活が送れる、と思って僕らは仕事をしています。
でも、危険なんです
本を通して語られるセックスの素晴らしさは、賛成です。ただ、やっぱり「危ない」という意識だけは持っておきたいですね。先ほどのような「セックスで関係がテキトーになる」例とは別に、「セックスによって関係が深くなったと勘違いする」というケースもあります。
僕らホストは、時としてお客さん一人一人の人生と「シンクロ」するぐらい親密になります。
例えばこんなことがありました。あるホストが、出会って間もないお客様と一夜を共に過ごしました。これまで付き合ってきた恋人と違って、その人はわざわざお金を払ってホストクラブまで会いに来てくれる。からだの関係にもなった。「僕は、なんて愛されているんだ」。ホストがお客様に舞い上がってしまった。
そのうち「ホストクラブなんかに来て飲まないほうが君の為になるよ」「君のことを支えるよ」なんて言うようになったんです。
大きなお節介ですよね。
ホストクラブを訪れる女性は、心の悩みを解決するためではなくて、ひととき忘れるためにやって来る人がほとんどです。
ホストとお客様という関係を超えた部分で寄り添う事が、何かを解決するんじゃないかと思ったのでしょう。それとセックスをした事で「相手を全て理解した気持ち」になってしまった。
でも、僕は独りよがりの親密さより、適切な距離を取る方が誠実じゃないかって思います。
セックスってあまりにも強力で、人間関係においてプラスにもマイナスにもなりうる。まさに取り扱い注意です。
「散歩」で紡ぐ愛。
僕の後輩に、一人の女性と特別な関係を結んでいるホストがいます。マンションの合鍵も持っていて、何年もずっと仲がいい。ただ、一度もセックスをしていないんだそうです。
「彼女には、裸は見せていない。でも、もはや裸を見せても、何とも思わないぐらい、自分のすべてをさらけ出している」。お互いの兄妹に会ったり、他人には話せない悪い秘密を教えあったり、ホテルに行って添い寝をしたりして関係を築いている。
「どうすれば愛し合えるのか」は、1ページ目から最後まで、これでもかというぐらいセックスについて語っていますが、僕がもっとも大事だと思ったのは「散歩」について書いてある部分なんです。
宮台さんが「射精の快感よりも、シンクロの快感のほうが、本当にずっと大きいんです」と言うところですね。そこで例として出したのが、男女が、10〜15分の散歩で、「時間が経つにつれて徐々に歩幅と息が合い」始めるという点。そうやって男女が距離を詰めながら、親密になるのって、すごくわかる。
本では、散歩のあとにセックスをする良さについて語られますが、僕は散歩だけでも「十分」と思う。
先ほどの後輩のホストを見ていると、セックスに頼らない濃密で誠実な関係もあるんだな、と学ばされます。
いま日本や世界で、「性暴力を防ごう」というムーブメントが広まっている中、「同意問題」が注目されています。女性が「イヤだ、イヤだ」と言っているのに、男性側が「そういうのも"好き"のうちだ」と考えたり、返事がないことも肯定と解釈したりと、性行為をお互い「同意」したものと勘違いするケースが、明るみに出ています。
付き合っていても、きちんと同意を取らなければレイプになってしまうことも、ニュースを見て学びました。
どんな関係であっても、言葉での同意を必ず取るというのは大前提として、本当の同意を結ぶには、どうすればいいのでしょう。
セックスは「寝て待て」
たくさん言葉をかけても、裸で抱き合ったとしても、本当にいい関係なのかって、究極にはわからないです。相手も心地よいっていう、絶対的な"確信"なんて、無理じゃないですかね。
本当は嫌なんじゃないか、不快ではないか、と絶えず追求していかないと。
焦らずゆっくり、二人だけの心地よい距離を"二人で"作る。強制でも受け身でもなく、ふとした瞬間に、信頼と恋の心が浮かび上がってくるまで、待つしかないんです。
そしてそうなった時、「暗黙の了解」というものに頼らず、言葉を尽くしてやっと「同意」を結ぶことができるんじゃないかなと思います。
セックスって関係が深くなりすぎたり、逆に関係がテキトーになったりと、とっても難しくて厄介なもの。だから僕は、同意できるようなるまでは、セックスって"寝て待つ"くらいがちょうどいいのかなって思います。
こんな風に、"成熟したセックス"について、考えないといけない時代なのかもしれませんね。
"本好き"のカリスマホストとして知られる手塚マキさん。新宿・歌舞伎町に書店「歌舞伎町ブックセンター」をオープンしました。
Twitterのハッシュタグ「 #ホストと読みたい本 」で、みなさんのオススメの本を募集します。集まったタイトルの一部は、手塚マキさんが経営する「歌舞伎町ブックセンター」に並ぶ予定です。
連載「カリスマホストの裏読書術」は原則、2週間に1回、日曜日に公開していきます。
過去の連載は下にまとめています。ぜひ読んでみてください。
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