「今日着てたワンピース、俺がお気に入りのやつだね」
ある日、上司からこんなLINEがきた。あのう...あなたのために着たわけじゃないんですが...。それでも「そうなんですか?また着ていきます〜」と返信してしまった。ホッとしつつ、嫌悪感に襲われる。
夜の街・歌舞伎町のホストクラブでは、こうした女性たちの悩み相談が絶えないという。
ひとたび恋愛感情が混入すると、上司・部下の付き合いはややこしい。本好きで知られるカリスマホストの手塚マキさんに『部長、その恋愛はセクハラです(集英社新書)』をテキストブックとして語ってもらった。
■「100%の悪意」のセクハラはない?
働く女性たちは、日常生活のハラスメントについて、僕たちホストによく愚痴をこぼします。
「大変だね〜」「ヤバイね〜」と相づちを打ち、女性の負担を一瞬でも軽くできたら。ホストなら誰しも、そんな風に思っています。
ホストが、1ヵ月に接する女性は、ざっと100人。
話を聞いて思うのは、加害者のみんなが「100%の悪意」でセクハラをするのではない、ということ。多くが勘違いだったり、想像力の欠如だったりする。『部長、その恋愛はセクハラです』という本は、そのような「セクハラ問題」において、加害者が自覚を持つことの難しさを描き、同時にセクハラ加害者になりがちな男性に対して、「変化」を促す本です。
■男がモテるのは地位と権力が9割
著者の牟田和恵さんは、ジェンダー研究の第一人者で、セクハラ裁判に長年取り組んできた女性だそうです。本の中には、「恋愛だと思っていた」と男性側が勘違いし、セクハラで訴えられてしまったケースが紹介されています。
ある男性上司が、新入社員の女性と仕事先に行った後、「ちょっと休んでいこうか」と観光名所の渓谷に立ち寄りました。女性がサンダルを脱いで水に入り、「アー気持ちいい」と楽しげにスカートを持ち上げた行為を「性的なサインを送っている」と勘違いしてしまいます。
上司がわざわざ連れてきてくれたんだから、楽しそうに振る舞うのも礼儀のうち——。女性のそんな気遣いを誤解して、どんどんセクハラ行為をエスカレートさせてしまい、最終的に裁判になってしまいました。
男性側から見えていた世界と、女性が見ていた世界のズレで起きた悲劇が次々と紹介されます。
牟田さんは、「中高年男性が『モテる』のは、地位と権力が九割がた」と、厳しく指摘。「女性はイヤでもにっこりするもの」だから、もっと周囲の女性たちに対してセンシティブになろうと呼びかけます。大半の「モテ」は勘違いなんですね。
個々のおじさんたちの責任もさることながら、その世代全体の認識不足や教育不足も大いにあるのかなぁと思います。世の大半の「カン違いおじさん」たちには同情する部分もあります。これまで生きてきて、気づくきっかけがなかったのでしょう。
■変わるのは女性だけ?
今まさに、時代は大きく動いています。2017年から欧米をはじめ世界中で、女性がセクハラ被害を告発する「#MeToo」の動きが出てきました。女性を傷つけ、見過ごされてきた過ちが、明るみに出ている。男性たちが早急に、ジェンダーギャップに気づく必要性にかられています。
SNSで声を上げられるようになったこと、女性の社会進出が十分ではないけど以前より進んできたこと、女性蔑視の発言を繰り返してきたドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領に就任したこと...。様々な現象が折り重なって、昔からなかなか変わらなかった男女の関係性に、風穴が開こうとしています。
あれ、俺がやったことって、女性を傷つけることだったんだ。ネット上に出てくる様々な告発を見ながら、みんな気づいていく。さて、これを読んでいるあなたは"大丈夫"ですか。
女性にばかりアクションを求めていないで、僕たち男性が出来ることって何でしょうか。
■男性は口説くのをやめよう
僕は以前、この連載の『ノルウェイの森』の書評の中で「いっそのこと社会全体で、男性側から女性にアプローチするのを禁止にしたらどうだろう」と訴えました。そうすれば「セクハラはなくなる」という極論ですね。
書いた後、少し心配しました。あの書評を読んだ人の中には、「これじゃあ男は何もできないじゃないか」と思ってしまう人もいるのではないか、と。
でも、僕はこうは思うのです。「男は〜できない」という言葉には、男性側がコミュニケーションや恋愛において常に「主導権を握ること」にこだわっている思いが隠れているのではないかなあ、と。
ところで、ホストの世界では、「お客さまのパーソナルな情報について質問をしない」という暗黙のルールがあります。
「お仕事は?」「年齢は?」「どこに住んでるの?」ーー個人的な質問は失礼なだけでなく、お客さまを"忘れたい現実世界"に戻してしまうかもしれない。お天気や飲み物などいつも些細なきっかけから会話をはじめます。そこから、女性客が話を広げたいポイントをその都度見極めるのです。
新人ホストの頃、「目の前にあるタバコのライターだけで1時間会話できるようになれ」と先輩に言われました。女性客が話したいツボはどこなのかを探りながら、相手に会話の主導権をそっと握らせる。普段会話の「主導権」を握ることにこだわっている自分をいったん捨て、相手に委ねるテクニック。女性の心を「本当に開いてもらう」コミュニケーションにこだわっているのです。
■ネオ・ウーマンのいる社会にいこう
LINEを愛想よく返しただけで、スカートを少しいじっただけで、女性側に「気がある」「本当の気持ちを暗に伝えようとしている」とあれこれ想像して考えるのは、会話が自分中心に回るものと思い込んでいるからです。女性だろうが男性だろうが、はっきりした思いがあるときは、自分で会話をコントロールして自分の意志を伝えるものです。僕は、もっと女性が主導権を握る会話を日本社会で増やしたい。
半分冗談ですが、女性が思いを打ち明けやすいように毎月バレンタインを設定するのも良いかも。「毎月14日は、女性が告白する日」と仕掛けてみるのはどうでしょうか。
健全な社内恋愛も増えそうな気がします。
バッキバキに男を口説いてくる女性が溢れている社会って面白くないですか?
そうやって、女性がどんどん男性を落とすのが当たり前になったら、女性はもう新しい人種と呼んでもいいぐらい、別の生き方を手に入れていると思います。不必要に「にっこり」笑顔を振りまくこともないでしょう。好きな人にだけ、勝負の瞬間にだけに、その表情は取っておく。
そんな"ネオ・ウーマン"がいきいきと活躍する社会になったら、男性も女性も、それ以外の多様な性別の人も、会話の主導権を手に入れて、今よりずっと楽しい景色を見ている気がしています。良くないですか?変化って、息苦しいのではなく、楽しいものなので。
(聞き手・構成/南 麻理江)
Twitterのハッシュタグ「 #ホストと読みたい本 」で、みなさんのオススメの本を募集します。集まったタイトルの一部は、手塚マキさんが経営する「歌舞伎町ブックセンター」に並ぶ予定です。