本を“死”へ追いやる“断裁工場”が舞台の仏小説。たまたま入った書店で出会った本が、世界を広げてくれた

《本屋さんの「推し本」 双子のライオン堂・竹田信弥の場合》

まず、2つの悩みの告白からしたい。

1つ目は、ぼくがとにかく本の紹介が苦手ということです。なので書評の依頼がくるのは大変ありがたいのですが、時間がかかってしまいます。理由は、どの本にしたらいいか迷ってしまうんです。そうしている間に、締め切りがきてしまう。今回もギリギリまで迷って迷って。一度サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』で書き始めたんですが、違う気がして、カフカの『変身』でも書き直して……。やっぱり新しい本にしようと、この原稿に至っています。

2つ目は、読書についての悩みです。

最近、黙読だと本が読めなくなってしまいました。目で文字を追っていると、その本とは関係のない、いろんな感情が頭の中へ押し寄せてきて、全く内容が入ってこないのです。余計なことばかり思い浮かんでは気が散ってしまいます。

これは死活問題です。当店では読書会を開催しています。だいたい月に5、6回ほど。課題本をどんどん読まなければいけません。しかし、読めない。途方にくれてました。またそう焦れば焦るほど読めなくなるんです。

そんなモヤモヤしていた時、ふと本棚から適当に本を取り出して、声に出して読んでみました。不思議と少し理解できる気がしました。それからしばらく声に出して本を読むことで、読書が出来るようになりました。少しだけ肩の荷がおりました。誰にも言われたこともないですけど、「本屋なのに、本が読めないなんて!」という罵倒に怯えているんです。

さて、そろそろ本題に入りましょう。

ぼくには、夕食後に本屋さんへ行く日課は、ありません。しかし、街で本屋を見かけたら吸い込まれるように入ってしまう癖はあります。

その日は、久しぶりの外食をした帰り道に、駅前の小さな書店に吸い寄せられて行きました。お店の中に入ると、とりあえず全体の棚を見渡します。そしてぐるっと右回りに一周。次に、棚を細かく見ていきます。気になる本があれば抜き出してペラペラめくる。流石に音読はできないですけど。

そうやってお店の中を散策しているうちに、今回紹介する『6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む』に出会いました。

J・P・ディディエローラン『6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
J・P・ディディエローラン『6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む』(ハーパーコリンズ・ジャパン)

まず、タイトルが良い。表紙はパリの風景。背表紙の解説から、断裁工場に勤める主人公が朗読するということで。

…朗読! なんとタイムリーな! と叫びそうになりました。こういう偶然の一致は大事にしたいものです。

なんと、もう1つの偶然を発見します。翻訳者さんが、夏目大さんでした。

夏目大さんは、『タコの心身問題』や『タイムトラベル』などを翻訳していて、どちらの本も僕のお気に入りなんです。そして、1度だけお会いしたことがあり、その時は好きな作家と好きな歌手が一緒ということで、大変盛り上がったことがありました。

一方的にですが、ゆかりのある翻訳者の1冊をこの本の中から見つけ出すとは、これは読まなければいけない!とレジに走りました。走ったのは、店内に「蛍の光」が流れていたからですけね。

(完全に余談です。信じてもらえないかもしれないけれど、ぼくは本に関しては、こういう偶然がよく起こります。縁のある作家さんとメールをしたその日に、その作家さんの本が売れたりすることが何度もあります。たまたま持って出かけた本の著者さんに街で出会ったことも)

(余談の余談ですが、「偶然」と書いていて実は何かいい言葉がありそうだと思っていたところ、ちょうどこの記事の公開ギリギリで「セレンディピティ」という言葉を知人のメールで知ったのでここに追記する。これこそまさにセレンディピティ!)

さて、本書のあらすじは、こうです。

パリにある本の断裁工場で働く主人公。彼は本が好きなのに本を断裁する仕事に葛藤しています。せめてもの思いで、断裁で残ったページを、“往生させる”という目的で通勤電車の中で朗読をします。ちょっと変わったそんな彼ですが、パリの列車に乗り合わせている人々は愛情を持って受け入れます。

また、彼には過去に工場で大怪我をした友人がいます。友人の心の回復を願っていながら、ある秘密の計画を実行していたりします。登場人物は皆、普通の日常を一生懸命に生きています。

そんなある日、主人公はUSBメモリースティックを拾います。中には女性が書いた日記のデータが入っていました。それを読むうちに持ち主に会いたくなって……と、ざっとこんな話。

決して大きな事件があるわけではない。けど、なぜか惹きこまれる。そして何より細かな描写が素晴らしいのです。主人公が憎む断裁機の説明だけでも読み応えがあります。断裁機を間近で見たことがないけど、容易に描き出せるし、中に入って掃除するの嫌だなぁ、とかリアルに思うことができる。

登場人物もみんなとても良い。ぼくが特に好きなのは、守衛のおじさん。詩で横暴なトラック運転手と対決するシーンは圧巻だ。友人が事故から復帰していく様も、ちょっと想像もつかないんだけど、やられた!という感じ(気になったら読んで!)。

 ディテールを丁寧に書き記している小説に悪い小説はない。ディテールこそ、小説の全てだと思います。いくつか、疑問に思ったりするシーンもありますが、心理描写や背景描写の緻密な書き込みに支えられて、グイグイと読み進めてしまいます。

ぼくは、小さな本屋を営み、本を売る仕事をしています。時に本を作ったりもしています。作品を送り出したり、生み出すのは、喜ばしい仕事です。

一方で、断裁の仕事は、本好きには悲しい仕事です。主人公も自分の仕事を良く思っていない。でも、その仕事も本を循環させる上では大事な仕事であります。そして、そんな仕事にも楽しみを見出しているユーモアも本書の魅力です。

本が好きで本に関する仕事もしているのに、断裁工場というものの存在はうっすら知りはしていたものの、全く意識してきませんでした。ちょっと怖いところというくらい。

この本を読んだ後、町を歩いていて、見つけることができるようになりました。だからなんだという話なんだけど、ぼくはこれこそ読書の効果だと思うのです。ほんのちょっと前まで、見えなかった事象を、簡単に見ることができるようになる。本当にいい本に出会えたなと思います。

あと、この本を読んでいる途中に、声に出して読まなくても、内容が入るくらい集中できるようになりました。一気に読み上げたくなる、引き込まれて現実の余計なことを忘れてしまう。

今はこの本の話を誰かとしたくてしょうがないです。きっと、この本を読んだら、本好きの友人とこの本の話をしたくなるはず。読書会とかに行ってもいいですし。気分がのったら、お店にもぜひきてください。朗読します(決して上手くないですが)。

連載コラム:本屋さんの「推し本」

本屋さんが好き。

便利なネット書店もいいけれど、本がズラリと並ぶ、あの空間が大好き。

そんな人のために、本好きによる、本好きのための、連載をはじめました。

誰よりも本を熟知している本屋さんが、こっそり胸の内に温めている「コレ!」という一冊を紹介してもらう連載です。

あなたも「#推し本」「#推し本を言いたい」でオススメの本を教えてください。

推し本を紹介するコラムもお待ちしています!宛先:book@huffingtonpost.jp

今週紹介した本

J・P・ディディエローラン『6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む』(ハーパーコリンズ・ジャパン)

今週の「本屋さん」

竹田信弥(たけだ・しんや)さん/双子のライオン堂(東京都港区)

どんな本屋さん?

“100年後にも残る本屋”をモットーに掲げて、作家や研究者による選書の販売を専門にしつつ、文芸誌「しししし」を出版したり、毎月数回の読書会を開催したり、本に関するラジオを放送したり、本や本屋の楽しさを皆様にお伝えするべく日々活動しています。

(企画協力:ディスカヴァー・トゥエンティワン 編集:ハフポスト日本版)

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