日本では、7人に1人の子どもが相対的貧困の状態にあると言われている。
こうした子どもたちは、三食栄養バランスの整った食事をとる、学用品をそろえて学校に行くといった「当たり前」の生活すら送ることができない場合がある。
また、保護者も忙しくなかなか⻭医者に行けないなどさまざまな理由で、むし⻭も増え、中にはむし⻭がひどすぎて食べ物をうまく噛めない子も。
現代日本とは思えない子どもの貧困。その渦中にいる子どもたちは、他者から褒められる、親以外の大人とのコミュニケーションなど、あらゆる体験が不足するため、社会の中で大切にされている、価値ある存在だと感じる「自己肯定感」も低下してしまいがちだ。
子どもたちに、ありのままの自分を好意的に受け止めてもらうために、何ができるのだろうか。
ライオン株式会社は、⻭と口の健康をきっかけに、子どもたちの正しい生活習慣や自己肯定感の向上に貢献するため、二つのNPOと手を組んだ。
どんな取り組みをしているのか、話を聞いた。
「⻭みがきできたよ!」小さな成功体験の積み重ねが自信につながる
沖縄県南風原町のこども食堂「カナカナ」に集まる子どもたちは、それぞれが思い思いにデコレーションしたハブラシで⻭みがきをしている。
⻭ブラシデコレーションは、今回の取り組みでライオン株式会社が提供している体験プログラムの一つだ。
「カナカナ」をはじめとした全国の「こども食堂」の支援と、普及啓発に取り組む認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえの三島理恵さんは「自らがデコレーションした⻭ブラシを『ハブラシかわいく飾れたね』とか、⻭みがきをしたら『きちんとみがけてえらいね』といった小さなほめ言葉の積み重ねが、自分への自信につながるのです」と話す。
また、「デコる」ことで愛着がわき「⻭みがきしたい」という思いが高まるほか、自由な発想や、創造力も育まれるという。
その他にもライオン株式会社では、正しい⻭みがきの仕方や、口内を健康に保つことの大切さを楽しく伝えるダンスや、人生の様々なエピソードを通じて、お口と健康の大切さに気付けるすごろくゲームの「歯ごろく」等のプログラムを用意している。
こうした体験プログラムを通じて、子どもたちの自己肯定感の向上に貢献したいという思いからだ。
三島さんは言う。
「家では食事をこぼさず全部食べること、⻭みがきをすることが『当たり前』ですが、こども食堂では『全部食べてすごいね』『自分でみがけて、えらいね』と褒めてもらえる。体験プログラムは、子どもたちが小さな成功体験を積み重ね、自己肯定感を高めるに当たって、大きな役割を果たせます」
むすびえの湯浅誠理事⻑も、こども食堂は「家でできなかったことが、できるようになる場」だと語る。
「『嫌いなものも食べられたね』と声をかけてもらえることで偏食が治る、5分も座っていられなかった子が、スタッフの前では1時間集中して勉強できる。誰かに見守られることで、子どもたちに頑張る力が生まれます」
むし⻭がひどくて物を噛めない。貧困が生む「口腔崩壊」
ライオン株式会社とむすびえ、そして認定NPO法人フローレンスは2021年3月、協定を結び、子どもたちの「⻭と口の健康」をテーマにした活動を共同で始めた。⻭の健康は、子どもの生活環境を示す大きな「サイン」だからだ。
例えば、貧困家庭の子どもほどむし⻭が多いことは、いくつかの自治体調査から明らかになっている。中にはむし⻭が10本以上ある、根しか残っていないようなひどいむし⻭があるなどして、食べ物を噛むのが困難な「口腔崩壊」の子どももいるほどだ。
東京都足立区の調査によると、3本以上むし⻭のある子の割合は、経済的困窮世帯で29%と、そうでない家庭の18%を大きく上回った。全国保険医団体連合会が2018年に発表した報告書によると、調査に回答した3800校のうち実に4割強(※)もの小学校に、口腔崩壊の児童がいたという。
「学校にはひどいむし⻭で食べ物を噛みづらく、クラスメイトと一緒に給食を食べるのも難しい子がいます」と三島さん。
むし⻭の原因には、家計が苦しくハブラシを頻繁に交換できない、⻭科受診にお金や時間を割けないといった、経済的な事情が隠れていることが珍しくない。 ひとり親家庭などは、生活に追われて、子どもの⻭みがきの面倒まで手が回らないケースもある。
湯浅さんは言う。
「⻭科健診でむし⻭が見つかっても⻭医者に行かない子がいることを、教育関係者は⻑いあいだ問題視していました。しかし、家庭の問題として済ませていたのです」
コロナ禍で支援環境は一変 高まる食支援のニーズ
コロナ禍で企業倒産や店舗の閉店、休業が相次ぐ中、低所得世帯の暮らしはいっそう深刻さを増している。認定NPO法人フローレンス代表理事 駒崎弘樹さんは、「昨年以降、苦境を訴える相談が何件も寄せられています。なかには、パン1袋を親子3人で分け合って1日の食事を凌いでいるというような厳しい状況の相談もあります」
フローレンスは2017年、生活困窮世帯に食品を宅配する「こども宅食」を始めた。コロナ禍で、行政の子育て相談窓口など「来所型」のセーフティネットにアクセスしづらくなる中、こども宅食のニーズは急速に高まり、全国的な活動に発展しつつあるという。
宅食の荷物の中には食品のほか、トイレットペーパーや洗剤など生活用品も収められている。「ハブラシをこまめに買い換えられない」「正しい⻭のみがき方がわからない」などの悩みを抱える家庭も多いことから、駒崎さんは「ハブラシを荷物に入れるなど、オーラルケアの支援は非常に喜ばれる」と話す。
単に食品を提供するだけでなく、届ける時に親と会話し、信頼関係を作ることも宅食の狙いだ。話を聴くうちにDV被害を打ち明けられ、支援につなげた例もあるという。
「親子が困りごとを抱える前からつながり続けることで、何かあった時、サポートできる体制を社会に作っていきたい」と、駒崎さんは話した。
NPOが支援の道を開き、企業が道を広げる。
「NPOは資金もマンパワーも限られ、子どもの貧困、健康という重い問題に個別に取り組むには限界がある」と湯浅さんは指摘する。
湯浅さん、駒崎さんがともに強調するのは、NPOが学校や自治体、そして企業と連携することの大切さだ。
湯浅さんは「企業とともに取り組むことで、学校や自治体もNPOへの信頼を強め、パートナーとして認識してもらいやすくなる」と言い、「企業との連携によって、より多くの先生や⻭科医などを支援の現場に巻き込み、一緒に子どもたちの⻭の問題に切り込めるので はないか」と話した。
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ライオン株式会社は、オーラルケアを通じて社会や環境課題の解決を目指す「インクルーシブ・オーラルケア」に取り組んでいる。
リズムに合わせてからだを動かしながら、ハミガキの大切さを体感する「ダンス」、遊びながら、お口の健康の大切さを学ぶことができるすごろくゲーム「⻭ごろく」、自分好みのハブラシを作る「⻭ブラシデコレーション」など、エイベックスなどと共同で開発。 子ども支援の現場にさまざまなプログラムを提供し、それらを体験してもらうことで、子どもたちの自己肯定感の向上や、健康格差の解消、健やかな成⻑につながることを目指している。
※出典:https://hodanren.doc-net.or.jp/news/teigen/2018shcsvy.pdf
(執筆:有馬 知子 企画・編集:川越 麻未)