スマホで写真を撮ると、OCR(光学文字認識)などの技術を使って名刺を瞬時にデータ化するサービスがある。
「名刺が山積みになっていて、必要なときに取り出せない」事態から解放してくれる、名刺管理アプリだ。
Wantedly Peopleや、Eightなどの名刺管理アプリが世に出ており、この市場に2018年5月、トークアプリとして人気を集めるLINE社が参入した。
もうすでに強力な競合企業がいるなかで、なぜいまなのか。勝機はあるのか。
LINEの最高戦略・マーケティング責任者(CSMO)の舛田淳氏は「後発グループではある。だが、名刺管理の分野は、まだビジネスのプラットフォームになったとは言えない。シンプルで利用者が使いたいと思えるサービスなら、まだまだ需要は大きい」と自信をのぞかせる。
SNS機能のない名刺管理アプリ
LINE社が今回、新しく始めた名刺管理アプリは「myBridge」。
これまでにあった名刺管理アプリとの違いは、SNS機能が付いていないこと。
お互いが相手の名刺を自分の名刺リストに追加すると連携し、昇進や転職などのアップデートがあると通知されるが、名刺を持っていない相手であれば勝手に連携されることもない。
つながりを持たずに「管理だけしたい」という機能性を追求したシンプルなものだ。
名刺取り込み枚数や入力項目の制限がなく、全ての機能を無料で使える点も、利用者目線といえる。
ビジネス分野も面白いなと思ってた
初めて手を出すビジネス分野とはいえ、法人や団体向けに開発したものではない。
プライベートなネットワークを重視してきたLINE社らしく、あくまでビジネスパーソン個人に目を向けた「個を強くする」ツールだ。
2017年、海外の市場開拓をになうLINE Plusと親会社NAVERは、韓国の名刺管理アプリ「Remember」を運営する「Drama & Company」を買収した。
今後5年のLINE社のビジョンを考えたときに、このプライベートの裏側にあるビジネス上の人脈に手を広げようと考えた。
これまで、何度かビジネス分野に挑戦しようと思うこともあった。しかし、LINEの進化を考えたとき、ビジネスは真裏の分野だった。プライオリティも高くない。
それでも頭の片隅で「ビジネス分野も面白いな」と思い続けた。
それから数年経って出会ったのが、韓国の名刺管理アプリ「Remember」だった。
Rememberが「良いチーム」だった
Rememberは、文字を読み取るOCRだけを使うのではなく、合わせて人が入力代行する方式のアプリ。ユーザーから愛されたのは、100%近い正確な入力ができる点だった。
2014年の開始後、「韓国モバイルアプリアワード2014」の3月期トップアプリに選ばれ、2017年の買収時には、約180万人が使う韓国No.1名刺管理アプリとなっていた。
特筆すべきは、名刺の山を前に「いちいち撮るのも面倒くさい」と考えるユーザー向けの仕掛け。名刺を箱に入れて社に送れば、一括して入力してくれるサービスも提供していた。
ただ、買収をしたときは、日本で同じように名刺管理アプリをやる、やらない、なんて考えてはいなかった。
買収し、日本向けの「myBridge」につなげた大きな理由はひとつ。
「Rememberというチームが、良いチームだったから」と舛田氏は言う。
「良いチーム」ってなんだ
エンジニアリングのレベルが高く、プロダクトに真摯に向き合っている。
ビジネスというよりは、どういうサービスであればいいのか、どういうプロダクトであればいいのか、ユーザー中心で物事をどう考えているのかというのが、LINEの考える良いチームだという。
LINEが始まったころと同じような「小さなチーム」が、リメンバーにはあった。
スモールチームから巨大企業に。LINEのこれから
もともと、LINEも小さなチームから始まった。その時は、メンバー同士でずっと、いろんなことをしゃべっていた。
全員がプロダクトのことに集中できる環境だった。そういった環境じゃないと、新しいものは生まれないかな、と思っていた。
ここで評価されるべきはアイディアではなく、実行できたか、成果を出せたか出せなかったか。
ほぼその指標でしか、人も会社も、サービスも認められない。
アイディアだけなら世界にごまんといる。どんなにいいアイディアでも「今この瞬間に、何百万人がそれと同じこと考えてるんだからね」と考える。
そのなかで、速く、クオリティを高く、そして自分たちだけの強みを持つ。
成果を出せたかどうかは、少しずつ実感していった。
2011年にサービスを提供してから、初めての年末に里帰りして、同級生から「このアプリ使ってる?」と聞かれる。電車の中でLINEの着信音が聞こえる。
その次の年には、親戚が使っている。
あれから7年が経ち、LINEはいま、国内の人口の約半数、月間およそ7500万人が使う巨大なアプリを扱う会社に成長した。
次のビジョンについて舛田氏は「Aという事業にA1、A2...と足していくビジネスモデルもあれば、また違うBに行く、というものもある。どれだけ私たちが、LINE以外に作っていけるかというのが、今後の我々の可能性だと思っている」と語る。
LINEとは非連続な形の新たなビジネスは、「勝算があって手堅く」というものでなくていい。
成功するか、確たる裏付けのないチャレンジでもいい。
その新しいチャレンジを、LINE社が応援するようにしてでできたのが「myBridge」だった。
ブランドを捨てて得たもの
LINE事業が始まった当初、プロジェクト名は「〇〇トーク」みたいな名前だった。
出来上がる直前のLINEのアイコンも、グリーンじゃなくてサイケなムラサキ色だった。
そんななか、すべての選択肢を机の上に並べて、考える。これから始めるという事業に、タブーは一切持ち込まない。
当時のチーム、ネイバージャパンが作るトークアプリなので、そのブランド力を借りて「ネイバーメッセンジャー」「ネイバートーク」というのが順当であるとも思った。
でも、選択肢を前にしたとき「そんなん、役に立つか分からないから、ブランドは置いておいていい」と捨てることにした。
線と線をつなぐホットラインのような存在に、そして人とサービス、コンテンツをつなぐ線にもなるはずだ。そしてLINEが生まれ、独自コンテンツとして成長していった。
「myBridge」も同じように、LINEというブランドを極力消した。
LINEとは別の、ビジネスという分野で新しいプラットフォームになることが、myBridgeの目標だ。
勝機は?なぜ負け試合に挑戦するのか
なぜ激しい競争が待っている市場にチャレンジをするのか、なぜ負け試合に出ていくのか。
こんなことを言われることがある。だが、そもそもGoogleやFacebook、Yahoo!などの冠たる巨人たちと戦うところからスタートした会社。「負け試合なんて当たり前」だった。
ともすれば大きな見えない敵と戦うような、少し夢見がちな「ドン・キホーテ的かもしれない」と笑う。
検索という領域から始め、Googleなどには敵わなかった。その結果、検索領域は手を引き、LINEというプロジェクトを始めた。
そこでもSNSの巨人たちがいた。
でも「私たちだったらできるんじゃないか。やろうよ、という根拠のない自信でもあった」。マーケットが数年膠着したホワイトスペースであれば、参入する。
まずプロジェクトを始めて、走りながらマネタイズを考える。勝機は後から。そうして挑戦を続けてきた。
コンテンツと人との距離を変える
まずmyBridgeで目指すのは100万人。だが、LINE社で目指すのはマス(大衆向け)のサービス。「ニッチなサービスは作らない。マスのサービス、というのは社内では重い十字架」と笑う。
だからこそ、「100万人のサービスを作っても称賛されない。1000万、それ以上の単位になってこないと『よくやった』とはならない。世界を変える、生活を変える。ユーザーから『ここがターニングポイントだったよね』と言われるようなサービスでないといけない」という。
利用者数が少なく、一部の人たちしたテクノロジーを享受できないような状況ずっと続いている市場は、「ホワイトスペース」だと考える。
名刺管理アプリも、すでに数社が出しているが、利用者は合わせて500万人程度。
「便利そうだな」と知ってはいるものの、「使う」のがめんどくさいというネックもあり、まだまだ広まったとは言えない状況だ。
「競合がいようがいまいが関係がない。私たちだったら、いまの関係値、コンテンツと人との距離を変える。デザインしなおせると思って、参入しています」