昨日まで“ただの人”だった人間が、YouTubeやTikTokなどで才能を発揮し、一躍インフルエンサーの階段を駆け上がる...そんなケースが日本でも生まれている。
ところが中国では、ひと味もふた味も違うスターが誕生している。
“ただの人”は同じでも、住む場所は農村。そう、今中国では農村部の住民たちが、ある動画プラットフォームの力を借りて脚光を浴びているのだ。
それが「快手(クアイショウ)」。農村で人気を集める珍しい存在について、専門家とともに分析した。
ハフポスト日本版では、中国のアプリ事情に詳しい専門家の解説を元に、スマホアプリを通じて中国経済を読み解いていきます。
第4回目は農村部からスターを生み出す前代未聞(?)のアプリ「快手」についてです。
■1日、2億人
快手の作り自体はTikTokに似ている。数十秒のショート動画がずらりと並び、搭載されたAIが見る人の好みそうな動画をオススメしてくれる。
最大の違いは「農村らしさ」溢れるものが多いことだ。だだっ広い荒野をバックに、羊一頭分の肉を丸ごと油で揚げたり、建設重機の操作テクニックを披露したりと、それぞれの技術を元にした動画が人気を博す。
快手の誕生は2011年(当時はGIF快手と呼ばれた)。2015年にユーザー1億人を突破すると、1年後の2016年には3億人突破と急スピードで拡大。現在、公式サイトでは「1日あたり2億人のアクティブユーザー」を謳っている。
■「内容より人間」
なぜ、農村部で支持される動画プラットフォームが誕生したのか。中国のアプリ事情に詳しいクロスシーの又村深・執行役員は、シンプルでわかりやすい画面設計に加え「動画の内容ではなく、出演する人間に人気が出るシステム」を理由に挙げる。
又村さんが見せてくれたのがある女性の動画。紫キャベツに始まり、別の動画では違う野菜を包丁を使い高速でみじん切りにしていく。
この女性の場合、動画ごとに切る野菜が違うだけで、贔屓目に見ても代わり映えはしない。それでも30万を超える「いいね」を獲得している。
「メインは切っている女性なんです。切るものはなんでもいい。出演する人間に重きを置いて“誰がやるのか”で非常に人気が出やすいプラットフォームなんです」(又村さん)
「人」に重きを置くとはどういうことか。比較対象として、日本でも人気のTikTokがある。
TikTokは自分のフォロワーではないユーザーにも広く動画が届くシステム。仮にフォロワーが少なくても、質の高い動画を上げさえすれば人気に火がつくチャンスがある。
一方で快手はその逆を行く。一度評価されてしまえば、ファンをある程度“囲い込む”ことができ、安定して再生数を稼ぎ続けることができるのだ。
「快手は、単純にフォロワーがいればいるほど再生数が上がる、“強いものはさらに強く”という形で経済が成り立っています。
面白い企画を考えたり、コンテンツを工夫したりしなくても、一芸に秀でるとか美男美女であるだけでファンを集められる。比較的コンテンツの乏しい地方に向いている仕様と言えます。TikTokと自然に棲み分けが生まれているのです」(又村さん)
■100点満点の提携
この快手を通じて、農村部の消費を取り込む動きが出ている。
快手は、生放送や動画から直接通販サイトに飛び、動画で紹介されるなどした商品を購入することができる。
ここに目をつけたのが、通販サイト「京東(ジンドン)」だ。6月に行った大規模なセールでは、快手と提携を結び、インフルエンサー66人に生放送で商品宣伝をさせた。
現地メディア「駆動中国」によると、1分間あたりおよそ1万元(150万円余り)の売り上げがあったといい、「この提携は100点満点の回答を叩き出した」と評論している。
「快手」が注目されるのは、それだけ農村部への期待が強いからだ。
都市部に比べて経済発展が遅れた地域は「三線都市」「四線都市」などと分類される。そこに暮らす人々の消費は“沈んでいる市場(下沈市場)”と言われ、米中貿易摩擦の影響が懸念される中国経済にとって、今後掘り起こすべき期待の「伸び代」とされている。
動画、そして農村からの支持との2つを兼ね備えた快手は「下沈市場」の住人たちに情報を届けるツールとして、これからさらに注目が集まっていくとみられる。