大きな顎が目を引く、こわもての大男。一見とっつきにくいサラリーマンが、家に帰れば大好きな料理に励み、妻や子どもたちを笑顔にしていく━━。35周年を迎えた漫画『クッキングパパ』を、多くの人が一度は目にしたことがあるのではないだろうか。
連載開始時、1985年の日本はバブル前夜、ようやく男女雇用機会均等法が制定された年だ。「男は外で働き、女は家を守る」が“普通”とされていた時代、時には批判されながら「料理を愛する父、家事は苦手だけど仕事に情熱を注ぐ母」そんな時代を先取りした家族を描いてきた理由とは? 2020年Twitterで話題になった「ポテサラ騒動」なども交え、現代の食や家族への思いを作者・うえやまとちさんに聞いた。
◾クッキングパパとは?
青年誌『モーニング』で35年間連載中の漫画(最新156巻)。1990年代にはアニメ化、2000年代にはドラマ化も。主人公の荒岩一味ファミリーを中心に、シングルマザー、週末婚カップル、在日外国人など、多様な家族が食を通じて幸せを見つけていく元祖レシピ漫画。
◾約10年間、料理好きを隠していた主人公
━━ 1985年、「男子厨房に入らず」なんて言われていた時代に「料理を愛する父、家事はダメだけど仕事に情熱を注ぐ母」を描いた理由は?
漫画として面白いな、と思ったからです。僕は「社会的に男も家事をするべきだ」とか主張したいわけじゃない。でもね、男ばかり楽しんで、楽しくない人がいるというのは、楽しくないと感じていたんです。
主人公については「単身赴任とか、妻が病気とか、特別な理由があったほうが、男が料理する理由として自然じゃない?」という意見もあった。でも「そうじゃなくて、こいつは本当にただ料理が好きなだけなんだ」と。
とはいえ、普通のサラリーマンの顔を描いてもしっくりこなくて... 。悩んだ末に「そうだ、料理も家事もしそうにない、ゴリラみたいな顔にしちゃえ」とひらめいて、 物語がスッと動き出したんです。
━━ 新聞記者の妻・虹子さん。仕事にまい進する明るいキャラが印象的です。
連載当初は「女性が酔っ払って帰るなんてひどい」と女性読者からお叱りを受けたことも。でも、虹子さんは仕事が大好きで、だからこそ皆が応援する。そんな幸せを描きたかった。
虹子さんの参考にしたのは、当時漫画を描いていた新聞社の文化部での出来事。ある時、若い女性が「お父さんが病気になっちゃって、私は看病をしたほうがいいんじゃないか」と相談したら、部長が「あなたがやりたいことを、楽しくやっているのを見せることがお父さんへの一番の孝行だよ」と答えていた。それに共感して、イメージを広げていきました。
━━ 連載開始から約10年間、主人公が料理していることを隠していたのはなぜ?
描き出した頃は男が料理していると「男だけど料理が大好きな人なんだよ」と毎回説明しなきゃ成り立たなかった。それが面倒くさかったんです。
でも、連載10年目、1995年頃には「料理ができる男もかっこいいじゃん」という時代に変わってきてね。それに、息子の友達などには徐々にバレていて、ストーリー展開上もう無理だよね、と(笑)。
◾“ドアホ”な料理が浮かぶとうれしい
━━ うえやまさんご自身が料理好きになったきっかけは?
高校3年生の時の「兄弟3人暮らし」ですね。うちは母親が台所を守るタイプだったけど、父の転勤について行っちゃって、いきなり兄弟だけで暮らすことに。「金は1000円もない。1週間これで生きていかなきゃ」とか悲惨だったんですが、楽しかったです。仕送りの日は、ちょっと凝ってハンバーグをつくってみよう、なんて試すようになって。
思い出の料理は「あかめし」。チキンライスのチキンが入っていないやつです。お金がない時の緊急避難料理だったんだけど、玉ねぎとケチャップとご飯だけでうまい、うまいと食べましたね。
━━ 漫画で紹介するレシピの法則は? ブームになった「おにぎらず」から本格派の「ブイヤベース」、独創的な「まんじゅう鍋」まで幅広く紹介されています。
基本的には楽しさが一番。僕は“ドアホ”な料理が浮かぶとうれしいんですよ。これは間抜けだぞ、こうくるとは思わないだろう、みたいなメニューは早速実験したくなる。あとは、言葉が好きなやつ。ブイヤベースとかヴィシソワーズとか、 響きがいいでしょう(笑)?
◾冷食もデリバリーも活用して
━━ 2020年、スーパーの惣菜コーナーで「母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ」と高齢男性に声がけされた話がTwitterで話題になりました。「冷凍食品は手抜き」などの意見もあります。
ポテサラの話は偏見でしょうね。サラダって難しいんだからね、そんなに言うなら自分ですごいポテサラをつくったらいいのに、と思いますよ。冷凍食品も、 最近のものは驚くほどおいしい。『クッキングパパ』も頑張らなきゃと思うくらいです(笑)。
━━ 料理のプレッシャーに対する一つの答えとして、動画「料理にフツウなんてない」を「NEWクレラップ」が公開しました。料理は嫌いじゃないのに...とモヤモヤを抱えていた母親が、 デリバリーや回転寿司も楽しみながら「家族の数だけ、日々の数だけ、食卓に正解はある」という答えにたどり着いています。
うんうん、そうだよ。これでいいんじゃない? と思いました。『クッキングパパ』でもピザの宅配や回転寿司を楽しんでるし、インスタントや冷凍食品を使ったレシピも紹介している。 便利なものはいくらでも活用していいんです。それで時間があるときは、ちょっと凝ったものをつくるとかね。
僕はどの家庭にも最低1つは素晴らしい料理があると思っています。何かをせねばならないというよりも、これもいいんじゃない? と楽しく考えるほうがいいですよね。
◾いろんな家庭がある。楽しければいい
━━「楽しく」がポイントですね。『クッキングパパ』が35年間愛される理由は?
親戚気分で安心して登場人物たちの成長を眺められるところかな。最初は小学生だった主人公の子どもは、就職して酒を飲んでいますしね。僕は今、子守唄のつもりで作品を描いている。読むと安心して眠れますよ、ちょっとお腹が空きますけれどねって(笑)。今は大変な時代だから、僕の漫画でゆっくりしてほしい。
僕はほのぼの漫画家。「誰にも負けない、世界一のほのぼのを描いてやろう」なんて気持ちがあるんです。漫画を通じて、認め合うこと、楽しく生きることを伝えられれば。いろんな家庭があって、その家庭がそれで楽しければいいじゃんって思っています。
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35年間『クッキングパパ』で、多様な家族それぞれの幸せを描き続けてきた、うえやまさん。時代が変わっても「みんなが楽しく」というメッセージは貫かれている。
ご飯がちょっと余った時、後で帰ってくる誰かのために......日々の食卓に欠かせないラップとして1989年からロングセラーを続ける「NEWクレラップ」も、家庭の笑顔を大切に時代の変化に合わせて進化し続けてきた。そんな「NEWクレラップ」の思いを込めた動画が、うえやまさんも「そうそう」とうなずきながら観てくれた『料理にフツウなんてない』。
「家族の数だけ、日々の数だけ、食卓に正解はある」きっとあなたをホッとさせてくれる動画を、ぜひ観てみてください。