シリア北部を実効支配するクルド人勢力とアサド政権が10月13日、手を結んだことが話題となっている。
シリア北部に展開していた米軍部隊が撤退を始めたことを受けて、トルコはクルド人が実効支配するシリア北東部への軍事侵攻を開始した。軍事的な後ろ盾となっていたアメリカに見捨てられたことで、アサド政権を頼った形だ。
「国家を持たない世界最大の民族」とも呼ばれるクルド人をめぐって何が起きているのか。調べてみた。
■クルド人とは?
ジャーナリストの中川喜与志さんの「クルド人とクルディスタン」(南方新社)によると、クルド人と呼ばれる民族集団の人口は2500万人から3000万人にのぼる。ペルーやアフガニスタンの全人口と同じ人口規模だ。
黒海とカスピ海の間にある山岳地帯「クルディスタン」に住んでいる。広さは50万平方kmで、日本列島の1.5倍程度となる。
この地域はもともとオスマン帝国の領土の一部だった。しかし、1922年の帝国崩壊に伴い、欧米列強の介入で国境線が引かれた。クルド人の住む地域はトルコ、イラク、イラン、シリアなどの複数の国家に分割されてしまった。
知恵蔵によると、母語はインド・ヨーロッパ語系のクルド語だが、地域による方言の差が極めて大きく、共通の文字も持っていない。イスラム教スンニ派が7~8割を占める。
■トルコでは「存在しない」ことにされていたクルド人
クルド人が1300万人ともっとも多く住むトルコでは、1923年の建国以来、クルド人の存在が否定されてきた。クルド人は「山岳トルコ人」とされ、独自の民族ではないことにされている。1990年代初めまではクルド語の使用を禁止していたほどだ。
そこで、クルド民族がトルコからの独立を求めて結成したのが、クルディスタン労働党(PKK)だ。1978年の結成以来、トルコ政府との間で武装闘争を30年以上も続けている。
山口昭彦「クルド人を知るための55章」(明石書店)によると、その犠牲者は巻き添えになった一般人も含めて4万人以上になると見積もられている。
PKKの後ろ盾となったのは、トルコの隣国であるシリアだった。シリアはトルコに対抗するためにPKKを物心両面から支援した。
シリアは、強い影響下にある隣国レバノンのベカー高原にPKKの訓練キャンプを設置させ、PKK党首だったアブドゥッラー・オジャランも1998年までベカー高原で指揮を取っていた。
日本の公安調査庁はPKKを国際テロ組織に認定している。
■シリア内戦で、クルド人が北東部を実効支配
シリアに住むクルド人は約100万人で、同国の全人口の8%ほどと見られている。トルコ国境に近い北東部に多く居住している。前出の「クルド人を知るための55章」によるとシリアのクルド人は他国に比べて、社会に溶け込んでいると言われている。
1970年に発足したハーフィズ・アサド政権はトルコの反体制派であるPKKを支援する一方で、シリア国内のクルド人に対しては、強制移住などの差別的な政策を実行していた。
その後を継いだ息子のバッシャール・アサド政権は、2002年にクルド人に対する制度的な差別の存在を初めて公式に認めて、改革を約束した。
その後、シリア内戦で疲弊したバッシャール・アサド政権は2012年半ばにクルド人が多く住むハサカ県とアレッポ県のトルコ国境地帯から軍部隊を撤退した。こうしてシリア北東部はPKKの流れを汲む「クルド民主統一党」(PYD)が実効支配することになり、アサド政権もこれを黙認した。
2013年以降、シリアではイスラム教過激派の「IS」(イスラム国)が勢力を拡大していたが、アメリカなどの支援を受けたクルド人勢力と、ロシアの支援を受けるアサド政権がISを圧倒した。2019年現在ではシリアの国土のうちアサド政権が約6割、クルド人勢力が約3割を支配している。ISは砂漠地帯のごく一部を支配するまでに勢力を激減させた。
中東カタールの衛星テレビ局「アルジャジーラ」が2019年3月現在のシリアの勢力地図を公開している。
■シリアのクルド人支配地域に、トルコが侵攻する背景は?
トルコ政府はシリア北部を実効支配するPYDは、トルコ内の反体制派「PKK」 と一体だとして、「テロ組織」と規定している。
そのためPYDが、シリアで勢力を伸ばすのを好ましく思っていなかった。10月6日にアメリカのトランプ大統領がシリア北部からの米軍撤退を決定した。トランプ大統領は16日、「トルコとシリアは国境で問題を抱えている。我々の国境ではない。我々がそのせいで命を失うべきではない」と述べて、米軍撤退を正当化している。
米軍撤退を好機と捉えたトルコは、10月9日にシリア北東部に侵攻を開始した。ニューズウィーク日本版によると、「平和の泉」と名づけられた今回の作戦は、国境地帯がテロ回廊になるのを阻止するのが目的だとトルコ政府は説明している。シリア北東部のユーフラテス川以東の地域に全長400キロ、幅30キロの「安全地帯」を設置するとともに、この地域をトルコに流出したシリア難民の帰還場所とするという。
シリア国営通信は14日に、一部の部隊がクルド人勢力の支配地域に入ったと伝えた。米軍の撤退が引き金となり、トルコ軍とアサド政権の正規軍同士の戦闘に発展する可能性も浮上していた。
■トルコが軍事作戦を5日間停止
しかし、状況はさらに一転した。ロイター通信によるとトルコを訪れたペンス米副大統領は17日、トルコがシリア北部で展開する軍事作戦を5日間停止することで合意したと発表。その間に「安全地帯」からPYDを主力とするクルド人勢力が撤退するように求めており、PYDもこれを受け入れる方向だ。